そらいろ



鼻先を掠めて飛んでいった青い花びらの向こうに、彼女の姿が見えた気がした。


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「ねぇコンラート、ぴったりじゃなぁい?"大地立つコンラート"って名前!素敵よねぇ」
「母上、その名前は少々……その、恥ずかしいのですが」
「えーっ?貴方にお似合いの名前だと思うわぁ。あ、もっと愛らしいものがいいかしらぁ」
「いえ、そうではなく……」
「コンラッド、この青は貴方にとってもよく映えるわ。"大地立つ"貴方に似合う色……ねぇジュリア、貴女もそう思うでしょう?」

金の豊かな巻き毛を揺らし、フォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエは振り返った。背後に佇んでいた女性はくすくすと笑みを零しながらそうね、と頷いた。スカイブルーの瞳を細めるその表情はひどく柔らかい。胸で輝く水色の魔石は彼女の為に誂えられたようにとても似合っていた。俺の為に母上が品種改良を施した、この青い花よりも遥かに。もっとも彼女の魔石はフォンウィンコット家に代々伝わるものだと、後に知ることになるが。

「コンラート、貴方によく似合っているわ」
「ジュリア……きみまでそんなことを言って。母上を煽らないでくれ」
「まぁ、煽るだなんてそんなこと。私はただ、本当のことを言っただけよ。……ほら、」

ジュリアの白魚のような指先が花壇にそっと差し入れられる。そして器用に一番綺麗に花開いているものを摘み取った。彼女が差し出した一輪の花――――"大地立つコンラート"から、甘い香りがする。鼻腔を擽ったそれは、草花に詳しくない俺でもよく分かるほどとても良い香りをしていた。

「……ほらと言われても」
「あら、分からないかしら。この花は貴方のように優しい香りがするのよ?」
「ジュリアは……それが俺に似合いだと?」
「そうよ。だって貴方はとても優しい心の持ち主ですもの」
「やめてくれ。そんなことはない」
「……貴方はそういう人よ。そうでしょう、ツェリ様?」
「えぇ、勿論よ」

母に微笑まれてしまっては返す言葉も出てこない。コンラッドは返答に詰まり、軽く俯いた。ツェリは侍女にヴォルフラムがぐずっていると呼ばれて去っていった。三男は未だに母親離れができないらしい。まだ幼い弟には、戦時下にある我が国の情勢などきっと分からないのだろう。母も明るく振る舞ってはいるが、現在の状況で余裕などほとんどないことは分かっていた。だからこそ些細な時間を大切にしたがる。それはコンラッドもジュリアも同じだった。そして誰もが今、そう思っているだろう。

「コンラッド?」
「すまない、なんでもないよ」
「眉間に皺を寄せているでしょう。そういう顔をすると兄上にそっくりなんでしょうね」
「どうして……というかジュリア、グウェンに会ったことが?」
「いいえ。直接はないのだけれど、よく母君が仰っているから」
「母上…………」
「それにね、表情というものは目が見えなくても分かるものなのよ」
「……きみにはとても敵わないな」
「殿下にそう言ってもらえるなんて光栄だわ」

おどけたように笑うジュリアはまるで子どものようだった。風に揺蕩う髪を抑えて、彼女は見えない瞳で中庭を見渡す。母が品種改良した様々な花で、辺りは鮮やかな色に染まっている。"ツェリの紅色吐息"、"内緒のグウェンダル"、"大地立つコンラート"、"麗しのヴォルフラム"――――なんとも派手というか、大仰というか。しかしそれがツェリらしいとも言える。きっと花の名前はもう母の中では決定事項なのだろう、今更なにを言っても無駄な気がする。

「……もういいよ、ジュリア」
「え?」
「その名前……"大地立つコンラート"だっけ。それでいいよ」
「それはよかったわ!とても素敵だもの」
「きっと覆せない決定だろうからね」
「ふふ、貴方たち兄弟は揃ってツェリ様には弱いのね」
「そりゃそうさ、彼女に勝てる日は一生来ないよ」
「なんだかおかしいわ、百戦錬磨の貴方が敵わないなんて」
「ひゃく……ジュリア、また母上に変なことを吹き込まれたんじゃないか?」
「吹き込まれるだなんてそんな。私はツェリ様と楽しくお喋りをしているだけよ。その時にちらほら耳に入ってくるだけで」
「それを吹き込まれると……あぁ、もういいさ。いつものことだ」
「諦めが肝心ってこと?」

そうかもしれないな、と苦笑するとジュリアはゆるく微笑む。花を持ったままの彼女の手に触れると、滑らかな感触が伝わってくる。撫でるように触れ、恭しく手を取るとジュリアは今にも吹き出しそうになった。彼女はいつもこうだ、少しでもコンラッドが格好をつけようとすると笑い出す。しかしコンラッドはそんな彼女が嫌いではない。勿論、耳まで赤く染めて恥じらう女性も愛らしいとは思うが。

「ねぇ、コンラッド」
「なに?」
「貴方、わざとそうやって私を笑わせようとしていない?」
「失礼な。心外だよ、ジュリア」
「だっておかしいんだもの。王子様らしいことだけど」
「……俺は王子様って柄じゃないからな」
「あらコンラッド、怒ったの?」
「怒ってない」
「嘘、また眉間に皺を寄せているでしょう」
「…………」

コンラッドが黙り込むと、ジュリアは再び笑い出す。コンラッドが手の甲にそっと唇を寄せても、まだ笑っていた。まるで雰囲気などお構いなしである。

「――――ジュリア、」
「ふふ、ごめんなさい。だってなんだか、おかしくて」
「……そういうところがきみらしいけどね」
「でしょう?」

悪戯っぽく薄紅色の唇が弧を描く、それを美しいと思う。そして同時に愛しいとも。


×


「ジュリア……」

中庭では、春の風に吹かれて青い花びらが舞い踊っていた。ゆるやかな風に運ばれ、晴れ渡る青空に消えていく。その青空を見て、独り佇むコンラッドは思う。この花が俺の色だと言うのならば、この空はきみの色だ。だってそうだろう?


青空はきみの瞳の色によく似ている。


end.




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