under a tree of mistletoe

※クリスマス


イエス・キリストの降誕を祝う日、クリスマスが近づいている。ホグワーツ中は例年と同じように、浮き足立った雰囲気の生徒でいっぱいだった。好意を寄せる相手にどう告白しよう、恋人とどんな夜を過ごそうか、友人や家族へのプレゼントは何がいいだろうか……耳を澄ませばそんな声が耳に入ってくる。ささやかな目論みは上手く行くのだろうか、それとも失敗してしまうのだろうか。大丈夫だよ、きっと上手くいくさ。友人同士、恋人同士、みんなが思い思いの夢を語り合っている。僕はそんな生徒たちの姿を眺めながら―――魔法のチェス駒をひとつ進めた。

「さぁバーティ、次はきみの番だよ」
「レギュラス……なかなか痛いところを突いてくるな。まったく、去年までは素人丸出しだったくせに」
「きみの教えがいいからさ」
「……褒めても手加減はしないからな」

にっこり微笑んでみせると、少し言葉に詰まりながらバーティは目を逸らした。こちらの一手が読めなかったらしく、バーティは低い声で唸りながら次の行動を考えている。友人の悩む表情が面白くて、僕はそっと忍び笑う。クリスマス休暇が近づいた大広間は飾り付けられて、どこもかしこもきらきらしていた。どんな魔法を先生方が使っているのかは分からないけれど、ぴかぴか光る温かい光はいつまで見ていても飽きない。いつも以上に豪奢な衣装を身に纏った、名前も知らないうつくしいゴーストが床を滑るように横切っていくのが僕の目を奪った。

「レギュラス!いつまでゴーストの尻を追いかけているんだい」
「失礼だな。レディに対してそんなことをしたりしないよ」
「レギュラス、きみは生きてる女性だけじゃ飽き足らず、ゴーストにまで色目を使うつもりなのか?」
「色目だなんてあんまりだ。バーティ、きみこそもっと紳士らしく振る舞いなよ」
「……俺が?」
「ごめん、前言撤回するよ」
「レギュラスこそ失礼じゃないか」
「そんなことは…」

バーティの無難な一手に上手く返す方法を思案しながら、ふと入り口の大きなリースに視線を移す。そこで僕は、その下に見覚えのある姿を目にした。思わず駒を弄ぶ手を止めて、言葉を失う。それに目敏く気付いたバーティは、僕が誰を見つけたのかすぐに察したらしい。はっと我に返った僕を見つめてにやにやと意地悪く笑っている。濃いブラウンの瞳が好奇心で輝いているし、顔にはからかいたくてたまらないと書いてある。言い逃れは出来そうにないなと判断して、僕は静かに駒をチェス盤に戻した。こうなったらもう開き直るしかないだろう。洞察力がやけに鋭いこの友人はなにもかもお見通しだ。

「バーティ、僕……そろそろ……」
「行かなきゃいけない?」
「あぁ。ええと、急用で……どうしても……」
「今すぐに行かないといけない?」
「そう、なんだ。だからその……この勝負は……」
「次に持ち越しだ?」
「―――バーティ、ごめん」
「はいはい。さっさと行っちまえよ」

呆れたような声で笑いながら手を振るバーティに、申し訳なく思いながらも僕は席を立った。大広間を出る前に、小さく聞こえた叫び声は聞こえなかったことにしよう。何気なくチェス駒を戻すふりをして、逃げ道を塞ぐような一手を進めてやったことは秘密だ。そう、楽しげに僕をからかうバーティが悪いのだから。

×

僕は息を切らしながら彼が消えた方へと走る。回廊の窓から見える曇り空は今にも雪が降り出しそうな色をしていて、思わず身震いをした。指の先はかじかんでいたし、寒さのせいか少しお腹が痛い。バーティががっつくように食べていたプティングを食べすぎたのかもしれなかった。そんなことをぼんやり考えながら角を曲がると、さらに先の角を彼が曲がろうとしているのが見える。曲がった先はグリフィンドールの談話室に続く階段だ。曲がられてしまえばもう、休暇明けまで彼と話すタイミングなんてない。このチャンスを逃せばきっと最後になってしまう。踵にぐっと力を込め、僕は大きく息を吸い込んだ。

「兄さん……っ!」

兄さんの肩がぴくりと震え、踏み出そうと浮いた右足が元に戻った。そのことに少し安堵して、僕は走る速度を緩めた。兄さんの前に辿り着くと、僕は息を整えながらネクタイを握り締める。振り返らない背中が何を考えているのか分からなくて、言葉に迷った。挨拶をするのもおかしい気がするし、だからといっていきなり本題に踏み込むことも躊躇われる。うまい言葉を紡ごうと口を開きかけては、言葉にもならない空気だけが吐き出されていく。

