ハニィドロップス



「ねぇ兄さん、」

平淡な声に呼ばれたと思うと、ダッフルコートの裾をくいっと引かれたので振り替える。無表情な黒の瞳に射抜かれる、その感覚に何だか覚えがあった。これがデジャヴってやつなんだろうか。

「…何だ?幽」

そう問い掛けると、幽は僅かに表情を緩めてあれ、と何かを指差して呟いた。ついっと幽の綺麗な指が差したのは黄色の暖かなパッケージのハニーレモンドロップだった。可愛らしい蜜蜂とレモンの絵柄は俺たちが子供の頃から見慣れたもので、幽が大好きなドロップだった。

「あぁ、久しぶりに見たな」
「……普通のコンビニには無いから」
「確かに置いてるとこ、ねぇよな」
「うん」

こくりと幽が頷き、それから暫時の沈黙が訪れた。ちらりと弟の表情を窺うと、ひどく感慨深げな色を浮かべていたので少し考えてから口を開く。

「買ってやるよ」
「…え、」

小さく声を上げた幽は珍しく驚いたように少し瞠目して、それからおずおずといいの?と尋ねてきた。その尋ね方も挙動も小さい頃と全く変わっていなくて、込み上げてきた気恥ずかしさも掻き消えるくらいの笑みが思わず零れた。重なった幼い日の記憶がひどく温かく、懐かしかった。

「当たり前だろ、お兄ちゃんなんだから」

そうやってにっと笑うと幽は嬉しそうに目を細めて頷いた。ドロップをなるだけ優しく篭に放り込んで、歩き出したその足取りがやけに軽く感じたのは気のせいではなかっただろう。




×




ばりっとパッケージを開けて個別に包装されたちいさな粒を摘まみ出す。蛍光灯の白い光になんとなく翳してみると、包みの淡い黄色が透けて中身のドロップが見えた。

「兄さん、一個ちょうだい」
「ん、」

透かしたその粒を差し出された幽の手に落とすと、また嬉しそうに目を細めた。嬉しいと猫のように目を細めて表情を緩めるのが幽の幼い頃から変わらない感情表現だ。とは言ってもこれは母親と俺以外には通じないらしく、トムさんなんかの前で「嬉しいか?」などと問い掛けた時には真顔で「あー…今、幽くん、嬉しがってるのか?」と言われる始末だ。どうして分からないのか、俺には全く分からないが。

「なぁ幽、」

包装をぴりっと破ってドロップを取り出しながら幽を見ると、ちょうど幽は口にドロップを放り込んだ瞬間だった。口を閉じた幽がなに?と俺を見詰めて首を傾げる。そんな幽を横目に俺もドロップを口に放り込む。蜂蜜の優しい甘さがじんわりと広がり、たちまち口腔内は蜂蜜に占拠されてしまった。それを味わいながら口を開く。

「小さい頃さ、よくお使いの帰りにドロップ買って帰ったよな」
「…そうだね」
「母さんに、余ったお金でお菓子買っていいわよって言われてたのに、いつもスナック菓子とかじゃなくてこのドロップ買ってたもんなぁ」
「うん」
「幽に何がいいって聞いたら迷わずドロップ指差してたし。―――…あぁ、そうか」
「……兄さん?」
「んー…いや、何でもない」

あのデジャヴはこれだったのかと漸く合点がいった。どうやら懐かしい記憶は消えずに残ってくれていたらしい。

「……なぁ幽、今日は俺が飯作るよ」
「え…でも兄さん疲れて」
「何言ってんだよ、俳優様のが大変だろ」

幽の額を軽くつついて立ち上がると、少し不満そうな瞳と目が合った。だっていつもお前が作ってるだろ、たまにはお兄ちゃんにもいい格好させろよ、そう言うと幽は表情を緩めてちいさく頷いた。

「何が食べたい?」
「兄さんのオムライス」
「即答かよ」
「うん」

幼い頃と同じ笑顔でふわりと幽が微笑む。それは今も昔も変わらない笑顔で、それに何処かひどく安堵している俺は、当分弟離れなど出来ないに違いなかった。


(優しさは想い出の味)



end.




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