おうちデート

全能の女王様に捧ぐ様 提出作品


話が違うじゃないですか、という俺の反論は彼の指先によって封じ込まれた。至近距離で見上げるような形でにっこり微笑まれてはぐうの音も出ない。言葉の代わりに視線に恨みがましい気持ちを込めてみると、臨也はけらけらとおかしそうに笑った。その笑顔が憎たらしいことに可愛くて仕方がないので俺は抵抗を諦める。降参です、とホールドアップすると臨也はようやく唇に当てていた指を離した。じっと見下ろすと、やはり楽しげにこちらを見てくる。

「なに、そんなに不満なの奈倉」
「……だって臨也さん、昨日言ったじゃないですか」
「そんなに楽しみだった?」
「臨也さんが普段なら絶対に言わないことだったので、多少は……」
「ふうん、楽しみにしてたんだ。へーえ?」
「……絶対に面白がってるでしょう」
「あ、分かった?」

臨也は謎のステップを踏みながら来客用ソファーの周りをくるくると回る。それが子どもっぽく見える反面、俺をからかうのが楽しくてたまらないといった表情だ。弄ばれるのはいつものことだけど、今回ばかりは期待してしまっていたぶん地味にへこんだ。いよいよ臨也の言葉を信じられなくなってきた。

「なーくーらー」
「なんですか」
「そんなにショックだった?」
「…………そうですけど」
「拗ねてる?」
「別に、拗ねてないです」

即答した俺に臨也は満面の笑みを向ける。それからステップをやめて俺の傍に寄ってきたかと思うと、不意に腕を引っ張った。突然のことにバランスを失って俺は臨也もろともソファーにダイブしてしまう。意図せず押し倒す形になって焦るが、見下ろした先の臨也はじいっとこちらを見上げていた。興味津々といった表情に体勢も忘れて首を傾げると、臨也は俺の頬に手を伸ばしてきた。白魚のような細い指先が肌に触れ、確かめるように撫でていく。臨也が何も言わないので俺もなんとなく憚れて、しばらくそのまま臨也の好きにさせていた。黙ったままで頬から指先、首から鎖骨と臨也は指を滑らしていく。くすぐったさもあったが、臨也の紅玉のような瞳に表情が浮かんでこないので何も言えない。それから沈黙を破ったのは臨也の方だった。

「デート、さ。別に外に行っても良かったんだよ」
「じゃあ、なんで……俺はてっきりどこかへ行くのかと」
「でもさ、考えてみたら奈倉と外でデートって想像しにくくて」
「……まぁ、仕事の時も一緒に外出って無いですからね」
「色々、行くところも考えてたんだよ。遊園地とか、ショッピングモールとか。でもなんか違うなぁって」

俺と臨也が遊園地というのはどうなんだろうか。しかし、臨也も色々とデートプランを考えていたのだと分かって少し安堵した。確かに俺たちが一緒に外出するとなるとデメリットが多いのは確かだ。臨也は忙しい時期だし、あまり遠くには行けないだろう。池袋や新宿が範囲となると平和島静雄に見つかってデートどころでは無くなってしまう。それに俺は顔が割れてしまっていることもあって、臨也と一緒にいればどうなるか分からない。勿論、臨也だってそれについては同じだが。

「……まぁ分からなくもないですね。でも変装とかすればいいんじゃないですか」
「この暑い時期に変装は無理があるだろ。ただでさえコート暑いのに」
「いや、コートは臨也さんの趣味でしょ」
「それとも、奈倉は俺に女装しろとでも言うの?」
「は!?なんでいきなりそういう話に……」
「想像してみれば?」
「え、」

イメージしろと言われて断れる男ではない。素直に俺の脳内はセーラー服やらメイド服やらナース服を着用した臨也でいっぱいになった。背景は少女漫画みたいなトーンが飛んでてピンク色だ。女装というよりも完全にAVみたいなことになっているが、それでも想像は止まらない。誘惑してくる臨也のエロさと言ったら言葉にできない。妄想の域に達しながらも、無意識に言葉が漏れてしまっていた。

「い、いいですね」
「おい奈倉、お前なに想像したんだ」
「え!?ああ、いや!なんでもないですよ!!」
「あのな、コスプレじゃなくて女装だから。……まぁ、言うなれば波江とか鯨木さんみたいな感じ?」
「あーそれもいいですけど……って、いやいやそうじゃなくて!なんで女装!?」
「奈倉好きそうだから」
「いや……そりゃあ俺も男だし好きですけど、臨也さんにそこまでさせるわけには……」

予想外だと言いたげに目を丸くした臨也が、少し残念そうな顔をしたのは気のせいだろうか。プライドの高いこの人のことだし、女装なんて無理だろう。仕事上ならばやりかねない気はするが。それに第一、俺の為に女装なんてしてくれるわけがない。それこそ天と地がひっくり返ってもあり得ないことだ。

「……ま、だからそういうこと。奈倉はやっぱり外がよかった?」
「いえ、理由が理由ですし別に構いませんよ。期待してたのは本当ですけど……これでいいです」
「――――そっか、」

臨也は目を細めるとゆっくり微笑んで、俺の腕を軽く引っぱった。促されるままに臨也を抱き締めると、肩口に臨也が顔を埋めてくる感触がある。素直な反応に少し驚きながらも抱き締める力を強めると、臨也もまた背中に腕を回してきた。クーラーの効いた室内で、密着した体温だけが熱い。少し顔を離して臨也の顔を覗き込むと、宝石のような虹彩に惹き込まれる感覚に陥った。誘われるままに薄い唇に自分のそれを重ねると、ひそやかに臨也は熱い吐息を零す。熱を煽られるままに繰り返し口づけていると、不意に臨也が眼前に手の平を翳した。何事かと思って上体を起こすと、眉根を寄せて不満そうな顔をしている。

「臨也さん?」
「奈倉、お前の唇かさかさしてて痛い」
「えっ」
「夏でも唇は荒れるんだよ。紫外線とクーラーでやられてるんじゃない?」

言われるがままに自分の唇に触れてみると、なるほど確かにかさついている。このままキスおあずけ令が出てしまうのは困るなぁと思っていたら、臨也が戸棚から何かを引っ張り出してきた。小さな缶らしきものを手に乗せているが、あれは何だろう。

「リップバームだよ。これ薬用でメンソール入っててスースーするけど効くから。これ塗っとけ」
「え、いいですよ。それ臨也さんのでしょ」
「キス禁止にしてもい「お願いします」
「……現金なやつ」

苦笑しながら臨也は缶の蓋を開けると、指先にリップを乗せて俺の唇に湿布していく。クリーム状のそれがオイルのように溶けていく感覚があって、それからスースーとした冷たさ。メンソールに顔を顰めると、もしかして苦手なの?と臨也は笑う。塗り終えた臨也は缶の蓋を閉めるとテーブルに置き、今度は俺にのしかかるような体勢で乗り上げてきた。今日の臨也の大胆さに動揺しながらも腰に手を回すと、臨也から口付けられた。少しぬるつくような感触は違和感があるが、潤っているお陰でかさついてはいないだろう。薄らと目を開けると、臨也は目を閉じて僅かに頬を染めている。端正な顔をしていることは重々承知していたが、こうして見ると本当に綺麗だなぁと思う。黙ってさえいれば、文句なんてなにひとつ無いのに。そんなことを思っていたせいか臨也がぱちりと目を開けた。と思えば、渾身の力で手の甲を抓られた。あまりの痛みに俺が悶えると、臨也は俺の胸ぐらを掴んで引き寄せた。危うく頭突きを食らう手前である。

「余計なこと考える暇なんてあるんだ?奈倉のくせに余裕だね」

臨也は嬉しそうににっこりと微笑むと、真っ赤な舌を覗かせて舌なめずりをした。あまりの淫靡さに固まる暇もなく、もう一度ソファーに沈められた俺は抵抗する術もない。本気を出せば臨也の方が体力的にも上なのだ。たまに調子に乗るとこうなることは分かっていたはずなのに、今更なにを後悔しても遅い。

「ち、ちがっ……今のは、その」
「――――余計なこと、考えられないようにしてほしい?」

深い意味があるのかどうかは分からないが意味深な言葉に、思わず動きを止めてしまったのが間違いだった。手早く両手の自由を奪われ、焦らすように見下ろされてはたまったもんじゃない。ほとんど生殺しに近い状態だ。

せめてもの命乞いも意味を為さず、俺はがっくりと項垂れるしかなかったのだった。


end.




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