どっちもどっち



ユウキくん、と不意に振り返ったダイゴさんがオレを呼ぶ。普通の声なのに、広い博物館では妙に反響して聞こえて少しだけ面白く思えた。振り返った先のダイゴさんは、柔和な笑みは大人っぽいのに、目の輝きは子供のそれのようだ。これ、と石の説明が表記されたプレートを指差され、それに従って文字列を追ってみるとどうやらとても希少な石らしい。今日、この博物館に来るまでにダイゴさんがやけに落ち着かなさそうだった理由がやっと分かった。それがおかしくて忍び笑うとどうしたの?と不思議そうな表情を浮かべられ、それがまた可笑しくて笑みが零れた。

「ダイゴさん、先週からここに来たいって言ってましたよね。これが目的だったんですか?」
「そうだよ。この石は本当に貴重なものでね、ホウエンではここにしか展示してないんだ。他の博物館にはレプリカしか置いていなくて……探すのに苦労したんだ」
「じゃあ他の博物館にも行かれたんですね」
「うん。石を探す時もフィールドワークに行くし、博物館や図書館も自分で行くことにしているんだ。だって自分の足で歩いて、苦労してその石や展示品に会えた方が嬉しいだろう?」
「そうですね。オレもそう思います」
「ユウキくんも?」
「ポケモンも……通信で交換は出来ますけど、やっぱり自分で探して、出会って、捕まえて……育ててなついてくれたポケモンと一緒に戦う方が、嬉しいです」
「……あぁ、その方がずっと楽しい」

頷いて、目を細めて綺麗に微笑んだダイゴさんはとても嬉しそうで、その表情に胸が高鳴って仕方がない。出会った当初はホウエンチャンピオンとストーンコレクターの肩書きの差に驚いたものだが、今では日常の中のふとした柔らかな一面に驚かされることが多いような気がする。しかしどうやらオレは顔に感情が出にくいらしく、ダイゴさんには僕の方が驚かされることが多いよ、と言われる。自分では気付いていないことも、ダイゴさんに指摘されて気付くことが最近あって、その度に彼に助けられていると感じる。そこが経験の差というものなのだろうか。純粋に尊敬するし、すごいなぁとただただ感嘆してしまう。

「ダイゴさん、次はどの展示室に行きますか?」
「うーん、どうしようか。ユウキくんは見たいもの、ない?」
「……ダイゴさんの好きなものが見たいです」

プレートの縁を指でなぞりながらフロアマップを広げるダイゴさんを見上げると、彼が目を見開いて固まっていたので驚いた。何があったのだろうかと彼の視線の先を見ようとしたけれど、そこに居るのは紛れもなくオレで。じゃあ自分が何か変なことを言ってしまったのかと一瞬焦ったけれど、そんなことは言っていないはずだ。それとも、また無自覚で驚かせることを言ってしまったのだろうか。弁解するにも原因が分からないし、だからといって理由も分からずに謝るのも変な気がする。何も言えないままオレはダイゴさんを見上げるしかなかった。遠くの方でカップルのやけに甘ったるい会話が聞こえてきて、途端にこの空気が重たく思えてくる。どうするべきか、頭をフル回転させようにも彼が視線を外してくれないので思考が回らない。困り果ててあの、と小さく呼び掛けるとはっとしたようにダイゴさんがぱちくりと瞬きをしてあっと声を上げた。気のせいだろうか、彼の頬が僅かに赤かったような気がした。しかし、それを確認する間もなくダイゴさんはマップで顔を隠すようにしてしまって、今度はこちらが驚く番だった。なんというか、彼らしからぬ反応だ。

「……ダイゴさん?」
「――――ユウキくんは、なにか見たいものないの?」
「え、だからダイゴさんの好きなもの……」

おかしい。あまりにも挙動不審だ。こんなにも動揺しているダイゴさんを見るのは初めてで、こっちがびっくりしてしまう。広げられたフロアマップでガードされているのが悔しくなって、マップの端を軽く引っ張ってみた。すると思ったよりも弱かったそのガードは外れて、フロアマップがはらりと床に落ちた。俯いている彼の表情は窺えなくて、でもシャツから覗く首筋が薄らと朱に染まっている。そこでオレはようやく彼が照れているのだと気が付いた。その原因はさっぱり分からないけれど。マップを落として行き場を失った手にそっと触れると、何も言わずに握り返されて体温が伝わってくる。ダイゴさん、もう一度呼ぶとスカイブルーの瞳がこちらを捉えた。伏せがちな目元は言外に恥ずかしそうで、オレに原因があるのだと少しだけ不満そうな彼の心が伝わってきて思わず笑ってしまった。

「…………ユウキくん」
「はい?」
「なんで笑ってるの」
「いや、だってダイゴさんが珍しく照れてるから、つい」
「――――きみのせいだよ。きみがそうやってさらっと言うから」
「何をですか?オレ、なんか変なこと言いました?」
「それ、本気で言って……るんだよね。きみのことだから」
「そうですけど」

よく分からないけどオレがダイゴさんを照れさせるようなことを言ってしまったらしい。会話を反芻してもそんなことは言っていないはずだけれど、彼が照れているのだからそうなのだろう。首を傾げながら原因を考えていると、ダイゴさんは息を吐きながらマップを拾い上げた。

「ユウキくんはさ、感情表現がストレートだよね」
「そう、ですか……?」
「うん、ものすごく」
「でもオレ、そんなにはっきり言い切るタイプじゃ……」
「あぁ違うんだ、ストレートって言ってもすっぱり言い切るんじゃなくて。こう……なんていうか……すごく、自然に殺し文句を言うね」
「殺し文句!?」

オレにそんなことを言えるような技術があるとはさっぱり思えないし、日常的にオレを追い詰めているのはダイゴさんの方だと思うのだけれど。心当たりのないことばかりを言われるので、もしかしてオレは二重人格なのかもしれない。ストレートに殺し文句を言ってのけるオレ……想像しただけで鳥肌が立ってきた。純粋に気持ち悪い。

「ゆ、ユウキくん……?何を想像してるのか分からないけど、きみがキザだとかそういうことじゃなくて……」
「ダイゴさんはそういうオレがいいんですか!?」
「えっ」
「お、オレ……そういうこと言ったり、できないです……」
「いや、今さっき言ったばかりだけど」
「オレは二重人格じゃありません!!」
「ええっ!?なんでそんなに話が飛躍して…………あっ、」
「なんですか!」
「申し訳ありませんお客様……館内ではお静かに……」
「あっ」


×


目玉である展示品の前で見つめ合って手を握り合った挙げ句に大声で痴話喧嘩。なんという失態だろうか。オレはともかく、人目を忍んできたはずのダイゴさんの正体がバレてしまっていたらと思うと肝が冷えた。あの後、そそくさと館内から抜け出してきたオレたちは休憩所になっている中庭のベンチに座っていた。ダイゴさんは、すぐそばの屋台でホットドックとドリンクを買っている。デートなんだから割り勘で、と言い張ったのに彼は自分が付き合わせたからの一点張りでオレに一銭も払わせてくれなかった。ダイゴさんは御曹司だし、立場上的にも大人だから奢ることに慣れているのだろうけど、恋人同士なのにこういう扱いをされるのは少し不服だ。オレは少しでもダイゴさんと対等になりたいのに。それでも、プレートにジュースのカップを入れ、ホットドックを抱えてきた彼が嬉しそうに笑っているせいで有耶無耶にされてしまう。オレは結局、ひどくダイゴさんに弱いのだ。

「お待たせ。ユウキくんはオレンジジュースでよかったかな」
「はい。ありがとうございます」
「マスタードは抜いてもらったよ。辛いの得意じゃないでしょ?」
「……少しぐらいなら平気です」
「はは、じゃあ今度からは入れてもらおうか」

この人はジャンクフードなんて食べ慣れていないものだと思っていたが、意外にもよく食べる。オレと同じでフィールドワークに出掛けることが多いので、自然と食べるようになったらしい。しかも無駄に凝り性らしく、気に入った店のメニューは制覇してしまうそうだ。御曹司がそれでいいのだろうかと疑問ではあるけれど。

「……ユウキくん、誤解は解けたかな」
「まぁ、だいたいは」
「悪い意味とかじゃないんだよ。ただユウキくんがさらっと言ってのけるから……こう……」
「恥ずかしいんですか?」
「…………まぁ、そういうこと、かな」

柔らかなパンにかぶりつきながらふうんと呟く。ダイゴさんの弁解によってようやく誤解は解けたけれど、いまいちダイゴさんの恥ずかしがるツボは分からない。オレはただ石や展示品には詳しくないからダイゴさんの見たいものでいいですよ、というニュアンスで言ったのに。言葉が足りなかったのだろうか。だけど全部言ってしまうと展示品には興味ないのでどうでもいいです、みたいに聞こえてしまわないだろうか。そんな意味合いじゃないのになぁ。言葉って難しい。

「まぁ難しく考えることはないよ。今回はぼくも悪かったし……あ、ユウキくん」
「はひ?」
「ちょっと動かないでね。じっとしてて」

口の中の水分をパンに奪われてオレンジジュースのストローを咥えたままの状態で、オレは動きを止めた。言われた通りにじっとしていると、ダイゴさんがこちらの顔を覗き込みながら指を伸ばしてきた。右の頬をそっと固定するように触れられて、左頬の口元に長い指が触れる。撫でるような動きに首を傾げると、ダイゴさんは顔を上げて人差し指を見せた。真っ赤なそれはケチャップだろうか。気付かないままつけてしまっていたらしい。恥ずかしくて慌ててウエストポーチからティッシュを取り出した。ダイゴさんの指を掴もうとしたら自然な動きで避けられて――――

彼はそのまま舌でケチャップを舐め取った。ぺろりと。

「わああああああっ!!」
「えっ、な、なに!?」
「だ、ダイゴさん、いま、なに、して……」
「え?ケチャップ舐め「なにしてんですか!!」

びっくりしたようにぱちぱちと瞬きを繰り返すダイゴさんは可愛かったけれど、そういう問題じゃない。ケチャップを拭うのは分かる、とてもよく分かる。だけどそれをそのまま自分で舐め取るってどこの少女漫画だ。恋人同士だとは言え、こんなことをされたのは初めてだった。混乱もする。何よりもオレに恥ずかしいことをしないでほしいなんて言っておきながら、自分がそれ以上のことをやっている自覚はあるのだろうか。熱い顔で恨めしく睨み上げるが、ダイゴさんはオレがどうして怒鳴ったのかまったく分からないという顔をしている。……絶対に自覚もなにも無さそうだった。

「ユウキくん、あの」
「……ダイゴさん、ひとのこと言えないでしょう……」
「えっ」
「もうやだダイゴさん……きらい……」
「え、えっ、ちょっと待ってユウキくん、ぼくなにかした!?」

慌てふためくダイゴさんに飲みかけのオレンジジュースを押し付けて、オレはそのまま彼の肩に寄りかかる。もうなんだか疲れてしまった。青い空と真っ白な入道雲が綺麗で、太陽の光がすこしだけ眩しい。ニット帽を引き下げて、視界をゆるりと遮った。オレが寄りかかってきたせいで動けないのか硬直したままで、何度も呼んでくるダイゴさんがおかしくて思わず笑った。

貴方がいくらオレのことを非難したって、いつだってどきどきさせられているのはオレの方なんだ。心臓がうるさいのはこっちに決まっている。違うって言い張られてもこればかりは譲れないんだ、絶対に。譲ってなんかやるもんか。


end.




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