Jam of the jewel



トクサネに来たのは随分と久しぶりだった。最近はずっと父さんの手伝いでフィールドワークばかりをやっていて、各地のポケモンの生態調査を続けている。草むらを歩き回ったり船に乗ったり山に登ったりと、地形の変化が激しいホウエンでの研究活動には厳しいものがある。それでもフィールドワークは屋内での調査よりもダイレクトに情報が入ってくる。しかし、毎日フィールドワークを続けていれば疲れも出てくるわけで。オレは調査の休息がてら、フエンの温泉で身体を休めていた。そんな時に、ポケナビにダイゴさんからの着信が入った。


×


「ユウキくん、久しぶりだね。元気にしていたかい?」

ダイゴさんと最後に会ったのはいつだっただろうか。ハルカがダイゴさんに打ち勝って殿堂入りをした、あの時に駆けつけたのが最後だったかもしれない。久々に聞いた彼の声は、しかし記憶のものと変わらない快活なものだった。そのことに少し安堵しながらオレは元気ですよ、とそれだけ答えた。

彼と電話番号を交換したのはハルカが一緒だった時で、その時はきっと連絡することもないだろうと思っていたのに、ダイゴさんは旅の途中で何度も電話をかけてきた。最初の頃は何を話せばいいのか分からず、ただ彼の話を聞くばかりだったけれど、回数を重ねるうちに自分からも話を振ることが多くなった。会話の内容はダイゴさんが珍しい石の話、オレはポケモンの研究についての話とお互いにバラバラだったけれど、通話の時はお互いに相手の話に聴き入っていた。オレ自身、興味がなかったはずの石に興味が湧いてトクサネの宇宙センターに初めて来た時は隕石に見入ってしまった。ダイゴさんもオレの話を聞いてから石探しの途中で珍しいポケモンを見つけたと教えてくれたり、旅先で聞いた他の地方のポケモンの話をしてくれた。実際に会う回数は少なかったオレたちは、しかし通話をする度に打ち解けていった。

「そっか、元気ならいいんだ。ところできみは今、どこにいるんだい?」
「今はフエンにいます」
「フエンか!ぼくも久しぶりにゆっくり温泉に入りたいなぁ。ユウキくんはフィールドワークの途中?」
「はい。ダイゴさんはリーグですよね」
「本当は僕もフィールドワークに出たいところなんだけどねぇ。フヨウ達が見張ってて行けないんだ。残念だよ」
「…………今ってまだリーグ時期でしょう?ちゃんと自分の仕事をやってください」
「う……きみならこの気持ち分かってくれると思ったのになぁ」

残念そうに言われるとどうにも弱く、それにオレもじっとしていられない性格で、いつも勝手に出掛けては母さんに怒られていた。その度にお父さんにそっくりなんだから!と言われるのが常だったことも思い出す。オレが言葉に詰まってしまっていると、電話口の向こうから申し訳なさそうな声で謝られた。

「ごめんごめん、冗談だよ。ちゃんとチャンピオンの仕事を全うするさ。きみの言う通りだ」
「……ダイゴさん、」
「ご、ごめんってユウキくん……」
「……別に、いいです。怒ってないし」
「そう…?あ、そうだ、それで本題なんだけどね。近いうちにトクサネに来ないかい?」
「トクサネに、ですか?」
「勿論、きみが忙しくなければの話だけど」

どうする?と聞かれて、内心では迷ったのに口からはすぐに了承の返事が出てきて自分でも驚いた。行きます、とはっきり言い切った自分の声がやけに大きく聞こえて、途端に何故だか急に恥ずかしくなった。もちろんダイゴさんはこっちのことに気付くはずもなく、嬉しそうに笑っていた。その時はひどく動揺していて、切るまでの間に何を話していたかなんてはっきりと覚えていなかった。それでも自分がダイゴさんと会うことに喜びを感じていることははっきりと自覚できてしまって、オレは濡れたままの髪をぐしゃりと掴んでその場にへたり込んだ。おじいさんがお若いの、どうかしたのかい?と声をかけてきても返事をする余裕なんてなくて、ただただ蹲って熱が込み上げてくる顔を手で覆うのが精一杯だった。


×


つい先週のことを玄関前で思い出してしまって、またしても顔が赤くなるのを感じる。あぁ駄目だ、今から本人に会うんだからしっかりしないといけない。何度か深呼吸をして息を整え、ノッカーに手を掛ける。コンコン、と木製の扉が鳴って、数秒の間の後に扉がゆっくりと開かれる。いらっしゃい、そう微笑んだ彼の笑顔は優しくて、不覚にも胸が高鳴って仕方なかった。さっき深呼吸をした意味はあったのだろうかと疑問を覚えてしまうぐらいに。

「本当に久しぶりに直接会ったね。元気そうで何よりだよ」
「ダイゴさんも、元気そうですね」
「まぁリーグは忙しかったけど、ピークは過ぎたからね。さ、入ってよ」
「……お邪魔します」

ここを訪れたのはもう半年近く前になるのかもしれない。と言ってもダイゴさんの家は相変わらず何も無いという形容がぴったりで、お気に入りらしい石がショーケースに入れて並べてあるぐらいだ。他にはテーブルと椅子しか無いが、ここは家と言っても仮住まいらしい。それにしても物が無さすぎるのではないかとは思うけれど。

「どうぞ座って。ユウキくんは紅茶とコーヒー、どっちがいい?カフェオレもあるよ」
「じゃあ、コーヒーで」
「ドリップしか無いけど構わないかな?」
「もちろん」
「それにしてもユウキくん、コーヒー飲めるなんてすごいね。ぼくなんてきみくらいの頃は一口も飲めなかったよ」
「そうなんですか?……まぁ確かに苦いですけど、父さんがよく飲んでるから慣れたみたいです」
「へぇ、なんだか会わないうちにすっかり研究者の顔だね」
「そうですか?」
「うん。少し背も伸びたんじゃない?」

ドリッパー上部のフィルターを左右に引っぱり、フィルターを丁寧に開封してダイゴさんがオレを見る。涼やかなブルークォーツが細められて綺麗だった。伸びてきた彼の手でニット帽越しに撫でられて目を閉じる。暖かな日差しが射し込む部屋で、彼と二人きり。久しぶりの再会だというのに流れる空気はゆったりとしていて、心地よさを感じるほどだった。そっと見上げてみると軽く首を傾げられて、どうしてこの人は大人で年上なのに可愛らしい仕草が似合うのだろうとぼんやり思う。目当ての石を見つけた時なんか、オレとどっちが子供だか分かりやしない。

「……そう、ですかね」
「自分じゃ気付かないかもしれないね。でも伸びてると思うよ」

そう笑って、ダイゴさんの手が離れていった。ドリッパーをカップに固定し、ポットのお湯を少量含ませて十秒ほど蒸らす。それから複数回に分けて丁寧にお湯を注いでいく様子には、彼の性格が表れているような気がした。コーヒーは研究中の休憩に飲むもので、あまり味には頓着しないオレからすれば絶対にここまでやることはない。インスタントしか常備していないので、ドリップタイプを飲むことすら久しいほどだ。

「――――はい、熱いから気をつけてね」
「ありがとうございます。ダイゴさんは飲まないんですか?」
「ぼくはさっきまで紅茶を飲んでいたからね。気にしないで」

にっこり笑ったダイゴさんが向かい側に座り、頷いてオレはコーヒーを一口飲んだ。淹れたてのコーヒーは熱く、それでも香ばしい薫りが鼻腔を擽って少しだけ緊張していた気持ちが落ち着いていった。味はどうかな、と尋ねられて美味しいですと答えると彼は嬉しそうにはにかんだ。再び向けられる無邪気な笑顔にどきどきと心臓がうるさい。誤魔化そうとコーヒーを飲もうとしても熱くて、無理矢理飲み下せば舌がひりひりと痛かった。ダイゴさんは熱くないのかなぁと言いたげな表情でこちらを見ていたけれど、それどころじゃなかった。どきどき、どきどき。うるさい音が頭に、全身に鳴り響いている。

「ご、ごちそうさまでしたっ」
「……ユウキくん、火傷してない?大丈夫?」

舌がひりひりとした痛みを訴えてくるのを無視してカップを置くと、ダイゴさんがこちらを覗き込んでくる。熱くなかった?心配そうに聞かれてはこちらが困ってしまう。目線を外しながら大丈夫ですと呟くと、僅かに安堵の表情を浮かべられて歯痒い気持ちになる。せっかくダイゴさんに呼んでもらったのに最初からこんなペースじゃ身が持たない。おかわり持ってくるね、と立ち上がった彼に気付かれないようにそうっと深呼吸をして息を整える。ついでに心も落ち着ける。ダイゴさんが子供っぽくて、やたらこっちを掻き乱すことなんて昔からのことじゃないか。きっと暫く会ってなかったから心が慣れていないだけだ。きっとそうだ、大丈夫だ。自己暗示さながらにそう言い聞かせていると戻ってきたダイゴさんにカップと、一緒に綺麗なクッキーとチョコレートが乗ったお皿も差し出された。

「わぁ、すごく綺麗ですね」
「うん。この前ミクリが持ってきてくれたんだ。差し入れにどうぞって」
「そうだったんですか。でもすごく高そうですね」
「だろう?なんだか引けちゃって食べれなかったんだけど、よかったら一緒に食べようよ」
「え、いいんですか?ダイゴさんがもらったものでしょう?」
「いいんだよ。ぼく一人じゃ食べきれないし……それに誰かと食べる方が美味しいだろう?」

ね?と微笑まれてしまえば頷くほかない。今度はちゃんと冷ましてから飲んでね、と言われた時には流石に言葉に詰まったけれど。すごく恥ずかしい。自分の分の紅茶も淹れてきたダイゴさんと一緒にクッキーを食べる。上品な甘さのバタークッキーは中央に宝石みたいなジャムが乗っていて、これをセレクトしたミクリさんは彼のことをよく分かっているのだと思った。まるでダイゴさんの大好きな石のようにジャムがきらきらしている。チョコレートはマカダミアナッツが乗っていたり、きのみがブレンドされたものがあって今まで食べたこともない味ばかりだった。流石にデボンの御曹司なだけはあって美味しいものは食べ慣れているだろうダイゴさんだったけれど、味わって食べている姿に育ちの良さを感じる。これも美味しいね、と笑う彼が楽しそうでこっちまで笑みが零れた。

「ふふ、よかった。いつものユウキくんだね」
「え?」
「なんだか緊張していたみたいだったから。違ったらごめんね?」
「あの、えっと、その」
「いきなり呼んでしまったからね、無理もないか。……それでも、ぼくはきみに会えて嬉しいよ」

何も言えずに黙り込んだオレにダイゴさんは柔らかく笑いかける。その笑顔にどくりと音を立てた心臓は、なかなか鎮まってくれない。半年ぶりの再会はオレが思っていたよりも嬉しさを与えたし、同じくらい落ち着かない気分にさせた。旅をしていた時から少しずつ沸き上がっていたダイゴさんへのこの感情が何なのかは分かっているし、しかしだからこそ言い出すなんてことは出来なかった。ハルカが彼に勝った時、オレたちの冒険に大きな区切りがついたあの時にオレは彼との別れを確信した。やはりそれからダイゴさんと会うことはなく、一抹の寂しさがあった。だけどはっきりと分かるものがなかっただけにオレ自身、研究に没頭していく内にほとんど意識することはなかった。そんな矢先にいきなりの連絡、そして誘い。動揺しない方がおかしくて、でもダイゴさんは半年前とちっとも変わっていなかった。こうやって無条件に優しい笑顔を向けてくれるところも、なにひとつ変わっていない。

――――あぁ、やっぱり好きだなぁ。

唐突にそう思った。やはりオレは好きなのだ、ダイゴさんのことが。じわりと胸の中に暖かな何かが広がっていく。柔和な笑みを絶やさず、楽しげに話す彼のことがどうしようもなく愛しい。不変であってくれて本当によかった。それだけのことでオレはどうしようもなく安心している。彼がいてくれる、それだけでこんなにも落ち着くことができた。少しずつ込み上げてくる感情に頬が熱くなるのを悟られないように、オレは少しだけ俯いてひとくちクッキーを齧る。宝石に似た甘ったるいジャムの味が、口腔に広がっていった。


end.




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