星彩のマリアージュ

※セブルス誕


星屑を掃いたような夜空を見上げて、セブルス・スネイプは白い息を吐き出した。ゆるやかな風がマフラーと彼の漆黒の髪を遊ぶように揺らす。ここはホグワーツで一番高い場所、天文塔のてっぺんである。まだまだ寒さの厳しいこの時期の夜半に、彼がなぜ座っているのか。それは彼のポケットに入っているメッセージカードが原因だった。寒さに赤くなった手を擦り合せ、風に飛ばされないように彼はズボンのポケットから小さな紙片を取り出すと、折り畳まれたそれを開いた。その内容はとても簡潔なもので、宛名と今日の日付が明記されているだけだった。やけに流麗な字で綴ってあるメッセージを流し読みすると、彼は目を伏せてまたひとつ息を吐いた。真っ白な吐息が空気中に溶け入るその様子を眺めながら、静かにカードをポケットに戻す。時計台を見下ろせば、時刻は23時50分。もうすぐ日付が変わってしまう。きつく目を閉じて彼は脳裏に想いを巡らせる。本当はこんな瞬間を目にしたくはなかった。このメッセージカードを無視することだってできた。差出人が誰かということはおよそ検討がついている。それでも此処に足を運んでしまったのだ。つくづく思う、自分はまったく素直ではないと。しかし、そんなことはずっと前から分かっていたことだ。性格はそう簡単に変えられるものではない。それならば、ありのままの自分でいるしかないのだ。ひやりと頬を撫でた冷気に誘われるように、セブルスはそっと目蓋を持ち上げた。

「セブルス、」

名を呼ばれ、顔を上げれば彼は抱き締められていた。箒に乗ったままで、よくもまぁバランスを取れるものだと感心する。相変わらずくしゃくしゃの髪と丸眼鏡の男は、相変わらず気の抜ける顔で笑った。やぁ愛しい僕の恋人、元気だったかい。その気障ったらしい言葉遣いはどうにかならないのかと言いたい気持ちをぐっと堪えて頷くと、ジェームズは意外そうに目を瞬かせた。

「なんだ、その顔は」
「……いや、なんでもないよ。それよりもセブルス、随分と身体が冷えているね」
「誰のせいだと思っている」
「あぁうん、そうだね。僕のせいだ。待たせちゃってごめん」

笑いながら謝られてもおよそ誠意が感じられない。セブルスがじっとりと睨み上げると、ジェームズは尚更嬉しそうに笑うばかりだ。日頃から頭のおかしい奴だとは思っていたが、ここまで来るとただの変態でしかない。リリーがこいつを忌み嫌う理由がよく分かった気がした。

「いや、違うんだよセブルス。嬉しいんだ」
「嬉しい?」
「来てくれるとは夢にも思ってなかったんだ。だから、きみが僕のために身体を冷やしてくれたことが嬉しい」
「………………」
「もちろん、悪いとは思ってるよ。ごめんね」

そう微笑まれればセブルスは言葉に詰まる。いつもへらへらしているだけならいいのに、ジェームズはふとした瞬間にこうやって笑う。いつも仲間達に見せる笑顔ではなく、別の類いの、もっと柔らかなものである。それは自惚れでもなんでもなく、自分だけに向ける表情だと彼はよく知っていた。だからそんなところに弱くてたまらない。

「さて、もうすぐ時間だね。ほらセブルス、早く前に乗って」
「え、ちょ……まっ」
「気をつけて。僕の前に乗るんだよ」
「む、無理だ!落ちるに決まってる!!」
「大丈夫。そんなへまはしないさ」

じたばたと暴れるセブルスを引き寄せると、ジェームズは言葉通りに彼を自分の箒の前に座らせた。バランスを崩しかけたセブルスが慌てて柄を握ると、ジェームズは落ち着いた動作で彼の身体ごと抱き締めるように柄を握った。身体が密着し、ジェームズの体温がじかに伝わってきてセブルスは思わず身を固くする。そんな彼の緊張を解すようにジェームズは笑うと、ゆっくりと箒の高度を上昇させた。刺すように冷たいはずの風が、火照った頬に気持ちいい。セブルスはあまり箒で飛ぶことが得意ではなかった。それでも、こうやって身体が宙に浮かぶ奇妙な感覚は嫌いではない。加えて誰かと一緒に飛ぶことは初めてで、こんなにも心地いいものだとは知らなかった。

「セブルス、これを開いてみて」

後ろから手渡された懐中時計を受け取り、言われるがままにそれを開いてみる。かち、かち、と音を立てる懐中時計は、23時59分を指していた。よかった、間に合ったね。耳元で呟く声はとても嬉しそうで、思わずセブルスの頬も緩んでしまう。この体勢で表情が伝わらないことだけが彼にとっての救いだった。ジェームズと二人、彼は静かに秒針が時を刻むのを見守る。

「目を瞑って、」

セブルスは箒の柄を握り締め、そっと目蓋を閉じた。目を瞑って耳を澄ませば、夜風はひんやりと流れ、星達は目蓋の裏で煌めいている。ジェームズの数え上げる声だけが響き渡る、透明な時間がゆるやかに流れていく。そしてカウントが終わり、彼の手をジェームズが包み込む。促されて目を開くと、遠かったはずの月が目の前にあった。今までの人生で見たことも無いぐらいの近さでセブルスは今、うつくしい三日月を眼前にしていた。周囲のちいさな星屑はきらきらと夜空を彩っている。あまりの眺望に目を瞠ることしかできない彼の身体を抱き締め、ジェームズは吐息混じりに囁きを零した。

「ハッピーバースデー、セブルス。……生まれてきてくれて、ありがとう」

目の前の光景に、ジェームズの言葉に、セブルスは目頭が熱くなるのを抑えられなかった。緩慢な動きで振り返ると、ふわりと微笑まれて泣き出したくなった。頬に手を添えられ、誘われるままに唇を重ねる。触れ合った柔らかな感触に、ひどく安心した。流れてきた涙がしょっぱくて、二人は唇を離して笑い合った。泣かないでセブルス、もっと笑って。そう言われると逆に涙が止まらない。目尻を拭いながら、セブルスはゆっくりと頷いた。


(きみのしあわせをいのっているよ)



end.




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