Ma cherie

※R-18


レギュラスがその異変に気付いたのは昨晩だった。彼の射抜くような鋭い目つきも、無愛想な表情も普段となにひとつ変わってはいないのに。その時は何がおかしいのかはっきりと分からなかったが、違和感だけが痼りのようにレギュラスの中に残っていた。

それから翌日の午前中。授業があるからと別れたバーティを見送り、レギュラスは課題を片付ける為に図書室に向かっていた。たくさんの文献は課題を助けてくれる力強い味方であったし、片付けてしまえば好きな蔵書をじっくり読み耽ることができる。今日の授業は午後からなので、お昼までは好きなだけ図書館にいれると思うと嬉しくてたまらなかった。バーティには本の虫だと言われたが、レギュラスはそれでも構わない。自分の知らない知識を身につけることはとても楽しいことなのだから。レギュラスが楽しみに胸を弾ませながら早足で歩いていると、廊下の向こうから誰かが走ってくるのが見えた。見覚えのあるキャラメルのような髪の色に、思わずぴたりと足を止める。目を細めてよく見てみると、リーマス・ルーピンだ。

「ルーピン先輩?」
「あ、レギュラス…!ちょうどよかった、一緒に来てくれないか!」

え、と声を上げる間もなくレギュラスはルーピンに有無を言わさぬ力で腕を掴まれた。その細い身体のどこにそんな力があったんだ、なんてことを思う間もなくレギュラスは引っ張られて廊下を走っていく。レギュラスは仮にもクィディッチのスリザリン代表シーカーなので体力には自信があるが、ルーピンは全速力で走っている。向かう先がどこなのかと聞きたくはあったが、それは否応なしに分かってきた。グリフィンドール寮だ。階段を上り詰め、太った婦人の前に辿り着いたルーピンは息を切らしながら、ようやくレギュラスの腕を解放した。

「っ、はぁ……せん、ぱい……一体、なんなんですか……」
「……レ、ギュラス……きみに、ちょっと頼みたい、ことがあってっ……」
「――――頼み?」
「……きみ、今日の授業は?」
「一応、午後からなので午前は空いてますけど」
「気を悪くしないでほしいんだけど、僕は今から授業で……他の友人たちも授業で、頼めるのはきみだけなんだ」
「…………グリフィンドールに、関することですか」

知らず知らずの間に刺々しい声になっていて、レギュラスは思わず歯噛みした。ルーピンの方をそっと見遣ると、苦笑しながら頭を掻いている。

「グリフィンドールというよりは、きみのお兄さんのことなんだけど」
「……にいさん、の」
「きみも気付いていたかもしれないけどね。実はシリウス、昨日から調子が悪いんだ」

レギュラスはようやく昨晩シリウスに感じていた違和感の正体に気がついた。シリウスは風邪をひいていたのだ。子どもの頃から病気がちだったレギュラスに比べ、健康体そのもののシリウスが風邪をひいたことは一回きりだった。だからレギュラスはすぐに気付くことはできなかったし、盲点だった。

「一般的な風邪みたいなんだけど、かなり熱が高いんだ」
「マダム・ポンフリーには、」
「診せたいところなんだけど、ここ最近ゾンコの悪戯専門店のお菓子で怪我や後遺症のある生徒が多くてね。その対応にマダム・ポンフリーとスプラウト先生は大忙しだそうだ。他の先生方もそれを手伝っていて、しかも今は授業時間」
「……先輩や、他のご友人も今日は授業なんですね?」
「本当は授業なんて休みたいところなんだけれど、仮にも僕は監督生だし、今日の授業は魔法薬学の調合なんだ」
「解熱剤は飲ませてありますか?」
「一応。でも効くかどうかは分からない。気休め程度だと考えていい。……レギュラス、頼めるかい?」

ルーピンの鳶色の瞳がレギュラスをじっと見つめる。本当にシリウスのことを想ってくれているのだろう。ルーピンがシリウスのことを大切な親友として見ていることが、純粋に嬉しかった。レギュラスはルーピンに大きく頷いて、ゆるく微笑ってみせる。

「――――分かりました」
「ありがとう。大人しくしておくようには言ってあるけど、シリウスのことだ。駄々を捏ねても許してやってくれ」
「ええ。……僕の、兄さんのことですから」
「……きみがいてくれて本当によかった。昼までシリウスをよろしく頼むよ。課題の邪魔をして悪かったね。今度、きっとお礼をするから」

