I want to go to your room.



どうしてこいつらには遠慮という概念が存在しないのか。渋谷勝利はこめかみを抑えて低く呻きを漏らした。長男は母親のファンシーな趣味で集められた可愛らしいぬいぐるみを、眉間に深い皺を刻んで凝視している。遠くから見ているだけなのにその光景は非常に恐ろしい。今にもうさぎは食われてしまいそうだ。三男は弟が広げている新聞のスポーツ欄を一生懸命見つめている。日本語など到底彼には読めないだろうに、よほど有利と同じものを見ていたいのだろう。健気なものだ。これが絶世の美少年ではなく、美少女であれば兄弟揃って大喜びしたことだろう。母の機嫌はすこぶる良いので、勝利としてはどうでもいいことだが。――――それよりも勝利の頭を悩ませているのは、

「勝利、どこへ行くんだ?」

次男のコンラートが行く先々についてくることだった。普段であれば弟の有利にべったりである、名付け親兼護衛のこの男が今日はなぜか勝利にくっついてくる。理由を訊けば今日はヴォルフラムが傍にいるから、と返される。そんなことはいつものことだろう、と言ってもコンラッドは曖昧に微笑むばかりだった。その爽やかなスマイルが勝利の気に障る。モテ男の微笑みなど向けられるだけで苛立ってたまらない。決して勝利もモテないわけではないが、生憎三次元の女にはまったく興味がない。断じて僻みなどではない。

冷蔵庫から取り出したアイスを片手に部屋に戻ろうとしているのに、コンラッドは一緒に階段を上がってこようとする。もしかして部屋にまで上がり込んでくるつもりなのかと振り返ると、きょとんとした表情を向けられた。しかしいつもと違う顔を見せられたところで勝利の苛立ちは収まらなかった。第一、そんな表情は二次元美少女にしか求めていない。誰が間違ってもお前みたいな胡散臭い男なんかに求めるか。

「胡散臭いなんてひどいな。あんまりだ」
「うるせー!人の心を勝手に読むな!お前はどこぞの超能力少年か!」
「ちょ……?あぁ、エスパー伊藤かな?残念ながら俺はサイコパワーを持ち合わせてはいないよ。魔力もないし」
「エスパー伊藤じゃねぇから。あと別にお前に超能力を求めてるわけじゃない」
「そうか」
「俺がお前に求めてるのはな、暇だからってついてくるなってことだ。お前も有利の傍にいればいいだろう」
「それはそうだけれど……」
「大体、今日でこっちに来て何日目だ!予定の三日間を過ぎてるだろ!」
「少々予定が変わったんだよ。ギュンターはまた、別の場所に飛ばされてしまったし」
「あの喧しい王佐がいないのは構わないが……」

この過保護な名付け親よりも有利を溺愛する、やたら汁っぽい王佐は勝利も苦手である。腹黒眼鏡っ子の村田によれば、あいつは相当の双黒フェチらしい。常日頃から気にかかってはいた熱視線の意味が分かった時は、勝利も有利に同情した。向こうの世界で弟が美形扱いされていることは知っていたが、希少な双黒だからといって超絶美形にあらゆる汁を垂れ流されてはたまらない。しつこいようだが、勝利は三次元の女に興味はない。男などはもってのほかだ。

「……それにな、いくらお袋がお前のことを気に入ってるからって遠慮知らずなその態度はどうにかした方がいいぞ。礼儀と立場を弁えろ」
「別にいいじゃない、しょーちゃん」

機嫌の良い声に振り返ると、母がおたまを片手ににっこり微笑んでいた。今日のメニューもやはりカレーなのだろうか。母は上機嫌に鼻歌を歌いながらコンラッドにウインクを飛ばしてみせると、俺の耳元で仲良くしなさいよと囁いて去っていった。一瞬交わした母の目が笑っていなかったことに肌が粟立つ。

「……美子さんも、ああ言ってくれているし」
「ったく、これだからお袋はイケメンに甘いんだよ」

銀の虹彩を散らした瞳で微笑むコンラッドは、確かに信頼に値できる男だ。三兄弟の中でも地球に滞在していた経験はあるし、何よりも有利の名付け親だ。そのことは勝利にも痛いほどよく分かっている。しかしだからこそ、この男は気が抜けない。飄々とした笑顔の下でいったい何を考えているのか、まったく分からないのだ。分からない相手が怖いのは当たり前である。怖いと言っては語弊が生じそうだが。……不気味と言うのが正しいだろうか。

「…………お前、俺の部屋に上がりたいの」
「えぇ。是非とも」
「物好きな奴だな、本当に」
「そんなことはないさ。陛下の兄君のプライベートルームに興味を持ってはいけない?」
「その言い方がすごく嫌なんだが」
「じゃあ……そうだな、勝利」

壁に凭れたままアイスを持て余す勝利にコンラッドは歩み寄る。パーソナルスペースに踏み入られたことで一瞬たじろいだ隙を、彼は見逃さなかった。顔の横に手をついたコンラッドは、勝利の耳に囁いた。甘い声色が鼓膜に響き、ぞくりと背筋が甘く震えて、勝利は思わず身を引いた。見上げる先ではコンラッドが弱々しい笑みを浮かべている。駄目ですか、と問う声は切なげな響きを孕んでいた。ああ、腹が立つ。そんな表情でそんなことをねだられては、首を縦に振るほかないだろう。モテ男もイケメンも嫌いだ。大っ嫌いだ。なのにこの男の懇願するような目に、勝利はひどく弱かった。


end.




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