けだものだもの



オレは獣に襲われていた。


のしかかる身体は重く、首筋にかかる吐息は熱を孕んでいる。なにが面白いのか、オレのまったいらな胸を好き勝手に撫で回す手つきは乱雑だった。そのくせ、まるでなにかを探しているように蠢いている。いったい、なにを。

「レッド、」

呼び掛けると、その獣はゆっくりとおとがいを上げてこちらを見上げた。じっとこちらを見つめる真っ赤な瞳は、まるでルビーのようだ。室内照明に照らされて爛々とかがやく双眸は、奥に潜ませた欲望を隠しもしない。なに、といつもより低めの声で返しながらもレッドは手を止めない。肌を撫でる奴の指先は躊躇することを知らないらしい。目だけでやめろと告げてみるが、レッドは無表情のまま首筋に舌を這わせてきた。はたして伝わったのか伝わっていないのか、それとも聞き入れようともしないのか。きっと後者だろうと思いながらオレはレッドの頭をはたく。痛いよグリーンなどとほざきながらレッドは鎖骨に指を伸ばす。窪みのふちを撫でながら、レッドは舐めた首筋に歯を宛てがった。一瞬、ぎくりと嫌な予感が脳髄を駆け巡った。それはきっと危険信号だったのだろう、反射的にオレは腰を引いていた。しかしそんなことでレッドが逃してくれるはずもない。

「だめだよグリーン、逃げちゃ」

まるで駄々を捏ねる子どものように呟き、レッドはオレの腰を引き寄せると。

「ッ、あ…あああっ……!」

狙いを定めた首筋のやわらかい部分に思いきり噛み付いた。肌を歯が食破るぶちりという音が聞こえたような、聞こえなかったような。あまりの痛みに感覚が曖昧になっていた。全身が痺れたように、シーツを握っていた手の感覚すらなくなってしまったようだった。ゆっくりと顔を上げたレッドは唇の端に血をつけたままでわらった。唇だけを歪ませるように吊り上げて、綺麗に微笑む。

「いい子だね、グリーン」

それは自分の手持ちに言い聞かせるような、ひどく優しい声だった。舌先でオレの血を舐め取るその仕草は淫猥で、状況に関わらずオレの腰は浅ましくも震えた。ぞくりと背筋を冷たいものが駆け巡る。本能的な恐怖が頭の中でけたたましく警鐘を鳴らしていた。逃げろグリーン、今すぐにここから逃げるんだ。だけれど身体は動かない。動けない。肌を血が伝っていく感覚がある。流れる血に気付いたレッドは、目を細めて指でそれを拭った。

「……レッド、それ、やめろつっただろうが」
「無理だよ」
「は? なに言って「だってきみが悪いんだ」

ぐ、とはだけたシャツの襟刳りを掴んでレッドはオレを見下ろす。その表情はもう笑っていない。双眸の奥の色も、ここからでは窺えなかった。熱い吐息を吐きながら顔を近づけ、そうしてレッドは囁くように零した。きみが悪いんだ、ぼくは悪くない。低められたその言葉の意味を測りかねて、問い返そうとした。瞬間、胸に強い圧迫を受けて息が止まった。レッドがオレの左胸のまんなかに右手で体重をかけていた。ぐ、と圧される圧迫感に苦しさが込み上げてくる。奴の瞳は昏い光を持ったままオレを見詰めていた。

「レ、ッド………やめ、ろ…」
「いやだ、やめない。ぼくは悪くない。……グリーンが悪いんだ」
「……だ、から…なにが、だよ……」

レッドは怒っていることはもはや明白であった。だがしかし、奴が何に対して怒りを向けているのかが分からない。オレに対する怒りだけならば、こいつはこんなに回りくどいことはしないはずだ。さながら何かを奪われた幼子のように、繰り返しぼくは悪くないと告げる。その唇はほんの僅かに震えていた。苦しさに歯噛みをしながらレッドの右手首に手を添えると、きゅうに腕の力が緩んで圧迫から解放された。げほげほと咽せながら見上げると、レッドは俯いたままで自分の両手を見下ろしていた。目は伏せられ、なにを考えているのかさっぱりである。

「……レッド、なにがあったのか言えよ」
「いやだ。言いたくない」

即答したレッドは完全に駄々っ子モードであった。オレは溜息を吐きながら身を起こすと、レッドの手を掴んだ。力の入っていない手は一瞬だけぴくりと震えて、しかし振り払うことはしない。そっと顔を覗き込むと、伏せられた目が夢でも見ているかのようにひくりと痙攣している。まるで泣き出す一歩手前みたいなそれに、オレはひどく動揺した。レッド、と出来るだけ優しく聞こえるように名を呼ぶ。うっすらと開かれた瞳は、ゆるくまばたいてオレを見た。目線はなんとなく泳いでいて、幼い頃の泣き虫だったこいつを思い出した。


あぁなんだレッド。
お前、なんにも変わってないじゃん。


end.




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