懐の懐中時計を取り出して時間を確認したルーピンは、慌てて走り出す。階段で転びそうになりながらも走っていくルーピンの後ろ姿を見守りながら、レギュラスはちいさく息を吐いた。それから深呼吸をひとつして、太った婦人に向き合った。グリフィンドールの合い言葉は知っている。ルシウスやマルシベールがいつもどこからかくすねてくるのだ。聞きたくなくとも談話室で大声で話されれば、嫌でも耳に入ってくる。問題は合い言葉ではなく、この婦人がスリザリンのレギュラスを通してくれるかだ。無理だろうなぁ、ルーピンもレギュラスを入れてくれてから授業に向かってくれればよかったのに。そんなことを思いながらレギュラスが婦人を見上げると、彼女は今まで見たこともないぐらい優しい表情でレギュラスを見下ろしていた。レギュラスが控えめにあの、と声を掛けると、彼女は大仰なぐらい嬉しそうにレギュラスのことを褒め称えた。どうやら一連の会話を聞いていたらしい。婦人はぐすぐすと泣きながら兄弟愛ってなんて素晴らしいのかしら!などと言いながら、レギュラスを寮の中に入れてくれた。有り難かったけれど、レギュラスは罪悪感を感じずにはいられなかった。

レギュラスの中にあるこの感情と、彼女の言う兄弟愛は同列のものではない。




×




寮の中は明るくて暖かく、優しい雰囲気に包まれていた。陰鬱と暗く、寒々しいスリザリンの地下牢とは真逆だ。あそこが嫌いなわけではないし、居心地は決して悪くないのだが、それでも少しばかりここを羨んでしまう。レギュラスは暖炉の前を横切り、寮部屋へと続く階段を上っていった。誰も居ない寮の中は静謐な空気で満たされている。階段を上りきると、豪奢なベッドがいくつも並んでいた。シリウスのベッドがどこにあるかなんて知らないので、ひとつひとつを覗いていくしかない。悪戯玩具が転がるベッドや教科書がぶちまけられたベッド、綺麗に整頓されたベッドなど持ち主の性格が出るようだ。ハニー・デュークスのお菓子が転がるベッド……これはルーピンのベッドだろうか。だとすればシリウスのベッドは近くかもしれない。そう思いながら、レギュラスは隣のベッドをそっと覗き込んだ。

「…………、レギュラス……?」

ばちり、と。ベッドを覗き込んだ瞬間に濃灰色の瞳に捉えられた。伸びすぎた艶やかな黒髪の下から覗く、すこし眠そうな瞳が疑うようにレギュラスを見上げている。慌てて一歩後ずさろうとすると、後ろに積み上げてあった分厚い教科書――きっとこれもリーマスのものだろう――に躓いて転んでしまった。

「わあああああ!」
「ばっ……レギュラス、なにしてんだ!!」

急に視界から見えなくなったレギュラスを、起き上がったシリウスが覗き込む。シリウスは焦っているのか怒っているのか、薄暗くてよく分からなかったが眉根を寄せているのが見える。急いでレギュラスが起き上がると、シリウスは脱力したように深い溜息を吐いた。

「ご、ごめん、兄さん……」
「ったく、誰か連れてくるって……リーマス、レギュラスのことかよ……」

ぼさぼさの髪を乱暴に掻きながら、シリウスは心底恨めしそうな声でルーピンを罵った。レギュラスを連れてくるとは言っていなかったのだろう。確かにそれは賢明な判断だ。もし言っていれば駄々を捏ねるというものでは済まなくなっていただろう。

「…………お前、授業は」
「午前は空いてて、今日は午後から」
「……成る程な、リーマスに捕まったわけだ」

熱のせいか赤い顔のままでシリウスは呟いた。レギュラスにはシリウスが自分を追い出そうとするだろうことは容易く想像できたが、リーマスに頼まれてしまった以上は昼まで看病をしなければいけない。思い直して、レギュラスはシリウスのベッドの横まで歩み寄った。シリウスが一瞬ぎょっとしたように身を引いたのが見えたが、嫌がられても仕方ない。

「そうだよ。だから昼まで僕が傍にいる」
「レギュラス、お前な」
「もし、嫌だって言われても……「言わねぇよ」
「……え?」

予想だにしていなかった言葉に、レギュラスは思わず顔を上げた。真っ直ぐにこちらを見つめる黒曜石に似た瞳は、熱を帯びて熱い。

「言わない。風邪ひいたのは俺のせいだし、これ以上あいつに迷惑かけるわけにもいかねぇからな」

静かにそう言うと、シリウスは瞳を伏せてベッドに潜った。レギュラスのことなど忘れたような顔をして、シリウスは再び眠りの中へ落ちていく。置き去りにされたレギュラスが驚きに目をぱちくりとさせても、シリウスは黙ったままだった。

レギュラスは寝ているシリウスを起こさないように額に浮いた汗を拭い、額に冷えたタオルを乗せ、水差しの水を新しいものに交換した。ルーピンが朝食の時に持ってきたものであろう果物の皮も剥いて、食べやすいように小さくカットしておいた。シリウスは相変わらず夢の中で、静かに寝息を立てている様子は普段からは考えられない。まるで幼子のような顔をしてぐっすりと寝入るシリウスの寝顔を見ているうちに、レギュラスもつられて眠くなってきてしまった。そういえば昨夜はスネイプに付き合ってついつい夜更かしをしてしまったのだった。そんなことを考えているうちに意識は少しずつ遠ざかっていく。重くなる目蓋に抗えないまま、レギュラスもまた眠りに落ちていった。




×




なにかが肌に触れる感触に、レギュラスはゆっくりと目を醒ました。ぼやけたままの視界は薄暗く、頭もきちんと回っていない。ふわふわとした意識のままで瞬きを繰り返していると、レギュラスはいつの間にかシリウスのベッドに倒れ込む形で寝てしまっていたようだった。ゆるやかに意識が覚醒していき、ようやく視界がぼやけなくなったと思えば、頬に誰かの手が触れていた。

「にい、さん……?」

呟くように呼べば、その手は静かに離れていく。レギュラスが反射的に追い縋るように手を伸ばすと、あっさりと捕まえることができた。骨ばっていて大きくて、熱のせいか少し汗ばんでいる。レギュラスが上体を起こしながら見上げると、シリウスは気まずそうに目を逸らした。それから数秒間黙り込んでいたシリウスは、いきなりレギュラスのもう片方の腕を掴むと、ベッドの上に引き上げた。突然のことに驚きながらも、不可抗力でレギュラスはシリウスに乗り上げるような体勢になってしまう。慌てて退こうとするが、いつの間にか腰を掴まれていて身動きができない。戸惑いながらもシリウスを見ると、苦しそうに息を吐きながらレギュラスを見据えていた。熱に瞳は潤んでいたが、射抜くような力強さは増しているような気がした。

「兄さん……大丈夫……?」
「…………気にするな」
「で、でも」
「いいから、ちょっと黙ってろ」

乱暴な強さで手首を掴まれ、腰を引き寄せられる。強く抱き締められて、シリウスの香水と汗の香りが鼻腔を犯す。普段よりも高い体温が衣服越しにも伝わってきて、レギュラスの心音も速さを増していく。まるで動物が擦り寄るようにレギュラスの首筋にシリウスは頭を強く押し付けてきた。それから熱い吐息が吹きかけられたと思うと、鎖骨の辺りをシリウスがべろりと舐め上げた。びくりと身体が跳ねて、思わずレギュラスは逃げそうになるがシリウスがそれを許さない。鎖骨から首筋を吟味するように舐め上げると、シリウスはそのまま頬に唇を寄せてきた。熱い感触が何度も触れてくる。僅かに顔を離して、至近距離で見つめられると一気に顔が熱くなった。恥ずかしくなったレギュラスがぎゅっと目を瞑ると、宥めるように鼻の頭にキスをされた。それからゆっくりとシリウスの顔が近づいてくる。射抜くような視線は一瞬たりとも外されることはない。真っ赤な舌で唇を舐められ、抉じ開けるように舌先が入り込んでくる。ぞくりとした痺れに小さく口を開いた瞬間、口づけが深くなった。ざらりと表面が擦れ合う感覚に肌が粟立っていく。蹂躙する動きは乱暴なのに、どこか優しい。飲み込みきれない唾液が口の端から零れることを気にする暇もなく、深い口づけは続いていく。レギュラスが息苦しさに口を開けても、シリウスは再び強く引き寄せる。ようやく唇が解放された頃には、すっかり酸欠で頭がくらくらしていた。

