真っ赤な爪と栗色の髪



綺麗に手入れされた、真っ赤な爪がその肌を優しく撫でるのを、俺はただ眺めていた。


×


「ねぇ、今夜もダメなの…?」

媚びた鼻に掛かった厭らしい声が耳に突き刺さって俺は僅かに目を細めた。少し前を歩いていた取り引き相手が、ライトブラウンの豊かな髪のホステスに絡まれて足を止めた。仕方なく俺も歩を止めて男と女を見る。女はふくよかな胸を大きくはだけさせるドレスに身を包んで、男の腕にわざとらしく押し当てながら蠱惑的に微笑む。真っ赤なルージュを引いた唇が弧を描いて得意げな笑みになった。

「ねーぇ、どうなの?」
「……今日はまだ、見ての通り仕事が残っているんだ」

眉根を下げて尋ねた女に対し、男はあくまで落ち着いた様子で苦笑して腕を引いた。あからさまに残念そうな声を上げ、名残惜しそうにじゃあいつなら遊んでくれるの、と食い下がる。すると男は困ったように俺を指差して笑った。

「悪いけれど、こいつとの仕事が長引いてるんだよ。暫くは無理そうだ」
「えぇーっそんなぁ……」

女が今にも泣き出しそうな声を出しながら鋭い目で初めて俺を見遣る。胡散臭そうに見ていた瞳は、俺の顔を数秒見詰めただけで破顔した。それからうっとりと蕩けた表情で俺と男とを交互に見ながら笑む。

「やぁだ、この子……すっごい綺麗なカオしてるじゃない。まだ若いし、それに赤い瞳が綺麗だわ。ねぇ、もっとよく見せて?」
「はは、折原褒められてるぞ」
「―――……」

馬鹿にしたように言われて睨み付けると、おどけた反応をされて苛立った。ちらりと女を見るとすっかり標的をこちらに移したようで、食い入るように俺の顔を見詰めている。

「煩い、九十九屋」
「おや、嬉しくないのか?」
「嬉しいわけがない」
「まったく、折原はいつもそうだな」
「ね、苗字は折原って言うの?下の名前はぁ?」
「…………」

作った笑顔で女が顔を覗き込みながら尋ねてきた。無言で睨めつけてやると、肩を竦めて微笑み、九十九屋に笑いかけた。

「彼、不機嫌みたい」
「仕事が上手く行っていなくてね。まぁ、元からあんな感じだが」
「クールなのね、可愛いわぁ」
「可愛いのか?あれが?」
「そうよぉ、貴方には分からないでしょうけどね」
「何だそれは……「九十九屋」

会話を遮って呼ぶと、はいはいと苦笑気味の声が帰ってきた。それ以上の返事を待たずにコートを翻して路地裏へと入り、歩き出す。冷たい石畳に反響する靴音の合間に九十九屋と女の短いやり取りが聴こえてくる。俺はフードをぐっと額の辺りまで引っ張り、それを遮断するように被った。


(視界の端で、目障りなそれ)



end.




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