エンドレス・マーチ



世界中で貴方しか見えない、なんて陳腐な台詞をまさか自分の口から聞くなんて思いもよらなかった。言われた本人でさえ、緋色の瞳を瞬かせてこちらを凝視している。普段であれば目にすることができない、猫のように気まぐれな彼の珍しい反応。それだけが、好き放題に翻弄されるばかりの俺としてはすこし心地よい。

「……今、なんて」
「―――もう、言わないです」
「君が、俺に冗談を言うような人間だとは思わなかったよ」

平常と変わらぬシニカルな微笑を浮かべ、彼は俺を見下ろした。見下ろされているのは、俺が今現在、柔らかな高級ソファーに押し倒されているからだ。彼は呟きながら瞳がすっと細めると、俺の胸から頭の先を舐めるように眺めた。その真っ赤な虹彩には、いつものような愉悦も嘲笑も浮かんでいない。やけに無感情な色だけが浮かんでいる。

「俺だって冗談くらい言いますよ。臨也さん」
「へぇ…。それにしては随分と真剣な声だったけど」

臨也が浮かべていた無感情が不意に崩れた。と思えば、ひどく愉しそうな笑みを浮かべてみせる。それがぞっとするほど美しく、しかしどこか作り物めいていて俺はぞくりと背筋が震えるのを感じた。

「それとも……本気で言ってる?」

軽く首を傾げたことで臨也の黒髪がぱさりと音を立てる。薄暗い室内でも艶やかなに映るその漆黒は、白い肌とのコントラストが目に毒だ。凭れ掛かってきた体温と首筋にかかる臨也の吐息が熱い。火傷してしまいそうなほど熱く感じるのは錯覚なのか、現実なのか。

「さぁ?どうでしょうね」

俺はしなやかな動きで胸に触れてきた臨也の頬に手を伸ばす。滑らかな柔肌にそっと触れ、ゆっくりと撫でながら唇だけで微笑んでみせる。僅かに臨也の頬に朱が差す。眉間にぐっと皺が寄り、不機嫌そうに薄紅色の唇が尖る。

「なにそれ」
「分かりませんか?臨也さんの真似です」
「俺、そんなんじゃないし。ていうか真似とかしないで。奈倉のくせに」
「……理不尽じゃないすか」
「は?どこが?」

ちょっと真似をしてみただけでこの言いようだ。この人は徹底的に俺の人権というものを無視している。そもそも俺の人権が尊重されていれば、今までに何度も危ない橋を渡らされることは無かったのだけれど。反論するだけ無駄だと分かりきっているので、俺は静かに口を噤む。そんなことをせずとも、既に充足感を得ていたからだ。

「……なにその顔。ニヤついて気持ち悪い」

これまた容赦のない一言だ。流石に苦笑を浮かべながら俺は臨也を見上げた。今の俺にとっては、そんな罵詈雑言もクラシック音楽のように感じられる。断じて俺がマゾヒストというわけではなく。

「たまには形勢逆転、させてくれたっていいじゃないですか」

見上げた先の臨也は露骨に顔を顰めた。しかし、その瞳は確かに愉悦が浮かんでいる。真っ赤な舌で舌なめずりをして、臨也は耳朶に吹き込むように囁きかけた。低く、甘い毒のような声でゆっくりと。

「生意気だねぇ、奈倉」


(そしてあやふやにする、)



end.



title by サボタージュ




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