「……ふ、…ぅっ……」
「…………悪い、やりすぎた」

ちっとも悪びれてない顔でシリウスは呟くと、レギュラスの身体をベッドに引き倒した。柔らかなベッドに身体が包まれ、見上げた先のシリウスは熱い息を吐き出している。長い指先が伸びてきて、頬を撫でられたと思えば流れるような動きでローブを脱がされ、ネクタイを緩められた。シリウスは迷いのない手つきでネクタイをしゅるりと引き抜き、鎖骨に口づけを落としながらレギュラスのシャツのボタンを外していく。無駄だとは思いながらもレギュラスは抵抗を試みるが、難なくシリウスに手を掴まれてしまう。レギュラスの手首を掴んだまま、ボタンを全て外し終わったシリウスは直接肌に触れてきた。確かめるように脇腹から胸まで移動してきた指が、胸の尖りを掠めて思わず身体が跳ねる。過剰すぎた反応をレギュラスが恥じる間もなく、シリウスは直にそこに触れてきた。くすぐったいような、むずがゆいような感覚にびくびくと肩が跳ねてしまう。胸を弄りながらシリウスはベルトも外し、ズボン越しにそっと触れてきた。掌の熱さに思わず身が竦み、レギュラスの中に羞恥心が込み上げてくる。

「…………レギュラス、大丈夫か」

固く目を瞑っていると、シリウスが覗き込むようにこちらをじっと見ていた。動かしていた手を止めて、触れるだけのキスを額に落とされる。兄さんは苦しそうなままなのに、僕のことを気遣ってくれている。そう思うとレギュラスの胸はちくりと痛んだ。こういう行為は初めてではないし、拒絶したいわけではない。ただ、レギュラスは苦しそうなシリウスを見るのが嫌だったのだ。

「……大丈夫、だよ。続けていい、から」
「――――悪ィ……熱のせいか、苦しくて、な……」

苦々しい表情のままシリウスはそう言うと、再びズボン越しに触れてきた。胸の突起に舌を這わせながら、まだ柔らかなそこを緩やかに撫でられる。レギュラスは体温が上昇していき、たちまち身体から力が抜けていくのを感じた。神経が一点に集中して、感覚が驚くほど鋭敏になっている。ズボンの前を緩められ、レギュラスが慌てて制止する間もなくシリウスの長い指が中へ入り込んできた。下着ごとずり下げられ、長い指が絡み付くように性器に触れる。緩く勃ち上がりはじめたばかりのそこは、芯を持ちきらないままでびくびくと震える。やんわりと握り込まれ、シリウスはゆっくりとレギュラスの昂りを扱きだす。

「んっ、ふ……んんっ……」
「レギュラス、もっと声出せよ……」
「ん、うっ……ぃ、やっ……」
「――――強情な奴」

ぶっきらぼうに呟きながらもシリウスは手の動きを止めない。先端から零れだした体液を塗り広げるように動かされると、静寂な室内に淫猥な音が鳴り響いた。それ煽られるように、レギュラスの性器は更に大きさを増す。中心を嬲られながら首筋をねっとりと舐められると、背中にぞくぞくとした電流が奔る。びくびくと身体を震わせながら快感を耐えようとするレギュラスを見下ろして、シリウスはゆるく微笑った。

「あんまり唇噛むなよ。噛み千切っちまうぞ」
「だっ……て、ぇ……っ」
「ったく、仕方ねーな」

噛み締めている唇をなぞりながら、シリウスは呆れたように呟く。それから前触れもなくレギュラスの口腔に強引に指を突っ込んできた。歯を立てないように開いてしまったレギュラスは、その意図も分からないままあられもない嬌声を上げることになってしまった。声を上げたくなければシリウスの指を噛まなければいけないのだ。

「……ッ、にい、さんの……意地悪、っ……」
「なんとでも言え」

レギュラスの非難を軽く流すと、シリウスは鎖骨の下辺りに強く吸い付いた。チリッとした痛みに思わず声を上げると、顔を上げたシリウスは満足そうな笑みを浮かべている。キスマークをされたのだと認識するよりも早く、シリウスに独占欲を見せつけられたことにレギュラスは動揺した。一気に顔が熱くなって、咄嗟に両腕で顔を覆う。しかしそれもやんわりとシリウスによって引き剥がされ、愛撫が再開される。甘やかすように一際低い声で名前を囁かれ、促すように強く扱かれる。快感に耐性のないレギュラスは、あっさりと追い詰められてしまう。内腿が痙攣し、下肢に力が入る。スーツを握り締める手はいつの間にか真っ白になってしまっていた。強烈な快感の波に痺れる身体は既に自らではコントロールできず、先端を抉るようにされた瞬間、ついにレギュラスの中で渦巻く熱に限界が訪れた。

「あ、ああああッ……!」

跳ねるように腰が大きく震え、レギュラスの中に溜まっていた熱が爆ぜてしまう。びくびくと震える性器からどろりと零れだした白濁がシリウスの手の中に受け止められる。レギュラスはそれを見ていられなくて、ぎゅっと目を瞑る。シリウスは精液をティッシュで拭うと、レギュラスの身体をそっと抱き起こした。目を開けようとしないレギュラスに触れるだけのキスを落とすと、ゆっくりと目蓋が持ち上げられる。

「――――意地悪」
「知ってる」
「…………にいさんは、しなくて、いいの……?」

レギュラスの言葉にシリウスは大きく目を見開く。まだ達した後の衝動が残っているのか、軽く身体を震わせながらもレギュラスはシリウスの方に手を伸ばしてきた。ズボン越しにレギュラスの細い指先が触れる。躊躇しながらも、レギュラスはシリウスのそこをそっと撫で擦った。反応を窺うようにじっと見上げられてはたまったものではない。シリウスはレギュラスの手を引き剥がすと、シャツを脱ぎ捨てて荒々しくその唇に食らいついた。肉厚な舌が口腔に侵入し、不器用ながらも応えようとするレギュラスのそれを搦め捕っていく。キツく舌を吸い上げられ、甘噛みされ、息継ぎもままならない状態でレギュラスは必死に喘ぐ。何もかもを奪い去ろうといわんばかりのキスに酩酊が深まり、頭の芯がジンと痺れていった。

「んん、ンっ……は、あ……っ」
「……お前はしなくていい。こっちが我慢できなくなる」
「な……に、それっ……」
「いいから。これ以上俺を煽るなって言ってんだよ」

シリウスはベッドサイドテーブルの引き出しから小瓶を取り出した。レギュラスはその中で揺れる薄桃色の液体に、思わず身を引きかける。シリウスはその反応ににやりと笑い、レギュラスを押し倒した。栓を開け、粘性のある液体がシリウスの手に落ちてくる。それを暫くのあいだ掌の上で温めると、シリウスは濡れていないほうの手でレギュラスの片足を折り曲げてきた。

「ん、ぅ……!」

少しひやりとした感覚があって、一瞬だけ腰が跳ねる。塗り込めるように固く閉ざされた蕾を撫でられると、奇妙な感覚に襲われる。レギュラスは先程と同じように唇を噛もうとしたが、寸前でシリウスに見咎められてしまった。有無を言わずシリウスの指二本、口の中に押し込まれる。レギュラスは眉根を寄せながらも、シリウスの指に控えめに歯を立てて声を抑える。円を描くように動いていた指先が、潤滑剤を纏ったまま窄まりをゆるく揉みほぐしてきた。しかしシリウスの指を意識すればするほど、レギュラスは逆に力を込めてしまう。

「……怖いか?」
「ち、が……う、けど……っ」
「ゆっくりでいいから、力を抜いてみろ。緊張しなくていいから」

レギュラスの硬直を宥めるようにシリウスは前髪を掻き上げて露わになった額に口づける。こめかみや頬、鼻の先にもキスの雨を落とされ、レギュラスは次第に身体の力が抜けていくのを感じた。シリウスはそれを見計らったようにレギュラスの口腔に入れていた指を抜き、自由になった両手で潤滑剤を継ぎ足した。滴り落ちるほどに濡らされた指先が、少し強引に押し込まれていく。痛みは感じられないが、本来異物を受け入れるようにはできていない場所だ。圧迫感にレギュラスは浅い呼吸を繰り返す。シリウスが埋め込んだ指先を小刻みに動かすと、だんだんと解れていく。それでもレギュラスにかかる負担は大きい。

「く、ぅ……っ、ン、んん……っ」

くぐもった声を上げながら、レギュラスは圧迫感から逃れようと無意識にシリウスに手を伸ばす。シリウスはそれに応えるようにその手を掴むと、手首に強く吸い付いた。陶磁のような皮膚に花弁そっくりの鬱血痕が残るが、レギュラスはそれを怒ることなく微笑んだ。レギュラスの意識が後孔から逸れている隙に、シリウスは浅い部分を何度も撫でていく。少しずつ締め付けが緩やかになり、内壁が僅かに痙攣するのを感じる。シリウスは更に潤滑剤を継ぎ足すと、指を深く沈めていった。きゅうきゅうと締め付けてくるのは拒んでいるからではなく、奥まで欲しがっている証拠だろう。まだ慣れない異物感にレギュラスは顔を顰めているが、狭い器官を押し広げるように指を動かすと引き攣った声を上げた。先程までは苦しさしか感じられなかった声に、多少の甘さが見えてきた。内部が僅かに蕩けてきたのを見計らい、シリウスは抜き差しへと動きを変える。

「ひぁ……っ、ぁ、あっ……!」

やがてシリウスは二本に増やした指でレギュラスを窺いながら突き上げていく。再び蜜を滲ませはじめた性器にも触れ、レギュラスは素直に快感を追いはじめていた。まだ快楽に流されることが怖いのか、眉間には皺が寄ったままだが仕方ない。反応を見ながら拡張するように揺り動かしていき、ようやく内部は蕩けるほどの柔らかさになってきた。

「レギュ、ラス」
「……にい……さん……も、いいよ……っ」
「――――悪い、レギュラス」

生理的な涙を目尻に滲ませたまま、荒い息を吐きながら言われてはシリウスも我慢の限界だった。零れ落ちそうな涙を舌で舐め取ると、自らの昂りをレギュラス後孔に押し当てた。ひくつくそこはシリウスを待ち望むように収縮を繰り返す。レギュラスは息を呑み、力を抜こうと静かに目を閉じた。

「あ……ぁ、あ……っ」

ゆっくりと、指とは比べ物にならない質量がレギュラスの中に押し入ってくる。内壁を押し拡げるように埋まっていく楔は、火傷してしまいそうに熱い。引き攣るような感覚は強いが、じっくり慣らされたお陰で痛みは感じない。とろとろに解された粘膜は、シリウスを包み込むように締め付けてきた。

「ん、っ……う……」
「息を止めるな。ゆっくり呼吸をするんだ」
「は、ぁっ……、ん……っ」
「そうだ。……レギュラス、動くぞ?」
「う、ん……っ」

足を深くまで折り曲げられ、覆い被さるようにシリウスが体重をかけてくる。接合部が深くなり、ぐちゅりと卑猥な水音が立った。指では届かない奥まで熱い昂りに満たされ、レギュラスは圧迫感よりも興奮を感じた。

「お前、俺よりも熱があるんじゃないか……っ?溶かされそう、だ」
「兄さんこそ……ものすごく熱い、よ……」

口角を引き上げてシリウスは艶然と微笑むと、繋がった場所をゆったりと揺らしはじめた。徐々に激しさを増していくそれは、次第にレギュラスの快感をも引き摺り出していく。断続的な嬌声を押さえることなどできるはずもなく、レギュラスは揺さぶられる。快楽に押し流されそうになりながらも、レギュラスは兄の見たこともない表情に目を奪われていた。快感を堪えながらもレギュラスを気遣い、シリウスは理性の本能の狭間で歯を食い縛っている。愛しさがじわりと込み上げてきて、レギュラスはシリウスの両頬を挟んで引き寄せた。拙い動作でぎこちなく口づければ、不意を突かれたシリウスは目を丸くする。それでもレギュラスがもう一度口付けようとすれば、意図を察して口付けてくれた。

「っ、ふ……ぅ、ン、んん……っ」

ガクガクと律動を繰り返されているうちにレギュラスの中の圧迫感や異物感は消えていた。今はただ快感だけがレギュラスを包んでいる。荒々しい動きの中、優しい手つきで髪を梳かれ、キスを落とされて生理的ではない涙が込み上げてきた。それすらもシリウスは舐め取ると、強く抱き締めてくる。縋り付くようにレギュラスが背に手を回すと、噛み付くようなキスで吐息すらも奪い去られた。

「……っは、に……にい、さ……っ」
「――――レギュラス、」

上がりきった息で必死に名前を呼ぶレギュラスをキツく抱き締め、シリウスは熱い吐息混じりに囁きを零す。涙と体液でぐちゃぐちゃになりながらお互いを深く貪り合う。果ての無い欲求と感情の波は途方もない。やがて最奥を突き上げられた瞬間、レギュラスはシリウスの熱が爆ぜるのを感じた。耳元で低く呻いた声が、快楽を堪えていてひどく興奮する。体内に熱いものが満ちてきて、同時に身体が気怠くなっていく。

「レギュラス…………」

シリウスに名を囁かれたと思えば、弛緩したままの身体をふわりと抱き締められた。レギュラスもまたシリウスの肩口にそっと鼻先を擦り寄せ、甘い倦怠感に包まれながら花が綻ぶように微笑んだのだった。


end.



title by JUKE BOX.




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