僕だけが知っている



「レギュラス」

低くて掠れ気味の声が僕を呼ぶ。変声期を迎えてもいない僕の高い声とは違う、落ち着いたその声はひどく耳に心地良い。

「何、兄さん」

それまで読んでいた本から顔を上げると、兄さんは切れ長の瞳を少し細め、僅かに首を傾げた。何を読んでいるのだと言いたげな表情だった。

「クィディッチの本だよ」
「…ジェームズに借りたのか」
「そう。兄さんも見ていたでしょう」
「……そうだな」

兄さんは無表情に戻り、小さく手招きをした。僕は本を閉じ、それを胸に抱いたまま立ち上がると、歩き出した兄さんを追い掛けた。図書館を出て、こちらを振り返りもせずにすたすたと歩くその足取りも歩幅も、その動作の端々に逞しさを感じる。ホグワーツに入学し、ジェームズ先輩たちとつるむようになってから、兄さんはそれまでの荒かった性格が嘘のように優しい表情を見せ、柔和に笑い、そして明るくなった。今でも少し怒りやすい所はあるが、以前と比べればまるで別人だ。―――それでも、

「………兄さん?」

空き教室の1つの前でぴたりと足を止めた兄さんは押し黙ったままで動こうとしない。その不自然さに名前を呼ぶと、僅かに兄さんの肩が揺れた。まるで何かに動揺したかのように。人気が無い廊下を冷たい風が吹き抜け、身震いをした。兄さんは寒くないのだろうか。親しくない人間に気安く触られることを嫌う兄さんが機嫌を損ねることに気が引けたので、歩み寄ってローブの袖を軽く引いた。

「にいさ、」

もう一度、呼ぼうとした声は途中で途切れることになった。何故なら僕の唇は兄さんのそれによって塞がれていたからだ。

「っ、ふ……ぅ」

触れ合った唇は熱く、感じていた寒さなどもう頭には無かった。長く感じたキスはあっさりと終わり、見上げた濃灰色瞳はただ静かに僕を見詰めていた。

「レギュラス」

鼓膜を甘く震わす声が僕を呼ぶ。その声が孕んだ熱に浮かされるように僕は小さく頷いた。骨ばった手が僕の手首を掴み、がらりと開いた教室の中へ引っ張る。僕はそれに抗わず、大きな背中をただ見上げた。あぁ、やっぱり兄さんは―――


(それでも変わらない貴方の熱量を)



end.




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