孕んだ熱に惑溺

※臨也誕


チャットルーム

『ははは、そう言うなよ折原』
『五月蝿い黙れ』
『酷いなぁ、それが情報を提供してやった人間に対する言葉か?』
『知ったことか。報酬はきちんと払っただろう。これ以上、俺がお前に優しくする意味が分からない』
『これ以上と言われても、俺は全く以てお前から優しくされた憶えが無いんだが』
『気のせいじゃないのか?』
『そんなはずは無いんだがなぁ……』

相変わらずふざけた口調の書き込みに苛立ちを覚えながらも軽やかな指使いで臨也は文章をタイプしていく。

『気のせいだ。断言する』
『お前に断言されても俺は納得いかないんだが』
『あぁそうか』
『心底どうでもよさそうだな』
『実際問題、どうでもいいからな。それはそうと九十九屋』
『何だ?』
『必要な情報は手に入れたことだし、俺はそろそろ落ちる』
『それは良いが……まだ仕事か?』
『あぁ、やる事はまだまだ沢山ある』
『人間が好きすぎて仕事に力を入れるのは構わないが、あまり無理はするなよ』
『なんだそれは、心配でもしているのか?気持ち悪いな』
『それが心配する相手に対する言葉か?』
『あぁ』
『おい』
『というかいつまでこれを続けるつもりだ九十九屋。俺はお前と違って忙しいんだ』
『あんまりだなぁ折原、俺だって忙しいに決まっているだろう』
『24時間いつでもこのチャットにいる人間が忙しいわけがないだろう』
『それはそれ、これはこれだ』
『そんな言い訳は激しくどうでもいい』
『それはそうと折原、』
『何だ、これ以上無駄口を叩くようなら無視して落ちるぞ』
『無駄口じゃあないさ。今日はお前の誕生日だろう?』

ふと、九十九屋が打ち込んだその文章を見て臨也はぴたりと手を止めた。誕生日だから何だと言うのだと訝しみ、目を細める。

『そうだが?』
『……お前に、誕生日プレゼントをやろうと思ってな』
『…………は?』

意味が、分からない。
臨也は画面を痛いほど凝視しながら、一体こいつは何を言い出すのかと不信感を募らせた。

『何を言い出すんだ』
『いやいや、何ってお前にプレゼントをやろうとだな』
『だから、意味が分からないと言ってるんだろ。誕生日だからプレゼント?お前が、俺に?何の為に?』
『何の為にって……別に何が狙いでもないんだがなぁ。大体にしてお前はいつも俺を疑って掛かるのを止めてくれないか』
『怪しさで構成されたようなお前を信じろなんてことは到底、無理な話だな』
『……お前には言われたくないよ、折原』
『それはありがとう』
『誉めてないぞ。……まぁそれはともかく、だ。俺が折角祝いの品を用意したんだ。きちんと受け取ってくれよ』
『……胡散臭いことこの上ないとしか、形容できないな』
『おいおい、この俺を胡散臭いなんて言ってくれないでほしいなぁ』
『じゃあ何と言えば良いんだ?臭い?』
『なぜ略す必要があったんだ』
『何となくだ』
『お前、今日はいつも以上に理不尽なことしか吐かないな』
『そんなことはないさ』
『……また話が逸れかけたな。折原、』
『何だ、用件はまとめて簡潔に言え』
『今まで散々無駄話をしたお前が言うか』
『俺はお前に付き合ってやっただけだ』
『あぁそうかそうか』

あしらうような九十九屋の言い様に苛立ちながら臨也はその先を急かす。

『それで、用件は何だよ』
『あぁ……用件はな』

不自然に文章を切った九十九屋に違和感を覚え、臨也が首を傾げた瞬間、唐突に玄関のチャイムが鳴った。時刻は既に23時を過ぎており、波江は帰ってしまった後なので臨也が出るしか無い。

