I'm all ears.

ゲームシルクリWEBアンソロジー様 提出作品


なつき進化というものについて私が知ったのは、つい最近のことだった。旅立つ時からポケモンに関する知識はほとんどなく、旅の中でたくさんの人に出会って多くの知識を身につけてきた。だからブースター、シャワーズ、サンダースという三つの分岐進化しか知らなかった私は、イーブイがエーフィに進化した時ひどく驚いた。慌ててアサギからコガネのマサキさんの家に走ったことは今でもよく覚えている。マサキさんが意気揚々と教えてくれた内容は驚くべきことばかりだった。ポケモンがなつく、ということは知っていたけれど、なつくことによって進化までするなんて。ポケモンの進化条件はレベルアップ、もしくは進化の石のエネルギーを吸収することしかないと思っていた。強くなるための進化になつくこと、人間との信頼が反映される。その事実だけで私はどれだけ感動したことか。

「よかったなぁクリスちゃん。そのエーフィ、きみにごっつなついとるで」
「ほんとう、に……」
「その子の顔、よう見てみい」

透き通る瞳でエーフィは私を見上げた。ゆったりと目を細め、綺麗な声で鳴く。その声は私の名を呼んだようだった。


×


「ちょっとシルバー、歩くの早いわよー!」
「ついてくるな」
「いいじゃない、どうせ行くところは同じなんだから」
「……お前がついてきてるんだろう……」

彼が小さく溜息を零したのを聞き取って、私は少しだけ笑った。夕方過ぎを回ったりゅうのあなは暗闇に包まれている。デンリュウが額と尻尾の珠で照らしてくれているから私は彼を見失わず、転ばずに歩けている。前を歩くシルバーはというと、懐中電灯もポケモンも使わずに迷いのない足取りで歩いている。理由を聞くと夜目が効くんだ、とまるでペルシアンのような回答をいただいた。前々から思っていたけれど、彼はどうも野生の勘で生きているところがある。修行の時も小さな物音にすぐ気付くし、驚くほど視力もいい。でも素直に褒めてみたらお前が鈍いだけだと切り捨てられてしまった。ポケモンに対しては素直なのに、どうして人間に対して刺々しいのだろう。

「おい、」
「え?あ、なに?」
「着いたぞ」
「……あ、ほんとだ」

ぼーっとしていたせいで修行の岩場についたことに気が付かなかったらしい。シルバーが怪訝そうにこちらを見つめていたので、私は慌ててリュックを下した。リュックの中から道具を取り出していると、ようやくシルバーは私から視線を逸らしたようだった。腰のモンスターボールを確認すると、一番手前にあったボールを掴む。力強くシルバーがそれを投げると、眩い光に包まれて姿を現したのはバクフーンだった。彼の燃えるような赤毛と同じ強さで、背中の炎を勢いよく噴射する。こちらまで熱風が押し寄せてきて、私は思わず目を瞑った。バクフーンはひとしきり炎を燃やしたあと、大きく鳴き声を上げるとようやく主人を見下ろした。シルバーは無表情のままでバクフーンとアイコンタクトを取ると、奥の岩陰へと消えていった。他のポケモンのチェックをするのだろう。修行の前に手持ちのポケモンをチェックするのは彼の常のようだった。

「バクフーン、久しぶりね」

主人の去った方をじっと見つめていたバクフーンに声をかけると、バクフーンは目を細めた。笑ったように見えて、それが少しかわいい。そっと手を伸ばして触れてみると、柔らかな毛皮が気持ちいい。炎ポケモンなだけあって体温も高いので、抱き着いたらあったかそうだ。

「クリス!まだいるか」

岩場の向こうから声がして私は顔を上げた。どうやら他のポケモンのチェックが終わったらしい。ベルトにボールを取り付けながら、シルバーが岩から岩へ飛び移って戻ってきた。

「当たり前よ。私が何をするためにここまで来てると思ってるの?」
「オレが知ったことか」
「……あのねシルバー、私そんなに暇じゃないのよ」
「ああそうかよ、行くぞバクフーン」
「あっ、ちょっと待ってよー!」

そっけない態度は相変わらず。こっちのことなんて気にも留めないでずんずん歩きだすシルバーを、私とデンリュウは慌てて追いかけた。


×


「バクフーン、かえんほうしゃだ!」

鋭いシルバーの指示にバクフーンは寸分違わぬ速度で技を繰り出す。それに対して私も迷わずに声を飛ばす。バクフーンの大きな口から吐き出された炎を避け、マリルリはかげぶんしんで相手を惑わす。バクフーンが本体を見失っている隙に背後へ回ったマリルリに、至近距離でのバブルこうせんを指示した。反応が遅れたバクフーンは避けるまでには至らない。マリルリが渾身の力で放った水泡に吹き飛ばされ、そのまま背後の岩場に叩きつけられた。僅かにバクフーンの腕が痙攣したように見えたが、そのまま力尽きてしまったようだった。シルバーは額の汗を袖で拭うと、重い溜息を吐いてバクフーンの元へ歩いていった。主人の気配を察知したのか、バクフーンは薄く目を開けた。シルバーは僅かに口角を上げ、バクフーンに声をかけてボールへ戻した。寄り添ってきたマリルリを抱き締めながら、私はシルバーを微笑ましく見つめた。本当にカント―の旅を経てシルバーは変わった。ジョウトの旅までの彼では考えられないぐらい、自分の手持ちに対して素直になっている。それまでの粗雑な扱いや口調は窺えないし、笑顔(といっても口角を上げるだとか表情を緩める程度だけど)を見せることもこれまでなら信じられなかった。

「シルバー、ちょっと休憩しましょう」
「いや、オレはもう少し……」
「おなか空いちゃった」
「――――――勝手に食べてろ」
「あら、あなたの好きなサンドイッチを作ってきたのよ?」
「…………」
「…………」
「…………食べる」

どうやらシルバーはポケモンだけではなく、自分の欲にも素直らしい。


×


「それでねシルバー、あなたのフーディンだけど……」
「その話はいい」
「どうして?あなたもうちょっと知識を身につけるべきよ」
「知識なんてあっても邪魔なだけだ。オレはオレだけの方法で強くなる」
「またそんなこと言っちゃって。基礎知識も大切なものなのよ」

私に何かを教えられることをひどく嫌がる彼は、一緒に修行をしているにも関わらず私の意見を聞いてくれない。プライドが高いことは知っていたけれど、彼にもっと強くなってほしいから提案している私からすれば複雑で仕方がない。

「それにね、あなた進化条件もよく知らないでしょ。フーディンだって適当に通信したら進化したとか言ってたけどね」
「またそれか。聞きたくないんだ」
「あなたもマサキさんにお話を聞いてくればいいのよ」
「オレはそのマサキって男を知らない」
「まったく……」

特に嫌がるのが進化の話で、多分その原因は彼のクロバットにある。ゴルバットの進化条件は最高になついた状態でのレベルアップだ。初めてクロバットを目にしたときは信じられないぐらい驚いたのを覚えている。彼がポケモン達から信頼を寄せられていることには気付いていた。ヒノアラシは研究所から盗んだとはいえ、最初の頃からシルバーについていこうと必死だった。他のポケモン達も嫌々ながら従っていたようにはとても見えなかった。そしてパーティに加わったのは比較的遅かったはずのゴルバットが、早い段階でクロバットに進化した。彼は頑なに会いたがらないけれど、ポケモン進化の権威であるウツギ博士が見ればさぞ喜ぶことだろう。研究所からヒノアラシが消えた時はひどく落胆していたけれど、バクフーンは立派に成長している。それになつき進化については未だに研究中だと言っていた。

「今更どんな顔をして会えっていうんだ」

ウツギ博士に会いに行けば、と私が言うと彼は決まってそう言う。苦々しい表情は後悔と罪悪感に塗れていて、そんな表情を目にするたびに彼が根っからの不良ではないのだと実感する。根は素直で情熱的なのに、粗暴な言葉と態度で誤魔化しているのだ。私はそれを知っていて、だからこそ彼のことを好いている。素直になれない彼は、どうしようもなく私の中に愛しさを込み上げさせた。

「ほんとに素直じゃないのね、シルバーは」
「素直だとか素直じゃないとか……そういうことじゃない」
「あなた、ポケモンが人間になつくってこと自体認めたがらないでしょう」
「――――ありえないことだ」
「そんなことはないわ。なつくってことは信頼の証よ。あなたとポケモン達のあいだにも確かにあるはずだもの」

問い詰める口調にならないよう、極めてゆっくりと言うとシルバーは黙って俯いた。怒らせてしまっただろうか、と少し不安になるが旅の途中はいつも怒らせてばかりだったのを思い出す。今では落ち着いて、呆れることは多くあれど怒鳴ることはなくなった。心境の変化というよりも、彼は精神面で大きく成長したのだろうと思う。

「…………」
「シルバー……あの、怒った……?」
「……べつに、おこってない」

呟いた声は僅かに震えていて、感情を押し殺しているのが分かった。自分でも自覚があるから私に指摘されたことに腹が立っているのだろう。握り締めた拳が力を込めすぎて白くなっていた。彼の腰のモンスターボールが揺れて、中のポケモン達が心配そうに私をじっと見詰める。

「……あのね、シルバー。私の言うことに腹を立てることは構わないわ。私とあなた、性格も生き方もバトルスタイルも違うもの。理解できないものを許せないのは仕方がないことよ。……それでもね、私はあなたにひとつだけ認めてほしいの」

無理を言っていることは分かっていた。彼はこちらを振り返らない。入口から吹き込んでくる風に煽られて彼の赤毛が揺れる。冷たい風に切りつけられることも彼は厭わないようだった。

「……お願いだから、ポケモン達からの信頼をなかったことにしないで。彼らを突き放さないであげて。傍にいてくれることの有り難さを……本来人間なしで生きていけるポケモンが、寄り添ってくれることの尊さを分かってほしいの」

これは私自身のエゴかもしれない。ポケモン達の有り難さに気付いてやれだなんて我ながら説教くさいことを言っていると思う。リーグを勝ち抜いたとはいえ一般トレーナーの分際で、よくも偉そうなことが言えたものだとも思う。本音の部分では彼に私自身を認めてほしいと願っているのかもしれない。それでも彼に気付いてほしい。あなたは一人ではない、傍にはたくさんの人がいる。そのことに、どうしても気付いてほしかった。

「…………お前は」
「え、」
「お前はそのことを理解して、だから強くなれたのか」
「……それは……」
「……フッ、自覚がないのはそっちのほうかよ」
「え?シルバー、ちょっと待っ「オレはもう行く。じゃあな」

私の伸ばした指先が届く前に、彼は素早く身体を翻す。鮮やかな手つきでモンスターボールを投げ、姿を現したクロバットに飛び乗る。私が巻き起こった風に目を瞑った一瞬でクロバットは高く飛翔した。優雅な動きで何度か私の頭上を旋回すると、低い鳴き声を上げて飛び去って行った。黒い背中がゆっくりと遠ざかっていく。

目を凝らしてみるが、彼の姿はすでに小さくなってしまっている。それでも彼が右手を上げたように見えて、私は少しだけ笑った。


end.




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