Charmant!



電話口から聞こえてきた不機嫌丸出しな声に呼び出され、九十九屋が到着した場所は老若男女問わず大人気のミスタードーナツ。店内の端にある席で顰めっ面のまま手招きをする臨也を見つけ、九十九屋はやれやれと苦笑を漏らした。臨也の膝の上にはショートカットの大人しそうな少女、そして短ランの袖を横から引っ張る三つ編みおさげの活発そうな少女がいる。どちらも間違いなく臨也の実の妹、双子の九瑠璃と舞流だ。目を丸くして見上げてくる少女達に九十九屋が微笑みかけると、彼女達は元気いっぱいに挨拶をしてきた。その様子に微笑ましい気持ちのまま臨也に視線を戻すと、彼は先程よりもぶすくれた表情で思いきりドーナツにフォークを突き立てていた。ぐさり、と皿まで割りそうな勢いに九十九屋は思わず笑う。臨也がこちらを睨みつけてきたが、まるで野良猫に威嚇されているようで痛くも痒くもない。臨也は妹達に別の席で好きなだけ食べてこいと財布を投げ渡すと、九十九屋に向かい側の席に座れと言ってきた。あからさまに機嫌が悪いと言わんばかりの声に、九十九屋は笑うしかない。

「いい加減に笑うのをやめろ。不愉快だ」
「いや、あまりにもおかしくてな」
「なにがだ」
「お前が妹たちに慕われている様子がここまで微笑ましいものだとは思わなかった」
「……言っておくが、こんなものは弱味にならないぞ」
「心外だな、俺がいつお前の弱味を握ろうとした?和やかな兄妹関係を壊すようなことはしないさ」
「……その口でよく言えたもんだ」
「今日は一段と手厳しいな、折原。よほど嫌なことがあったんだろう」
「――――……」

ドーナツを滅多刺しにしていた臨也の手が止まり、紅玉のような瞳がすっと細められた。怒りを押し殺しているのか、揺れる瞳に冷静さなどは欠片も見当たらない。九十九屋は息を吐くと、臨也の前にあったグラスを手に取った。カラン、と中の氷が揺れるが臨也はこちらに目もくれない。何も言われないので構わないだろうとグラスに口をつけ、冷たい水で喉を潤す。手を止めたまま黙りこくった臨也は、じっと九十九屋を見つめていた。

「口にしたくもないほどか。しかし話さなければ何も分からないぞ。俺は確かに腕のいい情報屋だが、エスパーじゃないんだ。生憎な」
「……分かっている、そんなことは」
「大体の検討はつくが……しかし折原、そこまで思い詰めるほどか」
「思い詰めてなんていない」
「即答するのはいい傾向じゃないね」
「……ッ、」

臨也がフォークを数センチ浮かせたことに気付いて、九十九屋は大仰に手を動かした。ぎらりと睨み上げてくる臨也の表情に、流石に冷たいものが背筋を伝う。休日の賑やかなミスタードーナツで事件を起こされては敵わない。

「おっと、怒らないでくれよ。俺は頭脳派なんだ、暴力に持ち込まれてはお前に敵うわけがない」
「じゃあ俺を煽るようなことばかり言うのはやめろ。刺されたいのか」
「…………フォークでか?」
「お好みならナイフも出してやるよ」
「丁重にお断りさせていただこう」

飄々と微笑んでみせる九十九屋に、臨也は呆れたようにフォークをトレイに投げ出した。滅多刺しにされた哀れなハニーディップからは何となく哀愁が漂っている。それはきちんと食べるんだろうなと九十九屋が言おうとすると、臨也が突然立ち上がった。そのままミスドフレンチやらエンゼルフレンチにかぶりついている妹たちから財布をひったくり、臨也は新しいトレイに適当に商品を乗せ、会計をして戻ってきた。これでもかと言うぐらいに甘そうなドーナツばかりのトレイをずいっと差し出すと、臨也は椅子にふんぞり返って座る。

「……これは?」
「俺の奢りだ」
「高校生に奢られるほど俺は金に困っていないぞ」
「それぐらい知っている」

投げやりな答えに九十九屋が笑うと、臨也は眉根を寄せて睨んできた。相変わらず猫のように威嚇してくる臨也が九十九屋は面白くてたまらない。これ以上答えたくない、と小さく呟かれてしまっては問い詰めるのも可哀想だ。九十九屋は臨也のトレイからフォークを手に取ると、自分のストロベリーカスターフレンチを一口食べた。柔らかな生地の食感と甘いクリーム、苺の香りがふわりと口の中に広がる。横目でじっとりと見てくる臨也に美味しいよと言ってやれば、ますます嫌そうな顔をされてしまった。

「嫌がらせのつもりだったのかもしれないが、甘いものが苦手というわけじゃないんだ。まぁ好きというわけでもないが」
「…………」
「まぁ、今回は特別に聞かないでおいてやるよ」
「その偉そうな物言いはどうにかならないのか。今からでも刺してやるぞ?九十九屋」
「お前こそもう少し、行動に見合うぐらい可愛いことを言ってみろ」
「あまりふざけたことを言うのはやめろ、気味が悪い」
「おや、酷いな。褒めているのに」
「ドーナツで買収されるような安い男に言われても嬉しくない」
「……折原、俺はドーナツに買収されたわけじゃないぞ」

2個目のダブルチョコレートに目標を移した九十九屋がそう言うと、臨也は訝しそうに首を傾げる。それから数秒の間があり、けたたましい音を立てて臨也は立ち上がった。騒がしい奴だなと九十九屋が顔を上げれば、臨也は目元を赤く染め、今にも叫び出しそうにわなわなと口元を震わせていた。予想以上の反応に九十九屋が口角を引き上げれば、臨也は短ランの裾を翻して妹たちの席へと早足で歩いていく。舞流を押し退けてこちらからはギリギリ顔が見えない席に座ると、頭を抱えてしまったようだ。心配しているのか面白がっているのか、舞流が髪を引っ張っても臨也は顔を上げない。マイペースに九瑠璃が食べかけのドーナツを差し出しても、黙って首を横に振るばかりだ。

「…………まったく、困った奴だな」

こんなことをしては、次に会った時にキザ野郎だの変態だの言われても否定はできないかもしれない。九十九屋はぼんやりとそう考えていた。しかしそれでもいいと思えるほどに気分がいいのは事実で、ダブルチョコレートを咀嚼しながら笑みが零れる。甘ったるいチョコレートの香りと風味が、ゆっくりと口腔に広がっていった。


end.



title by JUKE BOX.




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