Marry me.



「結婚しよう」

それは確固とした決意に溢れた声で、そして揺るぎない意志のかたまりそのものだった。いきなりそんなものを豪速球で投げられた僕は、受け取り損ねて目を瞬たかせた。いくら僕がスリザリンのシーカーでも、そんな予測不能なものはキャッチできない。というか目にも止まらぬ速さで視認することすら叶わなかった。びっしりと文字で埋め尽くされた分厚い呪文学の本から顔を上げると、バーティ・クラウチ・ジュニアは濃いブラウンの双眸を細めて微笑んだ。それはいつもと寸分違わぬ笑顔だった。

「……バーティ、いま、なんて?」
「うん。 レギュラス、俺たち結婚しよう」

どういうわけか、僕の聞き間違いではなかったらしい。精悍な顔つきのバーティは綺麗に唇を吊り上げて、まっすぐに僕を見つめる。彼の熱の籠った視線に晒されると、どうも居心地が悪い。背中がむず痒くなるような、恥ずかしいような複雑な気持ちになるのだ。返答をしけねた僕は本を閉じて、床に座ったままのバーティを見つめ返した。

「……ねぇ、そこ冷たくないの」
「そんなことはどうでもいいさ」
「僕がいやなんだ。ほら、こっちにおいでよ」

手を伸ばしてバーティの手首に触れる。掴んで引き上げようとしたけれど、バーティの身体は動いてくれない。まったく協力的ではない彼を睨むと、バーティは面白そうにくすくすと笑った。なにが面白いんだ、と憤慨するような気持ちになって力を込めて引っ張るが、バーティはにやにやするだけだ。もういちど、そう思って引っ張ろうとした瞬間、気を抜いていた僕は、ソファーからバーティの胸の中に引き摺り込まれてしまった。顔面からダイブしたせいで鼻が痛い。痛みに呻きながら顔を上げると、悪戯に成功した子どもみたいにバーティはけらけら笑う。ぎゅうっと抱き締められたままで彼が笑うものだから、体温と一緒に小刻みな揺れも伝わってきた。

「………いたい」
「引っ掛かるレギュラスも悪い。本当に可愛いなぁ」
「うるさい。だいたい、きみが……変なことを言うから……」
「変なこと?」
「……結婚、とか」

そう呟いてバーティを見上げると、不思議そうな顔に見下ろされた。どうやらバーティはさっきの発言を当たり前のことだと思っているらしい。困ったなぁと思いながら頭を巡らせると、結婚に関する伝統を思い出した。イギリスでは当然とされていることがいくつかあるが、彼はそのうちのひとつもしていない。バーティ、と呼びかけると嬉しそうな笑顔に包まれる。

「求婚をするときは膝をついて、相手の手を取るんだって。それに、プロポーズの言葉と一緒に婚約指輪のジュエリーボックスを開けるらしいよ」
「レギュラスはそれを俺にして欲しいのか?」
「え、いや、そうじゃな「そういうことは先に言ってくれよ」

僕の言葉を遮って、バーティは身体を離して片膝を床についた。それから座り込んだままの僕の手を取って、静かに口づける。湿った唇が手の甲に押し当てられて、たちまちその感触に顔が熱くなった。きっといまの僕はみっともない顔をしているに違いない。ぎゅっと目を伏せると、空気を揺らすような彼の笑い声が聞こえてきた。今すぐここから消えてしまいたいぐらいに恥ずかしい。レギュラス、目を開けて。低められた声色にそう囁かれて、僕はぴくりと身体を揺らした。ふたたび名を呼ばれてしまえば、それを無下にすることもできやしない。僕はそうっと目蓋を持ち上げてみた。するとやはりバーティは、熱を孕ませた瞳で僕を射抜いていた。視線は揺らがず、逸らされることはない。

「プロポーズの言葉は……すまない、まだ考えていないんだ。それに指輪も、まだ」
「………バーティ」
「でも俺はお前のことを愛しているよ、レギュラス。好きなんだ。好きで好きでたまらない。ほんとうに、あいしている」
「うん。バーティ、知ってるよ。僕もきみのことが好きだ」
「だから俺は結婚したい。ずっとお前と一緒にいたい」
「でもバーティ、僕たちはまだ18歳にも達していないよ。親の許可がなければ結婚はできない。……それに僕らは男同士だ」
「そんなことは関係ないさ!駆け落ちするんだ、逃げてしまえばいい」
「愛の逃避行ってやつかい?」
「そうだ。だって俺たちの邪魔をするものなんて必要ないだろう?だから逃げる、お前を連れて」
「……そっか、駆け落ちか」

それはいいかもしれないね、と零すとバーティは幸せそうに頷いた。伸びてきた腕に抱き締められて、頬に甘ったるいキスをされた。彼の激しいまでの愛情は時に過激で、そして熱烈である。僕はそんな彼の愛が嬉しくてたまらないし、求められているという実感は僕の心を満たしてくれる。

「ねぇバーティ、108本の薔薇の意味を知っているかい?」
「……知らないな」
「じゃあ来年までにこの意味を分かってくれるかい?そして僕に、108本の薔薇を贈ってくれたら、結婚してあげるよ」
「レギュラス…!!本当なのか?」
「うん。約束するよ」

来年の今夜、彼が本当にプロポーズをしてくれたのならば僕は何もかもを捨ててしまおう。今はまだ勇気なんて欠片もないけれど。それでもプライドも努力も何もかもをかなぐり捨てて、バーティと共に生きてみたい。そんな気持ちは確かに僕のなかに存在しているのだから。


(一緒になろうよ!)



end.




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