呼応する魂



夢のなかで、誰かがおれを呼んでいた。誰だろうと思って声のする方を見るが、薄い靄がかかったようで何の姿も認めることはできない。おれの名を呼ぶ声はすこしずつ近づいているようだった。澄んだ声は女性のものらしい。ユーリ、ユーリ。なにかを懇願するような響きを感じて、胸がきゅうと締め付けられた。誰かは分からないけど、おれはここだよ。伝えたくても彼女の姿はどこにも見えない。歯痒い気持ちをどこに向けることもできず、おれは俯いた。もどかしくて空に手を伸ばした。届くはずなどないと分かっていた。しかしおれの気持ちに呼応したのだろうか、真っ白な靄が僅かに薄らんだ。ぼんやりと、髪の長い女性の姿が見える。おれは手を彼女のほうへと更に伸ばした。届かなくてもいい、ただ彼女におれがここにいると伝えたかった。名前など知る由もないから、彼女を呼ぶことはできない。それでもおれが手を伸ばしてしまうのは、彼女の声があまりにも切ないからだ。そんな哀しい声でおれを探さないでくれ。おれはここにいるよ。

「――――ユーリ……?」

今まで切なげな声でおれを呼んでいた彼女が、不意にぴたりと動きを止めた。周囲を見渡す動きを止め、彼女は靄越しにこちらを見ている。そうだ、おれはここにいるよ。そう伝えようとおれは口を開く。だけどおれの声は空気を震わせもしなかった。喉から吐き出されるのは淡い空気の欠片だけ。どんなに大きく口を開けても、腹に力を込めても声は発せられない。震える手で喉元に触れるが、やはり声は出なかった。

「ユーリ……あなたはどこ……?」

彼女に伝えなければ。気付いてほしい、おれはここだ。小さいけれど、確かに"渋谷有利"は存在しているのだと。自分の存在に気付いてもらえないことは悲しい。痛いほどに締め付けれる胸がそう訴えていた。目頭に熱が込み上げて、目の縁から涙が溢れてくる。頬を伝う液体を拭い、嗚咽すらも音にならない世界でおれは叫び続けた。声は出ていないのに喉は焼け付くように痛む。自分の意志とは無関係に、痛みと涙はおれを苛んだ。悲しい、苦しい、痛い――――気付いてほしい。

『おれはここにいる!気付いてくれよ!』

遠ざかっていく彼女の背中におれは叫び続ける。待ってくれ、気付いてくれよ。行かないで、おれを残していかないで。


だっておれの名を呼んでくれたのはただ唯一、きみだけなんだ。


end.




ホーム / 目次 / ページトップ



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -