独占禁止法



いつもふらふらしている同僚の腹の底は、それはもう真っ黒に染まっていた。どうすればここまで素晴らしい性格になれるのだろうかと、いい性格だとよくアキエに言われる俺が思うのだからきっと奴は重症だ。リーダーの前では気の抜けたおっちょこちょい、ジムトレーナーの前では放っておけない同僚、ヒビキくんやコトネちゃんの前では優しいお兄さんを演じていた男、それがヨシノリだった。ところが今、目の前のヨシノリは意地の悪そうな顔で俺を見詰めている。常に下がり気味だった眉はニヒルに上がり、目は爛々と光を孕んでいる。ぎらぎらした表情は、なるほど確かにエリートらしく見える。口角を上げて微笑む様子はまるでリーダーそっくりだ。

「へえヤスタカ、またそういうこと言うんだ」
「……なにが?ていうかヨシノリ、手を離せ。痛い」

掴まれた右手首がぎりりと絞められて顔を顰める。顔を上げて睨みつけると、満足そうにヨシノリは目を細めて笑った。その表情が普段のへにゃへにゃしたものと大いにかけ離れていてぎくりとした。なにか嫌な予感がする。

「あのさヤスタカ、お前いい加減にそうやって分かりやすい嘘吐くのやめたら」
「……は?」

一瞬、頭が思考を停止した。頭が真っ白になるとはこういうことなのだろう。ヨシノリは表情を消し去ってじ、と俺を見つめたままで淡々と言葉を吐き出す。俺はガツンと頭を殴られたように頭が回らなくなっていた。

「リーダーがいなくなったらお前すぐに探しに行くよな」
「それが俺の仕事だからだ」
「トキワジムの"小手調べ"だから?」
「そうだ。職務を全うしてるんだよ、俺は」
「ふうん。じゃあそれは誰に任されてるわけ?」
「誰にも任されてないさ。俺自身の独断で、探しに行ってる」
「じゃあその理由はなんだよ。別に放っておいてもリーダーは帰ってくるだろ。わざわざお前が出向いて連れ戻す、その理由はどこにある」
「……俺がリーダーを慕っているからだ。理由なんて他に何がある」

お前は何が言いたいのだと睨むと、ヨシノリは呆れたように肩を竦めた。それからいっそう手に込める力を強めた。骨が軋む音が聞こえたような気がして俺は歯を食いしばった。あまりの痛みに汗が噴き出してきて、思いっきり腕を振り払うと思ったよりも簡単に拘束は解けた。反射的に身体を引き、後ずさってヨシノリから距離を取る。ひどく不気味な笑みを浮かべたまま、こちらを見下ろす同僚の顔は不機嫌さを隠しもしない。

「へえ、お前はそれだけの理由でリーダーの捜索なんてお役目やってるんだ」
「そうだよ。……やけに突っかかってくるな、ヨシノリ。なに、もしかしてお前嫉妬してんの?」

嘲笑うように笑みを形作ってそう言うと、ヨシノリは無表情のままで俺の背後にあるロッカーに手をついた。安っぽい金属製のそれがけたたましい音を立てて揺れる。逃げ場を塞ごうとしているのだろう、ヨシノリは剣呑な目つきで俺を見遣る。それから息がかかるほどの距離に近づき、喉を鳴らして嗤った。あぁそうだよヤスタカ、俺は嫉妬してるんだ。その低められた声色が本能的な怖気を感じるほど不気味で、ぞくりと背筋が震える。

「嫉妬って厄介だなぁ、ヤスタカ?」


見つめた先の虹彩は、1ミリも笑ってなどいなかった。


end.




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