金木犀の季節

※学パロ


風が首筋に掛かる髪を揺らす。9月も半ばに入り、台風一過のお陰か急に秋めいた涼しい気候でつい先週までのうだるような暑さが嘘のようだ。風は湿気を含まず、ただ心地良い。靴箱を開き、自分の革靴を取り出した臨也は秋風にふと顔を上げて外に目を向けた。空は絵の具を零したように綺麗に澄み切った青で、それを囲むように浮かぶ雲は白く、綿菓子と見紛うほどにふわふわとしていた。秋の訪れを肌で感じつつ、臨也は靴箱に背を向けて持っていた革靴を硬いコンクリートの地面に落とした。その時だった。

「折原先輩、」

背後から声を掛けられ、反射的に臨也は振り向いた。しかし振り向いた先には誰も居ない。しかし背後の靴箱の奥―――1年の靴箱から聞こえてきた軽薄な声には嫌というほど聞き覚えがあった。臨也は方に引っ掛けていた鞄をどさりと降ろす。靴箱に手を掛けてその上に飛び乗ると、その下を覗き込んだ。

「……なにしてんの、千景」
「あは、先輩を待ってたんっすよ」

覗き込んだ先に居た男―――六条千景は顔を動かさず、こちらに全く視線を寄越さないままで軽快に笑いながら耳に掛けていたヘッドフォンを外す。シャカシャカという音はJ-POPなのかラップなのか、はたまた洋楽だろうか。

「あ、これは洋楽っすよ。前に先輩に強引にCD押し付けられたことあって。キョーミ無かったし、面倒だったから聴かなかったっすけど、あんまり聴けって煩いから仕方無く聴いてみたらハマっちゃったんっすよね。折原先輩も洋楽って聴きます?」
「……たまに」
「まじっすか!なんかオススメあったら教えて下さいよ!」
「気が向いたらね」

相変わらず訊いてもいないことをぺらぺらとよくまぁ喋る男だと呆れながら相槌を打つ。染められたばかりらしい茶髪が揺れるのをぼんやりと眺めていると不意に男がこちらを見上げた。悪戯っぽい瞳と視線が交差する。

「ねー先輩」

にこにことした笑顔を絶やさないまま、千景は砕けた口調で呼び、臨也の手首を捕らえる。耳でシルバーのピアスが夕焼けに照らされてきらりと光った。 

「なに」
「相変わらずツレない返事だなぁ。女の子ならもっといい反応してくれるのに」
「知るか。そんなもの俺に求めないでよ」
「んー……別に求めちゃいないんだけど……」
「はぁ?じゃあなんなの」
「なんだろ……まぁいいじゃないっすか」
「意味わかんない。てか何の用で待ってたの。お前は委員会じゃないだろ」
「えっなんで先輩俺が委員会に入ってないって分かったの…!?もしかしてエス「そんなガラじゃないじゃん、お前」
「えー……」
「なんか文句あるの」
「いえ、微塵もありませんけど」
「あっそ」
「まぁでも、待ってた理由は先輩と帰りたかった……ですよ?」

あくまで柔和な笑みのままで千景がさらりと甘い台詞を吐く。そのあまりの甘ったるさに臨也は眉を顰めたが、千景は気付きもしない。

「……嘘吐け。どうせ女の子達を遊びに行こうとか誘ったけど全員断られただけだろ」
「…………」
「千景?」
「すげ……先輩やっぱ「エスパーじゃない」
「えー」
「何で残念そうなのお前、頭大丈夫?」
「大丈夫ですよ、失礼な!」
「ふーん」
「あっ聞いてないっすね!?」
「あーキャンキャンうるさい。お前は犬か。帰るなら早くしてよね」

千景の手を振り払い、耳に人差し指を突っ込んで聞こえないふりをしながら靴箱から飛び降りる。革靴を履いていると、慌てて立ち上がった千景が嬉しそうにこちらを見ていた。

「一緒に帰っていいんっすか?」
「……一人で帰りたいなら勝手にすれば」
「あ、ちょ、待ってよ臨也!」
「うっさいっつの。あと、どさくさ紛れに呼び捨てにすんな」

喧しい千景にうんざりしながら鞄を掴んですたすたと歩き出す。暖かな陽光に身体を包まれて、思わず臨也は目を細めた。


(きみの香り、きみへの想い)



end.




ホーム / 目次 / ページトップ



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -