snow-white scenery



凍えるような風が吹き付けるシロガネ山の山頂で、彼女は立ち尽くしていた。頬を叩く風は皮膚を切り裂かんとしているようだ。薄いコート越しにも冷気が侵入してくる。寒気を振り払うように、彼女は亜麻色の髪を揺らした。風や雪に晒されていても少しも傷んでいない髪は、まるで彼女そのものだった。陶磁のような肌を僅かに紅潮させ、静かに拳を握り込む。

真白い吐息は、宙に溶け消えた。


×


彼女はお元気ですか。そう問われてオレは黙ったまま眉根を寄せた。振り返れば部下がお得意の微笑を浮かべたままでこちらを見詰めている。またこいつはろくでもないことを考えているのだろう。オレは呆れ果ててセットしたての髪をぐしゃりと掻き回した。

「どういう意味だ、ヤスタカ」
「やだなあグリーンさん、そのままの意味に決まってるじゃないですか」

静かに睨み付けるとヤスタカはようやく口を閉じた。少しばかり、こいつとの距離感を見誤っている気がする。なんとも不覚だ、躾直しが必要なのかもしれない。

息を吐いて空を見上げる。グレンの空は突き抜けるように青い。眩しい日差しがオレを射すが、そんなことは気にならなかった。こちらをじっと見つめているヤスタカはオレを連れ戻しに来たので、一刻も早くオレを引き摺ってでも帰りたいのだろう。しかしさっきの仕返しでもしてやらなければ気が済まなかった。部下の視線を無視して、俺はベルトのモンスターボールをひとつ掴んで宙に投げた。光に包まれて出てきたポケモンを見てヤスタカの目が大きく見開かれる。主人の意向をすぐさま察した賢いピジョットは、ヤスタカが反応するよりも早くこちらに降下する。美しい鬣に掴まり、オレはピジョットの背に乗る。慌てたヤスタカの手がこちらに届く紙一重でピジョットは上昇し、空へと舞い上がった。グリーンさん!と叫ぶヤスタカがあまりに必死な顔をしていてオレは笑い出した。トキワジムの自称小手調べ、オレの付き人が情けない。ヤスタカがいくら追いかけて来ようとも、オレのピジョットに追いつけた試しがない。諦めるんだな、ヤスタカ。そう笑ってみせるとヤスタカは額に手を当てて、大きく溜息を吐いた。オレはそんなヤスタカを一瞥してピジョットへ命令を囁く。承知したとばかりにピジョットは高く鳴き声を上げた。

両翼を広げたピジョットは、大空へ高く舞い上がる。


×


『彼女』というのは言うまでもなく幼馴染のリーフのことである。ヤスタカや他のトレーナーにあいつのことを話すことは極稀だが、記憶力の良すぎるヤスタカはしっかり覚えていたのだろう。陰湿というかねちっこいというか。きっとあいつはリーフを話題に出せばオレの弱点やそれに類するようなことが見えてくるのと思ったのだろうが、それは大きな間違いだ。あいつがオレの弱点だったとすれば、それは三年前までの話だ。ワタルにジムの話を持ち掛けられた頃には、オレはもう吹っ切れていた。いつまでも敗北を引き摺っていてジムリーダーなど務まるはずがない。姉とワタルに叱咤されたことも大きいが、あの時オレは自分自身の足で立ち上がった。

「――――吹っ切れていないのは、オレのほうじゃない」

呟くとピジョットがこちらを振り返って小さく鳴いた。こっちで合ってる?そう聞きたげな瞳に笑って頷くと、ピジョットはもう一鳴きして速度を上げた。

リーフは確かに健在だ。しかしあいつが今も最強の王者であるとは限らない。


×


ポケギアにヒビキから着信が入ったのは一昨日のことだった。息せき切った様子のヒビキはひどく興奮していて、オレは色違いのポケモンでも見つけたのかと呑気に問いかけた。するとヒビキは声を裏返らせて、変声期もまだの甲高い声で叫び出した。

「違いますっ!ぼく、勝ったんです!やっと!」
「はあ?またリーグでワタルから賞金巻き上げてきたのか?」
「巻きあ……ぼくそんなことしてません!違うんですってばグリーンさん!」
「じゃあなに、大好きなライバルくんとバトルでもしたわけ?」
「違います!シルバーとは毎週バトルして勝ってますから!」
「大好きは否定しないのかよ」
「しません!」
「はいはい惚気んなよ」
「……ぼく、勝ったんですよ」

オレの突っ込みも無視して、ヒビキは静かにそう言った。囁くような声色には興奮と喜色が滲み出ている。オレはその声に予感を胸騒ぎを感じて押し黙った。電話口のヒビキもこちらの空気を察したのか、沈黙を貫いている。静寂を破ったのはオレのほうだった。

「――――誰に、勝ったんだ」

自分でも驚くぐらい冷静な声だった。ざわつく胸の音は消えないのに、頭だけは妙に冴えているような変な感覚だった。ヒビキの答えは予測できていたし、それ以外に無いと分かっていた。

それでもあいつの名前を聞いた途端、どうしようもなく会いたくなった。

リーフの強さを過信していたわけではない。いつかオレ以外の誰かがあいつを倒すが来るだろうと分かっていた。それなのにヒビキにあいつが負けたという事実をオレは信じられなかった。あの電話の後、ちょうどタマムシに来ていたヒビキと会ってバクフーンの首に小さなリボンを確認した。レジェンドリボン。あいつが自分より強い相手が現れたときに渡すのだと言っていたものだった。ヒビキの強さはオレも知っているし、いつかはリーフと戦うこともあるだろうと思っていた。だからあいつが打ち破られたことを証明するものを見て、ようやく納得できた。


熱が引いていくように、事実はすとんと胸の中に落ちてきた。


end.




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