wish to phoenix



爽やかな風に前髪を揺らされ、レギュラスは顔を上げた。そよぐ風は穏やかに木々を揺らし、湖面に波紋を作っていく。見上げた先の青空は絵の具を零したようなそらいろで、ふわふわと浮かぶ入道雲は純白だ。心地好さにレギュラスがうっとりと目を閉じると、遠くの方から友人の呼ぶ声が聞こえてきた。耳を澄ませていると、どうやら何かを見つけたらしい。レギュラスはゆっくりと目蓋を持ち上げ、湖の向こう側にいる友人を捉えた。

「おーいレギュラス!こっちに来てみろよ!」

バーテミウス・クラウチ・ジュニアはレギュラスの方へ大きく手を振りながら駆け寄ってくる。まるで幼子のように柔らかく破顔して、嬉しくてたまらないといった様子だった。レギュラスはそんなバーティに微笑み、緩慢に立ち上がった。ばたばたと駆け寄ってきたバーティは、息を切らしたままでレギュラスの手を掴む。何があったのかと訊いても、一緒に来てくれの一点張りだ。レギュラスは呆れながらも苦笑して、そっと彼の手を握り返した。

今は授業時間で、例に漏れずレギュラスもバーティも本来は魔法史の授業中だ。しかし今日はどうにもレギュラスの気分が優れず、それを察したバーティが半ば強引に外へと連れ出したのだ。二人とも成績優秀な生徒であり、バーティに関してはO.W.L試験で12科目に合格するほど頭脳明晰である。レギュラスもバーティまでが授業に出ないことを咎めなかったわけではないが、バーティは一緒に抜け出すと言って聞かなかった。普段はクールで周囲とは極力関わらないようにしているバーティだが、どうもレギュラスのこととなると例外らしい。しかしレギュラス自身、そんな子どもじみたバーティの行動に振り回されながらも助けられている。バーティが自分を慕ってくれていて、想ってくれていることは素直に嬉しい。鼻歌を歌いながら手を引いていくバーティを眺めながら、レギュラスは零れる笑みを抑えきれなかった。

「ねぇバーティ、いったい何を見つけたんだい?」
「そんなこと、秘密に決まっているだろう」
「意地悪だなぁ」
「そんなことはない。それに、きっとレギュラスも喜ぶ」

悪戯を企てる子どものように無邪気に笑って、バーティはぐいぐいとレギュラスを引っ張っていく。仕方ないなぁと笑いながら、レギュラスもまたそれに従って歩を進めていった。湖を遠ざかり、丘を越えてバーティは林の奥へと入っていく。鬱蒼と覆い茂る木や、小さな動物を目で追いながらゆっくりと歩いていると、突然バーティが足を止めた。余所見をしていたレギュラスはバーティの背中に顔からぶつかってしまうが、バーティの腕にしっかりと抱き留められる。じっと顔を覗き込まれて大丈夫かと尋ねられ、レギュラスは慌てて頷いた。過剰反応を恥じらう間もなく、掠めるように頬に口付けられてレギュラスは一気に顔を赤くする。口付けられた場所が驚くほど熱い。真っ赤なままでレギュラスが見上げると、当のバーティ本人は嬉しそうに笑うだけだ。それからバーティは静かに林の中を見渡す。何かを探るような目つきに、レギュラスも口を噤んで周囲を見渡した。

「――――もうすぐ、来る」

林の中でいちばん高い広葉樹を見上げ、バーティは囁くように呟いた。何が来るのかと聞きたい気持ちを堪え、レギュラスも倣って木の天辺を見上げる。チチチ、と小鳥のさえずる声と木々の触れ合う音だけが響いている。耳を澄まし、神経を尖らし、目を大きく見開いた。何が来ても見逃してしまわないように、レギュラスは大きく深呼吸をした。次の瞬間、静寂が林の中を満たした。風が止み、鳥達もさえずりを止め、すべてが静謐になった。そして、

「来た!」

バーティの嬉々とした声と同時に広葉樹の天辺に大きな影が現れた。音も立てずに大きな翼を広げ、自らの存在感を示すようにその鳥は身体を大きく震わせた。ゆったりと羽ばたけば、巻き上った風で周囲の木々が大きく揺れた。空中に舞い上がる姿は凛々しく、そして雄々しい。その鳥が羽ばたくたびにきらきらとした粉が撒き散らされる。鱗粉のようなそれは、しかし宙に溶け消えていく。圧倒的な存在感にレギュラスはすっかり見蕩れていた。目を奪われる、というのはこういうことなのだろう。魅了されてしまったかのように身体は動かず、目は釘付けになる。やがて鳥はゆっくりと上空を旋回した後、西の空へと翼をはためかせて去っていた。レギュラスは暫くしても放心したようにそこから動けず、バーティに強く揺り動かされてようやく我に返った。

「おいレギュラス、大丈夫か?」
「う、うん……今のは、いったい……あれはなに……?」
「これは俺の推測だが、あれが不死鳥ってやつじゃないのか?」
「不死鳥……あれが?」
「俺も本物は見たことがないし、話や伝承でしか見たことはないけどな。レギュラスは知ってるか?校長が不死鳥を飼ってるっていう噂」
「ダンブルドアが不死鳥を、」
「そうだ。……まぁ、噂話にすぎないけどな」
「そう、なんだ……」

不死鳥。伝承に残る不死身の聖なる鳥。あれがもし本物の不死鳥だとすれば、見ることのできた自分達はなんて幸運なのだろう。レギュラスは嬉しさと興奮で、思わずバーティの手を取って捲し立てるように話し出す。

「バーティ、ありがとう!こんなものを見られるなんて……すごく嬉しいよ!一緒に抜け出してくれてよかった……ああ、なんて幸運なんだろう!」
「……レギュラス、落ち着けって」
「落ち着いてなんていられないよ!本当にありがとう!きみがいてくれてよかった!バーティ、すごく嬉しい!」
「――――ああもう、レギュラス……それはこっちの言葉だ……」

蒼灰色の瞳をきらきらと輝かせるレギュラスに至近距離で言われてしまえば、バーティは我慢の限界だった。自分よりも一回り小さな身体をぎゅっと抱き締めると、肩口に頭を寄せた。慌ててじたばたするレギュラスを宥めるように頬に口づければ、レギュラスはぴたりと動きを止めた。耳朶が真っ赤に染まっているのを見れば、今レギュラスがどんな表情をしているか容易に察しがつく。バーティはくすくすと笑いながら、少し身体を離して首筋から鎖骨にかけてキスを落としていく。小さく声を上げながらレギュラスが抵抗してくるが、手首を掴む力は弱いものだ。

「あの、バーティ、ここ外だよ……!」
「部屋ならいいのか?」
「よ、よくないけど!まだ、お昼だし……」
「心配しなくてもここでこれ以上はしないさ。それともレギュラスはこれ以上されたいか?」
「――――……バーティ、きみねぇ……」
「はは、そんな顔すんなって」

恨めしそうに頬を紅潮させたままで睨み上げてくるレギュラスの頭を撫で、バーティは身体を離した。俯いたままで乱れてしまったシャツを直し、ネクタイをきっちり締め直すレギュラスが可笑しい。悪かったよ、と言いながら手を差し伸べれば渋々といった風に握り返される。バーティはふわりと微笑み、レギュラスと共に元来た道を同じように戻っていった。




×




湖畔に差し掛かったところで、バーティの歩みが遅くなった。何があったのかとバーティの背中越しにレギュラスが顔を覗かせると、大きな木の下で何人かの生徒が騒いでいた。その中の一人の顔を視認した瞬間、レギュラスは慌ててバーティの手を離した。

「バーティ、この道はやめよう」
「……俺も出来れば通りたくはないが、ここを通らないと寮には戻れない」

苦々しく呟いたバーティの双眸は、敵を睨むようにぎらぎらと輝いていた。自分以上に気が立っているバーティが心配ではあったが、レギュラスも嫌で嫌でたまらなかった。二人がその場に立ち尽くしていると、その中の一人がこちらに気がついてしまった。

「あれ、レギュラス……と、バーテミウス……?」
「ああ……ルーピンせんぱい……」
「ったく、なんで……っ!」

キャラメル色の髪を揺らしながら、ルーピンが大きく目を見開いてこちらを見つめてきた。額に手を当てて落ち込むレギュラスと、呆れ返るバーティを見てルーピンはようやくこっちの気持ちを察したらしいが、時既に遅し。最悪の二人組がこちらに気付いてしまった。

「おやおや!これはこれは……シリウスくんの弟くんと噂に名高いクラウチ家のお坊ちゃま!こんな時間にどうしたんだい?もしかして授業を抜け出してデート?いいなぁ、僕もリリーと授業を抜け出したいよ!」
「……レギュラス…………お前なにしてんだよ、いいご身分だな」

へらへらと笑いながら杖を振り回すジェームズと、木の上で読みかけの本を閉じ、不機嫌そうにこちらを見下ろすシリウス。シリウスの濃灰色の瞳は射抜くようにレギュラスを睨め付けていた。それからバーティに視線を移すと、不快だと言わんばかりに眉根を深く寄せる。ジェームズの後ろでは小柄なピーターが険悪な空気に耐えられずに菓子を頬張っていたが、後ろからリーマスに袋ごと取り上げられていた。

「……そんなんじゃありません」
「そうなの?でもさっきまで仲良く手を繋いでなかった?僕の見間違いかなぁ?」
「っ、それ、は……ッ」

ジェームズの思わぬ言葉にレギュラスは言葉を失う。リーマスとピーターは呆れたような顔のままだが、シリウスは一瞬で嫌悪を滲ませた表情になった。素早く幹から飛び降りると、本を投げ捨ててこちらに歩み寄ってくる。濃灰色の瞳が細められ、真っ直ぐにレギュラスを見つめている。じっと検分するようにレギュラスを見回した後、シリウスは冷ややかな目でバーティを一瞥して鼻で嗤った。

「……レギュラス、お遊びも程々にしておけよ。『お母様』が悲しまれるだろう?」
「な、ッ……!」

シリウスの言葉に一瞬で血液が沸騰するぐらいの怒りがレギュラスを支配した。握り締めた拳を振り上げて一歩を踏み出した瞬間、

「レギュラス」

バーティがその手をそっと掴んだ。そして流れるような動作でレギュラスを連れ去っていった。ほとんど引き摺るようにしてレギュラスを連れながら、バーティは振り返ってシリウスの方を確認する。燃えるような力強さでこちらを睨め付けているシリウスは、今にもこちらに食い掛ってきそうな剣幕だった。バーティは何も言わずに前を向き直すと、レギュラスの手を握り直して歩を早めた。まだ怒りが抜けないのか、歯噛みするような声を漏らしながらレギュラスは俯いている。バーティは黙ったままレギュラスの手を握る力を強めた。暫くして、弱々しくだが握り返される反応があってバーティは歩く速度を緩める。角を曲がり、校内に入ったのでここならもう大丈夫だろう。バーティは足を止め、俯いたままのレギュラスの顎をそっと掬い上げた。蒼灰色の瞳は伏せられたままで、その色も表情も窺えない。それでも握り締められたままの真っ白な拳が彼の感情を物語っていた。

「目を開けて、レギュラス。……俺を見てくれ」

バーティがそう囁いてやると、レギュラスは焦れるほどゆっくりと目蓋を持ち上げた。薄く開かれた瞳は潤んでいて、唇からは不明瞭な言葉が漏れている。弱々しくも縋り付くようにレギュラスが手を伸ばしてきたので、バーティはローブごとその身体を抱き寄せた。嗚咽を漏らしながら抱きついてくる身体は細く、しかしとても暖かい。泣き濡れた顔のままで名を呼ばれれば、乞われるままに口づける。涙に濡れてしょっぱい唇を慰めるように何度も何度もキスを落とせば、やがて嗚咽も治まっていく。小さく身体を震わせて縋り付いてくるレギュラスを強く抱き締めながら、バーティは真っ青な空を見上げた。いつの間にか雲一つ無くなった空が恨めしい。もしもあの鳥が不死鳥だったなら、レギュラスと自分を不死の存在にしてくれればいいのに。そんなことをぼんやりと思いながら、バーティは苦々しく笑った。二人だけの世界を求めているなんて、きっとレギュラスに知れれば怒られてしまうだろう。だがそれでもいいと、考えはじめている自分はかなり重症なのかもしれない。


見上げた先の空で、不死鳥がバサリと翼を広げて飛び去っていった。


end.




ホーム / 目次 / ページトップ



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -