ぼくにも解る日がくるかな



オレの恋人の好きなものに対する情熱というものは並大抵のものではない。チャンピオンという仕事をほっぽり出してフィールドワークに出掛けるなんて日常茶飯事である。この前だってフヨウさんに怒られていたし、その前はゲンジさんにこっぴどく説教されていた。それでもめげないダイゴさんはいつでも前向きで、そんなところに呆れるけど、同時に惹かれてしまっているのも事実なのだからオレも報われない。フィールドワークに誘われれば一つ返事で研究を理由に一緒に向かうし、美術館や資料館の記事を見つければすぐに教える。苦労はあっても、それでも子供みたいに楽しそうなダイゴさんの笑顔をひとたび見てしまえばもうどうでもよくなってしまう。つくづく思う、オレはこの人にぞっこんなのだと。


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その日はリーグの繁忙期が終わった翌日で、すっかり疲れた様子のダイゴさんに驚いたものだ。よほど忙しかったのだろう、肌の色が少し悪い気がする。それに、久しぶりに会ったダイゴさんは少しだけ痩せたような気がした。

「ダイゴさん、大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと疲れたかな……」
「ご飯は食べれますか?それとも先にお風呂にします?」
「いや、シャワーはリーグで浴びてきたから、ユウキくんのご飯が食べたいな」

不意打ちとはまさにこういうことだろう。着替えてくるね、と自室に戻ったダイゴさんを見送ってじわじわと熱が込み上げる顔を覆った。疲れているダイゴさんが少し甘えてくることには気付いていたけれど、あまりのギャップに面喰らってしまう。

それでも惚けているわけにはいかず、エプロンの裾をぎゅっと握ってキッチンに戻った。作りかけのクラムチャウダーがぐつぐつと音を立て、甘い匂いをさせている。料理の完成まではあと少しだ。オーブンから焼き上がったミートローフを取り出して、ソース作りにかかる。ミートローフの肉汁を鍋に入れ、赤ワインとケチャップ、中濃ソースを加えて煮立てる。少しとろりとしてきたところで火を止め、粗熱が取れたミートローフを食べやすい大きさに切って取り分け、クレソンとカリフラワー、にんじんを添えてその上から出来上がったソースをかける。これでミートローフは完成だ。冷やしておいたレタスとミニトマト、ラディッシュのサラダも皿に取り分けてシーザードレッシングをかける。これはダイゴさんお気に入りのものだ。そうして弱火で温めておいたクラムチャウダーにパルメザンチーズと塩、胡椒を加えてひと掻き。火を止め、スープ皿に注ぎ分けて仕上げにドライパセリを振る。出来上がった料理をトレイに乗せて運ぼうとした時、着替えたダイゴさんが戻ってきてオレの持っていたトレイを奪った。見上げるとこれは僕に運ばせてよ、と微笑まれて何も言えなくなってしまう。仕方なく戸棚からダイゴさんと自分の分のマグカップを取り出してお茶を淹れる。その間に運び終えたらしいダイゴさんが、やっぱりマグカップもひょいと運んでいった。こういうことを自然にやるからどうにも彼に弱い。

「ありがとうね、ユウキくん」
「あぁ、料理ですか?ほとんどオレの趣味なので気にしないでください」
「料理もだけど、今日来てくれたこと。おおかたミクリから聞いたんだろう?」
「え……あ、はい。ミクリさんが教えてくれました」
「だろうね。全く、あいつは口が軽すぎるよ」
「でもオレは助かりましたよ。流石にダイゴさんがいつ帰ってくるかまでは分かりませんから。リーグ時期が終わってもすぐに帰ってこれるわけじゃありませんし」
「……まぁそうだね。今回はミクリに感謝しようか」

ダイゴさんがそんなことを言うものだから思わず笑ってしまった。本当はオレが聞いて教えてもらったんだけれど、どうやら彼の中ではミクリさんが勝手に教えたことになっているらしい。ミクリさんには悪いけど、今回はそういうことにしてしまおう。

「さ、ダイゴさんお腹空いてるでしょう?食べてください」
「ありがとう。……いただきます」
「いただきます」

食事の最中はダイゴさんがリーグでの出来事をいっぱい話してくれた。去年、オレとハルカがリーグに来た時に比べてダイゴさんの元まで来るトレーナーが少なかったこと。バトルは少ないものの書類や雑務はたくさんあったこと。抜け出そうとしては何度もゲンジさんにバレて怒られたこと。あまりにも彼が楽しそうに話すものだからオレも聴き入ってしまった。食事が終わってからは、ソファーでダイゴさんがミクリさんに貰った差し入れの紅茶を飲みながら、オレが話す番だった。フィールドワーク先で、旅をした時に戦ったエリートトレーナーと再会したこと。おくりび山で色違いのロコンを見つけたのにすぐ逃げられてしまったこと。すてられぶねでハルカと再会してお互いに驚いたこと。話すことはなかなか尽きず、それでもダイゴさんが自分のことのように聞いてくれるのが嬉しくてたまらなかった。次第に夜も更け、気が付けばもう時刻は九時を回っていた。

「あぁ、もうこんな時間か」
「え、あ……ほんとだ……すみません、話しすぎちゃいましたね」
「ううん。とっても楽しかったよ。ありがとう」

にこりと微笑まれて心臓がどくりと音を立てる。どきどきと騒がしい胸を抑えられないまま、オレはダイゴさんの腕を掴んで引き寄せた。不意を突かれたらしく、俄に目を見開いた彼の表情に思わず笑みが零れる。そのまま口付けると、ダイゴさんがオレの手を握り、ゆっくりと指を絡められて情を煽られる。彼の少しかさついていた唇は何度も口づけている内に柔らかく湿りを帯びてくる。少し目を開けてダイゴさんを窺い見ると、白い肌が赤く染まっていた。普段はクールで照れることなど少ない彼がこんな表情を見せるのは自分だけなのだと思えば、気分は高揚して仕方なかった。しかし疲れているだろうダイゴさんになし崩し的に無理をさせるわけにもいかない。奪われかけた理性を総動員してオレは身体を離し、彼の手を握り返した。

「……ごめんなさい」
「ふふ、なんで謝るんだい」
「だってダイゴさん、疲れてるでしょう」
「でも、きみの美味しいご飯と楽しい話で吹き飛んだよ」

彼のことだ、きっとお世辞抜きに言っているのだろう。ブルークォーツの瞳がきらきらと輝いてオレを見詰めるものだから、なんだか気恥ずかしくなってしまう。もごもごとどういたしまして、と呟くと柔和に微笑まれた。

「あぁそうだ、ユウキくん、明日はどうしようか」
「明日ですか?」

壁のカレンダーを見ても何も予定は入っていない。ミクリさんに今日ダイゴさんが帰ってくると聞いてから、一週間ほどはフィールドワークも抜きにしていると言えば、たちまちぱぁっと嬉しそうに破顔したダイゴさんはさながら子供のようだ。そういえばミナモで石の展示会があったような気がするなぁと思って行きますか、と聞いてみる。しかし返事は思っていたものではなくて、少し驚いた。

「行きたくないんですか?珍しい」
「ううん、行きたいよ」
「じゃあなんで、」
「だってユウキくんに久しぶりに会えたのに、勿体ないじゃないか。だから明日はゆっくりしよう」
「だ…………」
「だ?」
「ダイゴさん……それ、わざと言ってます…?」
「えっ、なにが?」

もうこれだからたまらない。いっそ石しか見えていなければ清々しいのに、この人は無意識にもオレを手放してくれないのだ。そのフェミニズムのようなものをそのまま振りまくのはやめてほしい。こっちの身がとてもじゃないけど持たないものだ。再び、じわじわと顔に熱が込み上げてくるのを誤魔化そうと顔を覆うとどうしたの?大丈夫?と聞いてくる、その優しさが胸に痛いぐらいで。心臓の鼓動は全身に響き渡ってうるさいし、理性はぐらぐら揺れ動く。あぁ、いったいオレはいつになればこの人と落ち着いて過ごせるのだろうか。


end.




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