『悪い、来客だ』

短くそう打ち込むと臨也はデスクチェアから立ち上がり、玄関へと向かう。

「ったく、こんな時間に……誰だよ」

ぶつぶつと呟きながら廊下を歩き、玄関の前で足を止める。

「運び屋か?いや、新羅……まさかとは思うけど、シズちゃんじゃないよね……」

思い出したくもない仇敵の顔を思い浮かべてしまい、苦々しい表情で笑顔を引きつらせる。奴だったらまた扉を壊されてしまう。それだけは勘弁して欲しかった。

「……ま、一応確認しとくか」

溜息と共にそう吐き出し、臨也は覗き窓を覗いてみる。しかしライトが逆光になってしまっているせいか、相手の顔までは見えない。服装を見る限り、セルティでも新羅でも静雄でもないようだ。不信感は募るままに臨也はドアノブを掴んだ手とは逆の手をズボンのポケットに滑らせ、その中のナイフの感触を確かめる。
再び、臨也を急かすようにチャイムが鳴り、臨也は仕方無くドアノブを回した。

「はいはい、お待たせしましたー」

にこやかな笑みを浮かべて開いた扉の先の相手を見る。臨也より高い長身のその人はどうやら男らしく、灰色のパーカーを頭まですっぽり隠すように被っていた。

「…………えーと、どちら様です?」

返事をしない相手を見上げると、何とも形容し難い色の虹彩と視線が合わさった。
その瞬間。
胸を掻き乱すように何かがざわめいた。

「―――折原」

低すぎない耳に心地良い声が臨也の鼓膜を震わせ、甘い痺れが脳髄から腰へ流れる。

「っ、」

薄く開いた唇からは音が発せられることはなく、臨也はただ呆然と目の前の男から目を離せないまま見詰めていた。

「つく……も、や……」

ようやく出た声はすっかり掠れ、上擦ってしまっていた。感じたことの無い高揚で、胸は火傷しそうに熱かった。

「そうだ、俺だよ折原」
「なん、で……」
「なんでって、そりゃお前」

フードを取り去り、軽く頭を振って臨也を見下ろす九十九屋は優しい目をしていた。

「お前の誕生日だから、だろう?」
「な、っ」
「日付が変わる前に着けて良かったよ」

苦笑しながら九十九屋が伸ばした手がゆっくりと臨也の猫っ毛を掻き撫ぜる。
その優しい動作に思わず臨也がびくりと身体を震わせると、九十九屋は苦笑を浮かべ、それから軽く臨也の身体を引き寄せた。

「つ、九十九屋、お前、何して「誕生日、おめでとう折原」
「―――…ッ、」

咎める声は優しい言葉に遮られ、抵抗する力もすっかり奪われてしまった。臨也を抱き締める男の腕と手は、初めて感じる程に暖かく、そしてひどく優しく。

その熱に抗うことなど、到底無理で。

「…………う、」
「え?」
「っ、だから、その…ありがと、う……」

九十九屋の肩口に頭を押し付けたままで、唸るように小さく呟いた。彼に届くか届かないかというぐらいの声。それが臨也の精一杯で。これ以上何かをしようものなら全てが瓦解してしまうんじゃないかと思うほどに、恥ずかしかった。

「……はは、はははっ」
「な、何、笑ってるんだよ!」
「いや、だってお前、あの情報屋の折原臨也がこんなに真っ赤になってありがとうなんて言うとは、思わないだろう?」
「し、知るか!大体お前が「可愛い」
「なっ…!」
「愛してるよ、愛しい恋人」

恥ずかしげもなく九十九屋が言った言葉にたちまち身体の熱が上がる。平然と、ではなく熱い吐息混じりの掠れた声で言われたことが更に臨也を苛んだ。

「なぁ、折原」
「何、だよ」
「今日はもう終わってしまうが、明日は…一日お前の我儘に存分に付き合ってやる」
「な、んだよ、それ……」
「明日は休みか?」
「…………一応」
「じゃあ好都合だな、俺も休みだ」
「だから来たんだろ、お前」
「まぁ、それはそうだが」
「大体お前は万年休みだろ、このニート野郎」
「折原にだけは言われたくないなぁ」

いつもと変わらない減らず口を叩き、少し臨也は安堵する。優しく自分を見下ろす九十九屋はいつだって見透かしたような態度で、少ない苦手対象の1つだ。
でも、

「―――分かった」
「ん?」
「明日は一日、お前をこき使ってやる」
「随分と尊大な口調だな」
「煩い」
「……まぁいいか。でも折原、」
「?」
「日付が変わる前に―――」

顎を捉えられ、唇に触れた感触に身を委ねる。柔らかく合わせられる唇同士は蕩けそうな熱を孕み、火傷しそうなほどで。

臨也は心地良いその熱に、ゆっくりと目を閉じた。


(きみにおぼれて、)



end.




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