ゆきどけはゆるやかに

※お年賀文


もはや毎年、この日になるとこの男が不法侵入してくることは恒例行事になっていた。まぁそれを黙認しているオレの方もどうかしてはいるが、止めても無駄だととっくの昔に分かってしまっている。放っておけば男は窓を開け放って雪に濡れたままの身体で勝手に上がり込み、フローリングを水浸しにする。オレはそんな奴の頭にあらかじめ準備していたバスタオルを投げつけて、こう問うのだ。

「餅は何個?」

返ってくるのはお約束の答え。その数字に従ってオレはパッケージに包まれた四角い餅を四個取り出し、それから自分の分も三個取り出す。それから皿にクッキングペーパーを敷いてトースターで焼く。背後でもそもそと衣擦れの音が聞こえるのを無視しながら、鍋の中を覗き込んだ。アクを取りながら鶏肉を30分ほど煮込んだ出汁をかつおだし、塩、酒で味を整え、小皿に注いで味見をする。ほとんど目分量だが、味に間違いはない。今年も完璧だ。出汁に椎茸を加えて沸かし、あらかじめ下茹でをしておいた大根、人参、里芋を入れてさっと火を通す。頃合いになったら火を止め、焼き上がった餅を取り出した。そのタイミングで腰に何かが触れたが、振り返る必要もない。

「レッド、料理中にキッチンに入ってくるなって前に言っただろ。着替えは終わったのか?床は拭いたな?」
「終わった。ちゃんと拭いた。手も洗ったしうがいもした。……お腹すいた」
「だからいま作ってるんだろ」
「僕が手伝うことは「ない。いいから戻って待ってろ」

腰の手を払いのけて肩越しに振り返ると、レッドがたちまち犬のようにしょげるのがおかしくて笑う。それに気付いていないレッドはそのまま肩を落としてぺたぺたと戻っていった。気紛れにふらっと戻ってきたかと思えばこんな行動をする。それがオレをからかっているのかといえば、そういうわけではないらしい。何年も傍にいたオレでさえレッドの行動は読めないし、何がしたいのかよく分からない。それでもこんなに掴めない男に好きで付き合っているオレは、相当な物好きなのだろう。皮肉なことにも。

「……レッド、」
「なに」
「雑煮食ったら、ちゃんとおばさんに顔見せに行けよ」

露骨に癒そうな顔になったレッドを横目に、少しだけ気分が良くなった。食器棚から取り出したお椀に焼き上がった餅を入れ、煮汁を注いで茹でた小松菜と柚子皮を飾れば完成だ。冷蔵庫から昨夜作っておいた数の子、田作り、黒豆、栗きんとんを取り出して皿に盛りつける。それらを盆に乗せて運んでいくと、お行儀よく席について待っていたレッドとピカチュウが目を輝かせていた。オレは呆れ混じりの溜息を吐きながらレッドの前に雑煮とお節、ピカチュウの前に特製ポケモンフーズを置いて、ソファーで寝ていたイーブイを抱き上げて起こした。大きな耳をぴくぴくさせながら目を開いたイーブイは眠そうな顔で鼻をひくつかせ、何かの匂いに気が付いたのかオレの腕から飛び出していった。テーブルの下に駆け寄ってきゅうきゅうと鳴くイーブイに気が付いて、ピカチュウは嬉しそうにちゃあああと笑った。上に登りたそうなイーブイを抱いてピカチュウの向かいに座らせ、愛用の皿にフーズを入れる。ちらりと窺ったレッドは今にも食い付きそうに大好物の栗きんとんを見つめていて、オレはそっと目を逸らした。伝説のポケモントレーナーがそんな涎を垂らしそうな顔をするな。自分の分の雑煮を持ってオレがようやく席につくと、よっぽど飢えていたのかレッドは無言でこちらをじっと見て訴えてきた。仕方なく、オレがいただきますと手を合わせると、レッドもそれに倣う。いただきます。呟いた声はやけに嬉しそうに聞こえた気がした。

それからの食事は無言が続いた。基本的に無口なレッドは食べる時はそれがますます顕著に表れるし、オレは食事の味を味わうことを優先するタイプなので必然的にこうなる。それに対してポケモン達はちゃあちゃあきゅうきゅうと鳴きながら食べるが、こちらに気を使っているのかいつもより静かだ。最後の一個になった餅を食べようとした時、レッドが低い声でオレの名を呟いた。容姿とは似合わない、低いテノールだ。箸を止めて顔を上げると、緋色と目がかち合った。

「すっかり忘れてた」
「は?」
「あけましておめでとう。今年もよろしくね」

じっと見つめていた瞳は、それだけを告げると何もなかったかのように栗きんとんにターゲットを移した。オレはというと、レッドが一瞬なにを言ったのか理解できなくて完全に思考停止していた。そんなオレを覗き込んで、ピカチュウとイーブイは不思議そうな顔をする。今なにがあったの?どうしたの?そう尋ねてくる純粋な瞳に、オレがやっと我にかえった時にはレッドは食事を終えていた。手を合わせてごちそうさま、ピカチュウもそれを真似ていた。

「……レッド、おまえ」
「どうしたのグリーン、顔が真っ赤だよ」
「な、んで、今更そんな」
「なに?」
「…………なんでも、ない」

何が言いたいのか分からないと言いたげな様子のレッドに何も返せないまま、オレは静かに残った雑煮に手を伸ばす。せっかく作った出汁の味も、なんだか感覚が麻痺したように分からない。食器を持ったままのレッドがどこに置けばいいのと尋ねてくるのに適当な返事をしながら、オレは新年早々にとんでもない爆弾を仕掛けられたのだと思った。約束も無しに続いたこの恒例行事。その三年目のレッドの気紛れはなにかが変わる予兆なのか、それとも。


end.




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