雪に溶けた恋心

※アンドロイド×人間 ※シズ←イザ前提


午後16時。
時計の針が時を刻む音とキーボードを叩く軽快な音だけが室内を満たしていたそこに、ぱたぱたとスリッパの軽い足音が近付いてきた。

「いざやくんっ」
「……あぁ、サイケ」

扉を開け放って飛び込んできた真っ白なファーコートを纏ったサイケ―――折原臨也の顔をした少年―――に臨也は僅かに表情を和らげた。

「あっちのパソコン、ウイルススキャン終わったよっ!」
「お疲れさま、どうだった?」
「うん、大丈夫だった!」
「そっか、ありがとうサイケ。もうあとは休んでいいから」
「わかった!あっ、いざやくん今日はクリスマスなんでしょ?おしごと無理しないでねっ」
「え?」
「おつかれさまでしたーっ!」
「――――なんで……」

アンドロイドであるサイケがクリスマスを知っているわけがない。違和感を覚えてふと後ろを振り返ると目に見えて金髪の男がびくりと肩を跳ねさせた。

「お前か」
「ち、ちがっ…」
「じゃあ他に誰が居るのさ」
「つ、津軽とか」
「あの津軽が?クリスマス?」
「うっ」
「……別にいいけど、ただでさえ好奇心旺盛なサイケにあんまり色々吹き込むのはやめてよね。仕事に支障が出たらどうするつもり?」
「……すんません……」
「分かればいいの」

金髪の男―――サイケと同じアンドロイドのデリックは平和島静雄と同じ顔をすこし歪めてしょげた。それを見て臨也は苦笑しながらコーヒーを口に含んだ。

「あ、臨也さん」
「なに?」
「……17時から予定があったんじゃなかったですか?」
「――――あぁ、そうだったね」

デリックの言葉に思い出したように頷いた臨也はコーヒーを飲み干してから立ち上がった。

「ありがとう、デリック」
「いえ」
「ちょっと部屋に戻るね」
「はい、分かりました」

短く告げて自室に戻っていった臨也の背中を見送ってデリックはちいさく息を吐き出して再びキーボードを叩き始めた。感じるはずのない胸の痛みを無視するように。


×


17時前になり、自室から出てきた臨也は愛用の黒のファーコートを身に纏っていた。スレンダーな身体つきがコートの上からも見てとれた。

「出掛けますか?」
「うん、ちょっと野暮用」
「……そうですか」
「すぐに戻るから、あとは任せたよ」
「はい。いってらっしゃい」
「――――いってきます」

未だに見送りの言葉に慣れないらしい臨也は、ぎこちない苦笑を浮かべて玄関を出ていった。残されたデリックは何とも言えない気分で俯き、呟きを零した。

「野暮用で、すぐに戻る、か」


×


寂しい感情を紛らわす為にデリックは淡々と臨也が残していった仕事の簡単な処理をこなしていく。しかしその作業をしている内に今日の臨也の仕事のペースが早かったことに気が付いた。気が付いてしまって、デリックはどうしようもない虚無感に見舞われてキーボードに打ち込む手を止めた。あぁ、臨也は『野暮用』の為にいつもより仕事のペースを上げていたのだ。

「……ははっ…」

自嘲の笑みが零れる。その声はひどく無機質で乾いていた。


×


それから2時間後。時計が19時を回った頃に玄関が開く気配がしてデリックは慌ててソファーから跳ね起きた。

「え……あ……臨也さん?」

そんなはずがない。臨也が出ていったのは2時間も前だし、忘れ物にしてもわざわざ戻ってくるとは思えない。まさかあいつがここまで押し掛けてきたのだろうか。様々な疑念を渦巻かせながら廊下を窺うと、

「うわ、雪積もってる」
「――――臨也さん……」
「あ、デリック。ただいま」
「え?おかえり、なさい…?」
「なんで疑問形なの?」
「だ、だって野暮用、って」

状況を理解出来ないデリックがひたすら首を捻っていると、真っ黒なコートのフードや肩に真っ白な雪を積もらせた臨也が肩を竦めながら近づいてきた。

「だから野暮用って言ったでしょ。すぐに戻るって」
「え……あ、でも」
「ったく、どうせまた聞いてなかったんでしょ」
「ち、違いますよ!けど!」
「……ふふ、まぁいいや。話は後にしようか。今は寒くて仕方ないから」

どこか楽しげに微笑む臨也にすっきりしなかったが、デリックは慌てて臨也の脱いだコートを受け取り、洗面所からタオルを持ってきた。

「雪、降ってるんですね」
「そうだねぇ。所謂ホワイトクリスマスってやつ?」
「ホワイトクリスマス……」
「そう。もう新宿も池袋も街はカップルだらけで参ったよ」
「……池袋、行ったんですか」
「そ。野暮用でね」
「そっす、か」

コートに付着した雪の残滓を払い落としながらデリックがぎこちなく呟くと、タオルで濡れた髪を拭きながら臨也が首を傾げてその表情を伺うように下から覗き込んだ。

「デリック」
「……え、ぁっ!?」

至近距離の端正な顔に驚いて思わずデリックが仰け反ると、臨也は息を吐いて眉を顰めた。その表情は呆れを孕みながらもどこか悲しげで、デリックは場違いに胸がどきりとするのを感じていた。

「ね、何か勘違いしてない?」
「な、にが、ですか」
「俺は本当にただの野暮用で出掛けてきただけなんだよ」
「……別に臨也さんを疑ってるわけじゃ、ないんです」
「うん、それは分かってるよ」
「でも……今日は仕事のペースも早かったし、野暮用って言いながらもちょっと楽しそうだったし、それに」
「―――……、」
「……すみません、なんか俺」
「あのさ、デリック」

呼び止められ、振り向くと神妙な顔で目を伏せた臨也がそこには居。不審に思って何ですか、と返すと歯切れの悪い返事が返ってきた。

「俺、今日の仕事早かった?」
「え……あ、はい」
「出掛けるとき、楽しそうに見えた?」
「俺から見れば、ですけど」
「…………そう」
「え、ちょっ、臨也さん…?」

質問に首肯すると、臨也は壁に凭れていた身体をずるりと滑らせてそのまま床に座り込んだ。その表情は影になっていて見えない。

「どうしたんですかっ」
「いや、ね……ちょっと恥ずかしくてさ」
「恥ずかし、い?」

それは、と口を開きかけてデリックは黙した。それは静雄の為にやったことだからそれが俺にバレて恥ずかしいって意味ですか。そんな毒々しい嫉妬丸出しな言葉が口を突きそうになった。ただの汎用アンドロイドでしかない自分が、臨也の恋愛事情に口を挟む、況してや邪魔をする権限などどこにも無いというのに。

「そっか、楽しそうだったか」
「……はい」
「――――あれ?……デリック、いつもみたいに喜ばないの?」
「は?」
「だっていつもなら臨也さんが俺の為にー!とか言うじゃん」
「―――…俺の為、に?」
「うん」

臨也の言葉の意味が全く飲み込めず、目をぱちくりとさせていると冷たい手が頬に触れた。と思うとふわりと抱き着かれた。薄いシャツ越しに暖かなものが伝わってきて、それが臨也の体温なんだと分かった。

「キミのためだよ、デリック。……仕事のペースが早かったのも、出掛けるとき楽しそうだったのも……他にもいつもと何か違う所があったなら、全部キミのためだよ」
「え?」
「なにか勘違いをしてるみたいだね?俺の野暮用っていうのは、先月契約したクライアントとの取引内容の確認だから。デリックのことだから、またシズちゃん絡みだとでも勘違いしたんだろうけどね」

笑みを含んだ臨也の言葉にデリックは即座に反応出来ずに固まっていた。だって臨也さんが俺の為になんて、そんなわけ。

「――――いや、まぁシズちゃんが絡んでないって言えば嘘になるけどね。でも事務所のクリパを引き合いに出されてあっさりフラれちゃったし。あははっ!」

しかし硬直していたデリックは臨也の自嘲を含んだ言葉ではっと我に返った。その声は確かに、震えていた。

「あいつ……静雄の奴、臨也さんの誘いを断ったんですか」
「うん、断られちゃった」
「……臨也さんよりも事務所のパーティを優先して、ですか」
「そうだねぇ」
「…………静雄のくせに」
「はははっ、そうだね。シズちゃんのくせに生意気だよねぇ」
「生意気っすよ、本当」
「――――デリック」

