おおあめのち



手持ちポケモン達が何かを察知して海を見た時、直感的に彼女の近くで何かが起きていると思った。天真爛漫でまっすぐな彼女の眼差しが最近は少しだけ翳るようになっていたのをオレは知っていた。そしてそんな時、決まって彼女の近くにいた環境保護団体の存在も。海を広げ、大陸を広げ、ポケモンが住みやすい世界を作るのだと突飛な思想を抱えた危険な団体に彼女が関わらないわけがない。しかし彼女はあまりにも深く関わりすぎてしまった。結果、事態は最悪の方向へと進んだ。

駆けつけた瞬間、彼女は昏い瞳でオレを見た。そして弱々しい声で呟いた。ユウキくん、どうしよう。今にも泣きだしそうで、雷鳴に掻き消されてしまいそうだった。稲光に照らされて白く浮かび上がった彼女の横顔はひどく疲労に満ちていた。いつもの溌剌な笑顔はどこにもない。彼女が見上げた先の空には暗雲が立ち込め、容赦ない豪雨を降らせている。青空は既に消え失せ、まるで夜になったかのように世界は薄暗く染まっていた。雷が時折光り、照らし出す海面は突き抜けるようなアクアブルーではない。ただどこまでも底深い群青色だ。色を無くした表情のままでしとどに濡れる彼女に声をかけることも出来なかった。伸ばそうと持ち上げた右腕が鉛のように重くて動かない。足は寒さで震えていたし、頭は冷静な思考などできる状態ではなかった。

「――――ハルカちゃん!」

突風が目の前を横切ったと思うと、立ち尽くしていたハルカの名を呼んだ。びくりと肩を震わせ、振り向いたハルカは彼を見ると大きく瞳を見開く。スカイブルーの髪をした男の人は大雨に濡れることなどまったく気にした様子もなく、ハルカと何度か言葉を交わした。彼の言葉を聞いている内にハルカの瞳に少しずつ光が戻っていくのを、オレは呆然と見つめていた。

「ハルカちゃん、きみが何をするつもりか分からないけど……無理だけはするなよ」

俯いていたハルカの顔をそっと覗き込み、彼は囁くように呟いた。その言葉にハルカは数拍のあいだ黙り込み、それからゆっくりと顔を上げた。瞳は先ほどまでのように昏くなく、何らかの決意に満ちていた。静かに頷き、ハルカは腰のモンスターボールを迷いのない手つきで掴むと、力強く放り投げた。光に包まれて姿を現したホエルオーの背に跨ると、ハルカはダイビングを使って海中へと潜っていく。彼女の小さな背中は、深海へと飲み込まれていった。

「……オダマキユウキくん、だったね」
「なんで、オレの名前を」
「ハルカちゃんから前に聞いたことがあってね」

何も言えずに立ち尽くしていたオレに向き直ると、男の人はオレの背に目線を合わせて話しかけてきた。髪と同じスカイブルーの瞳が薄闇の中で輝いて見える。柔和な表情で優しげに、彼はオレの頭をニット帽越しに撫でた。

「ぼくの名前はツワブキダイゴ。よろしくね。……といっても自己紹介している状況じゃないか。行こう、ユウキくん」
「……どこへ?」
「ここは危ない。ぼくはルネに行かなきゃいけないけど、きみはトクサネに……」

目を細め、ゆったりと微笑む彼は本当にオレのことを気遣ってくれているようだった。それでもオレは黙って首を振った。ハルカのために何もできなかった。声をかけることも手を引くこともできなかった。彼がいとも簡単にやってのけたことを何ひとつできなかった。それでも、

「――――オレも」
「……ユウキくん?」
「オレも行きます。ルネに」

ニット帽をぐい、と引っ張りながらダイゴさんを見上げる。彼はじっとオレの瞳を見つめると、ゆるく笑みを零した。しょうがないなぁ、困ったように全然聞こえない優しい声がそう言った。

「ハルカちゃんのことが心配なんだね」
「心配、というか……」
「うん、分かった。これ以上はぼくが詮索するようなことじゃないね。……こっちにおいで」

ダイゴさんはオレの肩を存外強い力で引き寄せると、モンスターボールから立派なエアームドを繰り出した。力強く鳴いたエアームドは彼に寄り添うと、指示を聞いて身を屈める。彼に言われるがままエアームドの背中に乗ると、ひんやりとした感触に濡れた身体が震えた。オレが乗ったことを確認すると、ダイゴさんもオレの後ろに跨った。少し冷えるけど我慢してね、と言われて頷く。彼は雨に掻き消されないよう、よく通る声でエアームドに指示を飛ばす。鋼鉄の翼がゆったりと羽ばたき、浮遊感に包まれながらエアームドは大きく飛翔する。

叩きつける雨の激しさは変わらず、空に近づくにつれ痛いほど身体は冷える。それでもこんな痛みも寒さも、ハルカが感じてきたものに比べればなんでもない。今まで彼女が耐えてきた苦しみを、今度はオレが知る番だ。


end.




ホーム / 目次 / ページトップ



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -