スタッカートの心音

※10巻後


静寂が満たす来良総合病院のとある一室では、門田京平が静かに寝息を立てていた。余程酷い事故だったのだろう、痛々しい傷痕は清潔なガーゼと包帯のお陰で覆い隠されている。

不意に、その部屋の扉がカラリと遠慮がちに開かれた。小さく開かれたそこから顔を覗かせた金髪の男は、なるべく物音を立てないように滑り込むように部屋に入り、慎重に扉を閉めてベッドの上の門田の姿を眺めた。その男は180は越えているであろう長身で、未だ昼間であるというの何故かにバーテン服を纏っていた。青いサングラスの奥で鳶色の瞳を細めると、おもむろにそのサングラスを外して胸ポケットに無造作に押し込め、ベッドに歩み寄った。コツリコツリと、男の足音だけが無音が支配する室内にやけに大きく響く。それから男はベッド横の椅子に腰を下ろし、暫しの間は無言で門田の寝顔を見詰めていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「門田、見舞いに来たぜ」

低い声が室内に響くが、当然門田からの返事は無い。男―――平和島静雄は、それを然して気にした様子も無く、ただ話し続けた。

「お前が事故に遭って―――轢かれたって聞いた時は本当に信じられなかったぜ。なんか、こう……全然現実味が無くてよぉ……だから、マジだって分かった時は、本気で犯人取っ捕まえて半殺し―――いや、殺してやろうかとも思った」

何でも無いような口調で、まるで世間話をするようにつらつらと物騒な内容を話しながら、静雄は鳶色の瞳を再び細める。その目には僅かに剣呑な光が宿っていた。

「……けどよぉ、そしたらお前が困るだろ。目ぇ覚ました時に俺が人殺しになってたらお前、優しいから悲しむだろ。……俺なんかのことを心配して。だから、止めたんだ。……それに、俺よりも早く"あいつら"が血眼になって犯人を探しに行っちまってたしな」

呟くように言い、静雄は小さく息を吐いて無機質な壁を見詰めて哀しげに表情を歪めた。

「……なぁ門田、早く目を覚ませよ。そうじゃなきゃ俺も新羅もセルティも"あいつら"もサイモンも紀田も―――」

静雄はそこで一旦言葉を切り、ちらりとサイドテーブルに置かれた豪奢なフルーツバスケットに目を向けながら続く言葉を吐き出した。

「……ノミ蟲野郎も、安心できねぇんだからよぉ」

それから静雄は手に持っていた小ぶりのフルーツバスケットを豪奢なバスケットの隣に置いて立ち上がった。

「それじゃあな。また来るから、その時までには目ぇ覚ましとけよ。―――あと、」

門田に背を向け、静雄は小さく息を吸い込み、震える唇で言葉を紡いだ。

「―――誕生日おめでとう、門田」

静雄の靴が床を叩く音が響き、やがて扉が開かれ、閉じられ、足音は遠ざかり、やがて病室は何も聞こえない元の無音空間に戻った。再び静寂に満たされた部屋では、そよ風が薄い色のカーテンと大きなバスケットと小さなバスケットに添えられたカードを音もなく揺らしていた。


(優しいあなたの)



end.




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