こわがり



「……渋谷」
「なんだよ村田」
「…………重いんだけど」

僕の言葉にようやくまともな反応を寄越した渋谷はだってさ、と唇を尖らせた。

「怖いんだよ」
「じゃあ見なきゃいいだろ。僕は言ったよ?見れないようなら無理するなって」
「そりゃあそうだけど……」
「どうせ見なかったら男が廃るとか考えてるんだろ」

地上デジタルに備えて父親が買ったばかりのテレビの液晶を見つめたままでそう返すと、渋谷はうっ、と返答に詰まった。なんて分かりやすい。画面では主人公が飛びかかってくる狂犬達をマシンガンで一掃していた。流麗な動きで犬たちが吹っ飛ばされていくのはなかなかに爽快だ。ただ、彼にとってはそうではないらしい。いっそう強い力で僕の腕にしがみついてきた。うう、と低く唸ったまま、しかし意地でも視線は逸らさないらしい。びくびくしながら細めになったり、ぎゅうっと目を閉じたりしながら必死に画面を見ている。なにもそこまで頑張らなくてもいいのに。

「う、うぅ」
「渋谷、もう止めようか?」
「ま、まだ行ける……てか、なんで村田は平気なんだよ」
「何で、って言われても……耐性があるからっていうか……」
「耐性?」

前世の人々は口にするのも憚れるような目に遭ったり、悲惨な最期を迎えていたりするわけだから嫌でもホラーとかグロに対する耐性は出来てしまう。とても自慢できるようなものじゃないけど。だけどこんなことを言ってしまっては、心優しい彼のことだ。きっとまた見ず知らずの子どもや青年のことを思って涙するのだろう。言わないほうがいいと判断してなんでもないよ、と笑うと渋谷は不思議そうに目を丸くした。

「村田ってこういうゲームしたりすんの?なんでもやるのな」
「うーん、まぁやらないわけじゃないかな。でも好き好んでやるってわけじゃないよ」
「じゃあ耐性ってな――――うわッ!」

いきなり声を上げたかと思うと、渋谷は頭に被っていた毛布を鼻の辺りまで引き下ろした。ちょうど画面いっぱいに顔が焼け爛れたゾンビが映る瞬間だったらしい。見下ろした彼の肩は小刻みに震えている。どうやらここまででギブアップらしい。まだ開始30分も経っていないけど。

「渋谷ぁー大丈夫かー?」

毛布の裾を軽く引っ張りながら呼び掛けるが、渋谷はしっかりと毛布を握り締めたまま頭を振った。僕は小さく溜息を吐いてリモコンの停止ボタンを押した。画面が見えないようにそのままテレビの電源も落とす。音が消えたことで安心したのか、渋谷は毛布を少しずらしてこちらを見上げた。黒曜石のような瞳は涙の膜に覆われて潤んでしまっている。よほど怖かったのだろう。毛布を彼の頭から取り去り、強ばっていた肩から腕をさすってやると、ようやく安堵したように渋谷は今にも泣き出しそうな表情になった。

「……そんなに怖かった?」
「こ、こわくなんか……ねーし……」
「そんな顔で言われても説得力ないよ」
「うう……」

ぎゅうっと目を瞑った渋谷の目尻に涙の粒が浮かんで、そっと指で拭ってやる。なるべく優しい声で大丈夫?と訊くと、涙を滲ませたまま彼は小さく頷いた。渋谷の身体をゆるく抱き締めながら、背中を撫でてやると少しずつ力が抜けていくのを感じた。暖かな体温が伝わってきて、ひどく愛しい気持ちになる。

「無理しなくてもよかったのに。そんなに苦手ならさ」
「…………」
「確かにこの映画を観てみたいって言ったのは僕だけど、きみに無理させたかったわけじゃないよ。きみの好きな野球映画でよかったんだ」
「だって、さ、村田」
「ん?」
「その……おれ、いつも村田に色々付き合わせてばっかだなって思って……それで……」

歯切れ悪く、口ごもってしまった渋谷は気まずそうに目を逸らした。恥ずかしいのだろう、耳朶が赤く染まっている。きみがそうやって僕に気を遣う必要なんてどこにもないのに。だけど、そんな渋谷だからこんなにも愛しい。胸に溢れるこの気持ちは、彼以外からもたらされることのないものだ。ばかだなぁ、そう呟きながら漆黒の髪を梳く。馬鹿ってなんだよ、と言いたげな顔をする渋谷に微笑みかけると、悔しそうな顔をされた。絹のような肌に触れ、薄く開いた唇をそっと奪う。触れた先は柔らかく、そして甘い。身動ぐ渋谷の身体を引き寄せると、鼻にかかった声が上がって思わず頬が緩んでしまう。

「っ、あのなぁ村田……そうやって誤魔化そうとすんなよ」
「してないよ。だって嬉しいもん」
「…………」
「本当だよ、渋谷」
「……なら、いいけどさぁ。あーもう疲れた!おれちょっときゅーけい」
「はいはい、ご自由に」

休憩といってもきみが勝手に怖がっただけで特に疲れたことはしてないんじゃないか、という野暮な突っ込みはやめておく。ふてくされたままで僕のベッドに倒れ込んだ渋谷は、ご丁寧に毛布まで奪っていった。まぁいいか、ふたりで過ごす久しぶりの休日なんだ。僕も彼と一緒に、昼寝と洒落込むことにしよう。


end.




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