「え……っと……」

その時、騒がしい話し声が聞こえてきて僕は慌てて振り返った。後ろからハッフルパフとグリフィンドールの上級生たちが近づいてきている。このまま彼らに見つかってしまうと変な噂を立てられかねない。"ブラック家のグリフィンドールとスリザリンの兄弟"それだけで話題性は十分なのに、一緒に居るところを見つかったら―――考えただけでもおぞましい。何か回避する方法はないかと兄さんの背中を見上げる。

「はぁ……」

微かな溜息が聞こえたと思えば、強い力でぐっと手首を掴まれていた。僕が状況を把握する前に兄さんは走り出す。引っ張られるように慌てて走り出したが、兄さんがどこへ向かうつもりなのかまったく分からない。長い回廊を、どのくらい走り続けただろう。兄さんはようやく速度を緩め、やがて足を止める。息も絶え絶えで辺りを見渡すが、何もない広い廊下の真ん中だった。こんな場所ではまた誰かが見つかってしまう。そう口にしようとした時、地響きのような音が鳴り響いた。目の前の壁に紋様が浮かび上がり、恐る恐る触れてみるとその紋様は次第に深くなり扉のような模様に―――否、扉そのものに変化した。

「これ、って…?」

僕が唖然としていると、彼は何も言わずに重そうなその扉を押し開けて僕を引っぱり込んだ。飛び込んだ先は少し埃っぽい部屋で、前に写真で見たグリフィンドールの談話室になんとなく似ている。まだ状況を掴めない僕の手を握ったまま、兄さんは部屋の一番奥にある鏡の前で立ち止まった。ようやくこちらを振り返った兄さんは、手を離して僕を見つめる。感情の読み取れない濃灰色の双眸は、真っ直ぐに僕を射抜いていた。

「……レギュラス」

名を呼ばれたと思えば、流れるような動作で身体を引き寄せられた。いきなりのことに戸惑った僕が声を上げると、なおさら強く抱き締められる。伸ばしっぱなしの長髪が首元に触れて少しだけ擽ったい。

「兄さん…」

身を委ねてゆっくり目を閉じると、触れ合った部分から兄さんの体温が伝わってくる。こうやって人と抱き合ったのはいつ以来だろう。クィディッチの試合や友人とのハグ以外で、こうやって家族と抱き合ったのは―――あぁ、幼い頃以来かもしれない。魔法が作り出す光や熱とは大きく異なる。他人の体温に触れることがこんなにも心を揺り動かすものだと、僕は長いあいだ忘れていたようだった。ふと兄さんの腕の力が弱まるのを感じて、僕は顔を上げる。

「レギュラス、俺は―――戻らない」
「……、っ」
「お前が言いたかったことは分かってる。でも俺は、戻らない」

濃灰色の瞳が迷うように揺らぎながら僕を見つめる。兄さんの言葉に、胸がつきりと痛んで苦しかった。見上げていることが困難になり、涙が滲んで視界がぼやけていく。そんな僕の目尻を指で拭って、兄さんは少しだけ目を伏せてごめんと呟いた。

「お前を悲しませたくはない。だけど俺は、あそこに戻るつもりはない」
「でも、僕は…」
「俺は……お前が、そうやって待っててくれるのは嬉しい。でもなレギュラス、あそこはお前だけの帰る場所だ。俺が居るべき場所はあそこじゃない。……もう戻れないんだよ」
「そんなこと、っ……!」

追い縋るような言葉が喉元まで込み上げてきて、鼻がツンとした痛みを訴える。僕の心情を察したのか、兄さんは苦々しい表情でもう一度、ごめんなと零した。

「これは俺自身のエゴだ。でも、事実でもある。それをお前に受け止めることを強いているのは……ひどく残酷なことかもしれないな」
「……兄さんは、ひどい」
「あぁ……そうだな。だがレギュラス、俺には俺の、お前にはお前の進むべき道があるんだ。今のお前には、分からないことかもしれないが」

そう呟きながら兄さんは掌を僕の頬に押し当てた。自分自身が流した雫の冷たさと兄さんの体温の温もりがはっきりと感じられる。ふと、視界の隅でヤドリギが細い枝を伸ばしていることに気が付いた。葉を広げていくヤドリギは、パキパキと小さな音を立てている。兄さんも僕と同じようにそれを静かに見つめる。

「レギュラス……」

兄さんは慈しむように優しい手つきで僕の顎を持ち上げた。囁くように僕の名を呼ぶ声は、熱く、そして掠れている。顔と顔が近付き、唇が重なり合うその一瞬―――かちりと合わさった先で、彼の瞳もまた潤んでいるように映った。


(交わしたものは、赦されざる契り)



end.




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