The colorful world



「なにも訊かないの」

ぽつり、零した声が震えているような気がして目を見開く。オレをじっと見つめる瞳の光は強いのに、なんとなくちぐはぐな印象が否めなかった。聞き返しても無言しか返ってこない。レッドとの会話というものは非常に言葉が少なくて、オレでさえもたまに苦労する。言葉が少ないということは、それだけ意味を取り違うリスクが高いということだ。それでもレッドは多くを話そうとはしない。こちらを見つめる瞳はどうして、明確にそう訴えていた。

「……お前は訊いてほしいの」
「うん」
「オレに、訊いてほしいの」
「そうだよ」

喉を震わせているくせにレッドは少しも目線を揺らがせたりはしなかった。まっすぐに、まさに射抜くような眼光でオレをじいっと見つめる。逃したりはしないとその真っ赤な瞳が言外に囁いていた。つくづくタチが悪い。

「……じゃあ、訊くけど」
「うん」
「お前はどうしてそうやってオレに全てを委ねる」

ぐ、とレッドが拳を握り込んだ。ほんの一瞬、瞳が揺らぎかけたのをオレは見逃さなかった。ほらな、見つけた。これがレッドの弱点だ。言うならば急所、レッドのアキレス腱。いちげきひっさつ!こうかはばつぐんだ!

「ぼくは、なにも答えられない」

零れ出したレッドの声は、まるで泣き出す手前みたいに震えていた。その言葉の意味を理解できずにオレが首を傾げると、閉じた目蓋を隠すようにレッドは帽子の鍔を下げた。まるでそれきり何も喋るつもりはないと言いたげな仕草に、オレは溜息を吐いた。レッドの思考回路は通常の人間と大きく異なっていることは知っている。言葉が少ないことも、感情の差異が分かりにくいことも分かっている。だけれどその本人に伝達の意志が無ければ、流石のオレだって感情を汲むことはできない。レッドはオレならなんでも分かってくれると思い込んでいる節でもあるのだろうか。馬鹿いうな、カミサマでもなんでもないのにお前の全部を簡単に理解できるか。できてたまるか。

「レッド、顔上げろ。もうちょっと平たく言ってくれ」

近づいてそのすべらかな頬に触れると、ぴくりとレッドの肩が跳ね上がる。おずおずとこちらを見上げるレッドは、さっきまでの威勢のいい目つきをしていない。迷子になった子どものように、とても幼い表情をしている。そんなレッドを宥めるようにそっと肌を撫でると、すこしだけ安心したのか硬い表情をゆるめた。

「……ぼくの世界はモノクロなんだ」
「うん」
「ぼくが選べる選択肢は、ふたつだけなんだ」
「うん」
「…………だからぼくは、だれかに訊かれないと答えを返せない」

ゆっくりと、そう呟いたレッドはひどく悲しそうな表情でオレを見上げた。だからグリーンが訊いてくれないと、ぼくはなにもいうことができない。レッドの長い睫毛が震えて、唇はか細い息をひそやかに吐き出した。

「お前の言いたいことはわかった。じゃあお前は今もモノクロの世界で生きていて、選択肢ははいといいえしか持っていなくて、他人に訊かれないと何も答えられないんだな?」
「……そう」
「ふうん。…………じゃあそれは嘘だな」

オレの言葉に反応したレッドがばっと顔を上げたタイミングで、オレは細い肩を掴んだ。そのまま壁に縫い付けて身動きが取れないようにしてやると、レッドは警戒心剥き出しのガーディみたいな目でこちらを睨み上げてきた。その瞳が獣みたいにぎらぎらしていて思わずぞくりとする。それに対してオレは唇を吊り上げ、あまつさえ舌なめずりをしながら笑ってみせる。そうだレッド、こうじゃなきゃ楽しくない。掴んだ手首が抵抗することを止めようとしないので、首筋に顔を近づけてやるとびくりと動きが止まった。馬鹿、いくらオレでも噛み付いたりしねぇよ。

「いいか、レッド。甘えるのもいい加減にしろ。オレはお前に頼られることが嫌いじゃない。頼られるってことはお前がオレを信頼してるってことだ。だから好きだ、嬉しいことだ。でもな、それとこれは話が別だろ」
「……なにが言いたいの」
「まだ分からないのか?お前が勝手に閉じ篭もってるだけだ。今もモノクロで選択肢が二つしかない世界は、そんなものはお前自身の思い込みだ。その目が飾りじゃないってんなら、かっ開いてよく見てみろよ。今、お前が生きているこの世界は本当にモノクロか?選択肢はそれだけなのか?……なぁレッド、そうやって世界を狭めるのはやめろ。シロガネやまに閉じ篭もって、自分で作り上げたちっぽけな世界に閉じ篭もって、なにか変わったかよ。 本当にそれがお前の世界なのか?」

強い輝きを孕んでいた瞳が諦めたような色になって、触れ合ったレッドの身体から力が抜けていった。手を離せば、レッドは壁に背中を預けたままずりずりとしゃがみ込んでしまった。帽子がぱさりと落ちていく。すこし酷だったかもしれない。思いながらもオレは後悔などしていなかった。帽子を拾い上げて埃をはらうと、俯いたレッドの頭に乗っけてやる。それから視線を同じにして、レッドの顔を覗き込んだ。頬は真っ赤に染まり、ルビーのような双眸は涙ですっかり潤んでしまっていた。それを目にした途端に罪悪感が胸を締め付けてきて、ひどく痛い。

「……レッド、もう出てきていいんだ。その世界だけがお前の世界じゃない」

頬を伝う雫を拭って、そう呟く。こいつが今まで閉じ篭もってきた世界は偽物ではない。確かに世界は白と黒の二色で構成されていた。色のない世界にレッドは生きていた。こいつが持っているものはふたつの答えだけで、自分から何かを問うことはできなかった。そういうルールだったから。そういう世界だったから。だからその世界に縛られたままのレッドは、今も世界がカラーに色づいていると、選択肢は自分で選べるものだと、理解することができないのだ。今まで生きてきた世界が途端に違うものになれば、順応できないのは当たり前かもしれない。それでもオレは、これ以上殻に閉じこもって自分と他人を切り離そうとするレッドを見たくなかった。オレだけがいればそれでいいと、きっとこいつは思っている。それはオレの思い上がりでもなく、紛れもない事実だ。 だから、

「オレがそばにいるよ、レッド」

まるで陳腐なメロドラマみたいだ。だけどレッドはオレの声に応えた。呼応するように、こちらを見上げて手を伸ばしてくれた。だからオレはその手を離さないようにしっかりと掴んで、レッドを引き上げてみせるんだ。


end.




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