Childish adult , Adult-like child



ダイゴさんは綺麗な人だ。スカイブルーの髪は太陽の光を帯びて美しく輝く。澄んだブルークォーツのような瞳は涼やかで、でもその中に宿る光は暖かい。育ちの良さを感じさせる立ち振る舞いや所作は男のオレから見ても見惚れてしまうものがある。バリトンの声色は耳に心地好く、囁きは優しくて艶やかだ。ユウキくん、と。ダイゴさんの声がそう紡ぐたびにオレは擽ったい気持ちでいっぱいになる。

けれどオレは、その気持ちを上手く表に出す為の手段を知らない。


×


「ユウキくん、ちょっとこっちに来てくれるかな」

不意に呼ばれて振り返ると、柔らかな微笑を浮かべて手招きをするダイゴさんがいた。オレは呼んでいた本を閉じ、静かに頷いて彼の座るソファーへと向かった。紫の宝石を掴んで光に翳しているダイゴさんは、オレが傍に来ると手を掴んでそっと身体を引き寄せて隣に座らせた。何気ない動作がスマートで、彼が紳士的だと言われるのもよく分かる。どうしたんですか、と訊きながら宝石を覗き込むとダイゴさんは嬉しそうに微笑む。立派な成人男性だというのに、こういう時に浮かべる表情はまるで子供のように幼い。喜色を浮かべたままでいつもより1トーン高い声で彼は話し出す。

「これはこの前ぼくが発掘してきたアメジストなんだ。この紫色、とても綺麗だろう?古代から多くの人々に愛されてきたとされる色なんだ。特にホウエンでは最も気高い色だとされていて、宗教的な儀式ではとても大切にされてきた色と伝えられているんだよ」
「へぇ……」
「宝石としてというよりもパワーストーンとしての人気が高いんだけど、ユウキくんはアメジストが何と呼ばれているか知ってるかな?」
「石言葉……みたいなものですか?」
「そうだね。でもきみが知っているものなら何でもいいよ」
「――――昔……母さんがアメジストの指輪を持っていたんです。父さんに貰ったんだって言ってたけど……」
「そうなんだ。センリさんは素敵な趣味をしているね」
「その時に……母さんが言ってたのが勇気と真心を与えてくれるものだって、言ってた気がします」

記憶の底から母の言葉を思い出しながら言葉を紡ぐ。綺麗な箱から指輪を取り出して、懐かしそうに語った母の表情がまるで昨日のことのように浮かんできた。オレの話を聞きながら微笑んでいたダイゴさんはそっか、と嬉しそうに呟いてアメジストをじっと見詰めて再び話し出した。

「きっとセンリさんがお母さんに言ったのは恋愛面での意味合いだね。遠くの地方では、『素敵な恋人を招きよせる石』と言われる一方で、『高まりすぎた熱情を穏やかにさます力』があると言い伝えられているらしい。どちらにせよ、恋愛成就に大きくサポートしてくれるパワーストーンなんだ」
「だから父さんが趣味がいいって言ったんですね」
「そう。それにアメジストは恋愛面以外にも、ストレスで疲れた心を癒したり、穏やかな安らぎを与えてくれるスピリチュアルパワーも強い石の一つだからね。ヒーリング効果がとても強くて、マイナスエネルギーを浄化してくれるとも言われている」
「そうなんですか……パワーストーンが一時期すごく流行ったのは、そういう効果が大きかったからなんでしょうか」
「きっとそうだろうね。女の子に人気なのはもっぱらローズクォーツだったみたいだけれど」

苦笑しながら零すダイゴさんの言葉に、つい先月会った幼馴染に貰ったパワーストーンのことを思い出した。ミナモデパートで抱えきれないほどの大荷物を抱えた彼女が、抽選で二つ当たってしまったからと言って押し付けていったものだ。記憶が確かならば、淡い桃色の小さな石だったはずだ。

「ローズクォーツを?貰ったの?」

目を丸くするダイゴさんに頷くと、何やら神妙な表情で目を伏せた。首を傾げると、何でもないよと誤魔化されてしまう。気にはなったが、リュックの進化の石が入ったポケットの中を漁り出す。どこに入れるべきか悩んだ挙げ句にここに突っ込んだ気がする。石を傷付けないように探していると、他の石よりも小さく、角の無い石に手が触れた。そっと取り出してみると、確かにそれはローズクォーツだった。

「これ…………」
「ローズクォーツだね。少し小さいけど、これは本物だよ」

見上げると、ダイゴさんの笑顔が少し曇っているような気がして一瞬だけ言葉に詰まる。

「――――あいつ、いつも無理矢理オレに要らない道具とか押し付けてくるんですよ」
「そんな、押し付けるなんて言い方は良くないよ」
「………だって、本当のことです」
「きっと彼女なりの優しさなんだよ」

優しい言葉につきりと胸が痛んだ。違う、違うんですダイゴさん、そんなんじゃないんです。言い出したくても言い出せない。言葉にする方法が分からない。上手く伝える為の手段を知らない。

「っ、ダイゴ……さん、あの、」

分からない、分からないんだ。ポーカーフェイスだけは上手くなってもオレの内面はどこまでも子供そのもので、きっとこの人にはいつまで経っても追い付けない。背伸びしてもそれはいつまで続くものか目に見えているし、いつの間にやら彼に置いて行かれてしまう。そのことが怖くて、でもどうすればいいのか分からない。言葉は続かないままで、続きを待っているだろう彼がどんな表情をしているのか窺う余裕なんてなかった。あぁ、こんなことなら言い出さなきゃよかったんだ。

「…………ユウキくん、」

囁くような甘さで名前を呼ばれたと思えば、彼の手がローズクォーツを握ったオレの手にそっと触れていた。暖かな体温に促されるようにゆっくりと顔を上げるとブルークォーツに捉えられた。目を離せない、その瞳がふっと細められて身体を抱き寄せられた。手から零れ落ちたローズクォーツが、音も立てずにクッションの上に落ちる。抱き締める腕の力は優しく、オレが抵抗すれば抜け出せるぐらいの力だった。その事実に彼の優しさを感じて急に泣きたくなった。大人の包容力は子供のちっぽけな悩みも虚勢も何もかもを包み込んで溶かしてくれる。不安と焦りを隠そうと必死なオレの心なんてきっとお見通しなのだろう。ひどく情けない気分になって、だけど涙を流すのは憚られた。ごめんね、ユウキくん。耳元で呟かれた声が胸を締め付ける。そっと身体を離されて、見上げた先では眉根を下げて複雑そうな表情を浮かべる彼がいた。

「なんで、ダイゴさんが……謝るんですか」
「……ぼくが大人げなく妬いたりしたから」
「それは……オレが言い出さなきゃよかっただけで……」
「そうじゃないよ。ぼく自身のエゴだ」

きっぱりと言い切られた言葉に驚いて目を瞬かせると、ダイゴさんは苦笑しながらオレの頬に触れた。肌を撫でる肌は少しだけ冷たく、ひやりとしていてその感触に少しだけ気分が落ち着いた。

「エゴ、って」
「…………きみはいつも、クールな所が多いから」

クッションから拾い上げたローズクォーツをアメジストと並べるようにテーブルに置いて、彼は言葉を切った。まるで言葉を探しているような、逡巡する表情は珍しかった。

「ぼくは……きみのそんな表情が好きだよ。冷静沈着で、決して飛び出すようなことはしない。無茶をすることはたまにあっても判断はいつでも極めてしっかりしてる。だけどね、ユウキくん。…………ぼくは、きみのそんな部分に惹かれながらも……どうしようもなく寂しさを覚えてしまう。……情けないことにね」

こんなぼくを笑うかい?そう言って笑ったダイゴさんが、ひどく儚げな表情を浮かべるので息が止まるかと思った。首を横に振って離されかけた手を咄嗟に掴むと、今度は彼が驚く番だった。

「ダイゴさん、オレはただ不器用なだけです」

吐き出した言葉は簡潔で、それ以上でも以下でもなかった。けれど、自分の声がみっともなく震えているのが分かってしまって恥ずかしくなる。それでも彼に応える為に少しずつ言葉を選んでいく。不器用なのは知っている。どうしようなく子供なのも知っている。それでも伝えるべきことは伝えなきゃいけない。それから話し出したオレの話はつっかえては止まったり、言葉が分からなくなっては黙り込んだりと決して流暢なものではなく、分かり易さにも程遠いものだった。それでもダイゴさんは手を握り返して聴いてくれたし、何度も頷いてくれた。

話終えた頃には自分がどこまで喋ったのかどうかも分からなくなっていて、恐る恐る顔を上げると大きな手に髪を撫でられた。柔和な笑顔に見詰められて安堵したオレが思わず笑みを零すと、ダイゴさんは殊更嬉しそうに笑った。ぎゅうっと抱き締められて少し苦しくて、それでもこの人に子供扱いされることは嫌じゃなかった。君のそんな笑顔が好きなんだよ。そんなことを言われてしまってはもう顔に熱が昇っていくのを止められず。彼の肩口に顔を埋めたまま、オレはほんの少しだけ涙を流した。


×


「せっかくの休みだったのにごめんなさい」
「そんなことないよ。寧ろ、いい機会だったのかもしれないから」
「……そうですね」

アメジストを手にしたままの彼に、そういえばそのアメジストはどうするんですか、と何の気はなしに訊いてみると笑顔のままで手を取られて握らせれた。え、と目をぱちくりさせると悪戯っぽく微笑まれて心臓が大きく跳ねる。オレに年相応の表情を見せてくれなんて言いながら、ダイゴさんの方がずっと子供っぽい表情を浮かべるじゃないか。

「ユウキくん、アメジストは『愛の守護石』と呼ばれるように、"愛と慈しみの心"を芽生えさせることによって、真実の愛を守るパワーを与えてくれると言われているんだよ。……だからこの石は、」
「、っ……!」
「きみにあげるよ。勿論、ローズクォーツも大切にしてあげてね」
「…………ダイゴ、さん」
「ユウキくん、顔真っ赤だよ」

くすくすと笑うダイゴさんに悔しさが込み上げてきて、でも嬉しそうなので文句は言えない。

だけれど前言撤回だ。子供扱いはやっぱり好きじゃない。


end.




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