身体をそっと離すと泣き濡れた真っ赤な瞳に見上げられた。ルビーの虹彩は熟しすぎた苺のように赤かった。

「泣かないで下さい」
「……泣いてなんか、っ」
「嘘つき」
「ッ」
「臨也さんの嘘つき。強がり。泣き虫」
「で、りっくのくせに、生意気…言うな……っ!」
「……言いますよ」

艶やかな漆黒の髪をそっと梳きながらあやすように背中を撫で擦ると、押し殺していた小さな嗚咽はだんだんと大きくなる。時折大きく跳ねる肩を手のひらで包めば、すこしだけ身体の力が抜けたようだった。

「う、ぅ……っ…」
「臨也さん」
「……な、にっ……」
「好きなだけ泣いてください」
「さっきと、言ってること…」
「違いますね。でも今は―――好きなだけ、泣いてください」

嗚咽は子供のように大きくなり、酸素不足にひっきりなしに臨也の肩と背中はびくびくと震える。それをただ見守りながらデリックはちいさく息を吐いた。


×


「落ち着きましたか」
「……だいぶ」
「それなら良かったです」

ようやく泣き止んだ臨也をソファーに運び、コーヒーを手渡しながらデリックは笑む。臨也の瞳は未だに真っ赤だったが。

「……ねぇデリック、」
「はい」
「俺のこと、好き?」
「――――当たり前でしょう」

世間話でもするような調子で問われ、だがしかし頷くと思わぬ言葉を返された。

「じゃあキスして。好きなんでしょ、俺のこと」

なんとなく予想してはいたが、本人からねだられる破壊力は半端ではなかった。

「だからキスし「嫌です」
「…………」

長い沈黙。なけなしの理性を総動員してきっぱりと言い切ると、不服そうな声が上がる。

「…………なんで」
「……それは、好きな人とするものですから」
「デリックのこと好きだよ」
「……っ、一番、好きな人と、です」

これもデリックにとっては並大抵の破壊力ではなかったが、なんとか言い逃れると途端に臨也は黙り込んでしまった。どうやら今の臨也にとってはかなりの地雷だったらしい。

「臨也さん……」
「なに、お前、アンドロイドのくせに偉そうに、言ってんの」
「……すみません」
「デリックのくせに、生意気すぎ」
「……はい」
「こんな台詞、どこで覚えてくるんだよ」
「臨也さんが言ったんじゃないですか」
「え…?」

目を丸くする臨也に軽く苦笑する。やっぱり覚えてないか。いつもいつもこんな些末なことを覚えているのは俺ばかりだな。と、ちょっとだけ悔しかった。

「覚えてない、っすよね。俺が初めてここ来て、一目惚れしましたって言ったときに臨也さんが言ったんですよ。『そういう台詞もキスも、本当に好きな子に言うんだよ』って。だから俺なんかに言っちゃ駄目だって」
「…………」
「覚えてなくて当然っすよ」

ははっと笑いながら髪を掻き回すと、ちいさな返答が返ってきて聞き返した。

「………てる…」
「はい?」
「……覚えてるよ、ちゃんと」
「臨也さ、ん」

その言葉にひどく喉が渇いた。

「忘れられるわけないじゃん。あんな熱烈で真面目な告白されたの初めてだったんだから」
「っ、……!」

馬鹿だなぁデリックは。
あんなにインパクトでかい告白をこの俺が忘れるとでも思ったの?

笑いながら言う臨也の表情に今までのような暗い色は無く、ただただ愉快そうな笑顔で笑っていた。そのことに対する安堵感と込み上げる嬉しさにデリックはつられて笑みを浮かべた。


窓の外は雪景色。
雪が、街を覆い尽くしていた。


(貴方と過ごす聖なる夜)



end.




ホーム / 目次 / ページトップ



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -