Notre Moment



いつも明るく、溌剌としている彼女にしてはおよそ珍しい台詞だった。投げかけられたアーダルベルトは、戸惑いを隠せずに隣に座る彼女を見遣った。曇りのない空色の瞳は彼に向けられてはいない。真っ直ぐに満点の星空を見上げていた。持ち上げた手を翳し、気温や風を感じているらしい。僅かに細められた瞳は、先ほどの言葉に似つかわしくないほど柔らかい色を浮かべている。アーダルベルトの視線に気がついたのか、ジュリアは彼に目を向けた。

「どうしたの、そんなに私を見詰めて」
「…………お前らしくもない、言葉だと思って」
「そうかしら」

にこりと微笑んで、彼女はワンピースの裾を摘まみ上げた。ぱたぱたと揺らす仕草はまるで子どものようだ。白魚のような指先が落ちてきた木の葉を拾い上げ、そして風に踊らせる。くるくると舞いながら飛んでいった木の葉を見送ると、ジュリアは立ち上がった。純白のスカートが風に揺蕩う。

「殊勝な台詞だと思ったかしら」
「そういうわけではない。ただ、」
「ただ?」
「お前が……悲しそうに言うから……」
「あら、私が泣いていると思ったの?アーダルベルト」

ジュリアはくすぐったそうに笑うと、座ったままのアーダルベルトに手を伸ばした。彼が仕方なくジュリアの手を取り、立ち上がると彼女は黙って身を寄せてきた。アーダルベルトは何も言わずにそっと細い肩を抱き寄せる。抱き締めることはしない、ただ彼女の身体を引き寄せるだけだ。ジュリアの豊かな髪から甘い香りがして、鼻腔を擽られる。彼女の好きな花によく似ている香りだった。アニシナに頼んで作ってもらった香水なのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えていると、不意に彼女が顔を上げた。予想以上に勢いよく顔を上げられたせいで、アーダルベルトは危うく顎に頭突きを食らうところだった。ただでさえ薄らと割れている顎が更に割れてしまう。紙一重で頭突きを避けた彼は、溜息を吐きながらジュリアを見下ろした。不思議そうに首を傾げる彼女は実に愛らしい。他の者が聞けばただの惚気でしかないが、彼の婚約者が可憐であることは事実だ。それなのに中身を見てみれば正体はおてんば少女である。天真爛漫で好奇心旺盛、目を離せばすぐにどこかへと行ってしまう。その癖男勝りな正義感溢れる一面があったり、妙に頑固だったりする。黙っていれば眉目麗しい良家のお嬢様だと言うのに。

「…………振り回されてばかりだな」
「え?」
「オレはお前に振り回されてばかりだよ」
「あら。でも、貴方も楽しそうな顔をしているでしょう」
「またそんな戯言を……」
「いいえ。私にはあなたがどんな顔をしているかなんて、見なくても分かるのよ」
「――――そうだったな。お前はいつもお見通しだ。敵わないよ」
「ふふ、そうでしょう?」

得意げに口角を上げて、ジュリアはアーダルベルトに指を伸ばす。繊細な指先が男の肌に触れた。顎から頬を辿り、瞳のすぐ近くで動きを止める。彼女の見えない目にはアーダルベルトの瞳の色は分からない。しかしジュリアはまるで見えているように、彼の瞳を見詰めて表情を綻ばせた。

「ジュリア」

アーダルベルトはそっと囁いてジュリアの髪に触れる。指の上を滑っては流れていく髪を一房摘み、静かに口づけを落とした。彼女がゆるやかに微笑んだのを目にして、とうとうアーダルベルトはジュリアを抱き締めた。彼女は僅かに肩を揺らしたが、彼が力を込めていないことに気付くと黙って身を預けた。ぎこちない恋人の挙動に、彼女はそっと忍び笑う。アーダルベルトは優しい。ジュリアのことをとても大切に想っていた。友人として、そして恋人として。だから決して無理強いをすることはなかったし、親に決められた関係だからなどという態度は一度も取らなかった。彼女自身も彼のことを"婚約者"としては見ていないし、今の関係も友人関係から緩やかに発展したものだと思っている。だから周囲からどんなに急かされても気にすることはない。

「……アーダルベルト、ずっと私の傍にいてね」

彼に届いたかどうかは分からない。それでも腕に込められた力がほんのすこし増したことが、ジュリアにとっての答えだった。


end.



title by JUKE BOX.




ホーム / 目次 / ページトップ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -