A monopoly and arrogance



見てはいけないものを見てしまった。というより、見たくないものを見てしまった。ヤスタカの全身を一気に脱力感が襲う。リーダー様の言いつけで颯爽とタマムシデパートまで買い出しという名の雑用に赴いたというのに、帰ってきたらパシリに使った張本人様々がジムの正面でファンらしき女の子に告白されているではないか。嫉妬やら複雑な気持ちやらを覚える前に身体の力が抜ける。これだからあまりグリーンの傍を離れたくなかったというのに。

クールでかっこいいと巷で評判の我らがリーダーは自分の人気ぶりにあまり頓着しない。というか興味自体無いのだろう。それが余計にファンや取り巻きにはストイックな印象を与え、周囲をあしらう雰囲気が更に評価を良くしているらしい。当の本人は全くの無自覚であり、故にそんな所が付け入る隙になっているということに気付く気配もない。

ヤスタカは溜息を吐きながら隣で毛繕いをしているピジョットをモンスターボールに戻す。グリーンから貸し出されたピジョットはヤスタカにも気を許していて、買い出しの際はいつも背に乗せてくれる。お疲れ様、と呟きながらボールを仕舞い、ずしりと重たいショップバッグを持ち直す。こちらの気配を悟られないように木の陰に隠れてそっとグリーン達の方を窺う。いつものポーカーフェイスではなく、外行きの微笑を湛えたグリーンと、こちらからでは顔が見えないが小柄な少女。柔らかそうなブラウンの巻き毛に上品な桃色のワンピース、アクセントの赤いポシェットとエナメルのパンプスは育ちの良さが窺える。僅かに身体を揺らし、どもりながら必死にグリーンを見上げて自分がいかにグリーンを尊敬しているか、憧れているかを辿々しくもはっきりと伝えようとする声はとても健気であった。言葉遣いの端々や所作には品の良さが窺える。顔が見えないとは言え、この少女がかなりのレベルの高さであることはヤスタカにも分かった。対するグリーンは優しい目で少女を見下ろし、言葉を聞き逃さないように極めて紳士に耳を傾けている。これもきっと評判に含まれる所なのだろう。世界の権威であるオーキド博士の孫にしてトップコーディネーターのナナミの弟、育ちの良さは少女を軽々と上回る。必死に話そうとする少女を見守る様子はまるで兄のようだった。その柔らかくも暖かい雰囲気に、ヤスタカは静かに拳を握り締めた。

「あ、のっ……それで、グリーンさん」
「ん?」
「わ、わ、わたし、そのっ……!」
「うん」
「ぐ、グリーンさんの……こと、が「リーダー!」

少女がいよいよ告白の言葉を紡ごうとした瞬間、ヤスタカは木の陰から姿を現して大きく手を振りながらグリーンに駆け寄った。振り向いた少女は綺麗な顔を切羽詰まった表情に歪ませている。

「もうリーダーは人遣いが荒いんですから!あ、ミックスオレ買い占めたせいで売り切れて店員に怒られたんですよ!」

複雑そうな表情でこちらを見詰めたグリーンは、僅かに引き攣った声でヤスタカの名を呟いた。少女は慌てて目尻に滲んだ雫を拭って無理矢理笑おうとしている。それを見咎めてグリーンは優しく謝罪の言葉を述べた。悪いな。その声を聞いた瞬間、弾かれたように顔を上げた少女に向かってグリーンは明朗な笑顔を向ける。また、暖かな雰囲気である。

「え、あ、もしかして……こ「いいからお前は黙ってろ」
「あ……あの、ヤスタカさんごめんなさい……こんな所を……」
「え、あぁいえいえ、こちらこそすみません」

頬を掻きながらヤスタカが眉根を下げると、少女は慌ててぶんぶんと手を振る。よっぽど慌てているらしい。その様子に思わず笑うと少女は羞恥で頬を真っ赤に染めた。

「い、いえ!わ、私はもう帰りますから!あ、えっと、グリーンさん良かったらこれ……!」
「……でも、」
「い、いいんです!受け取って……受け取ってください……っ!」
「――――分かった、有り難く受け取るよ」

少女が差し出した可愛らしいラッピングの小袋を受け取ってグリーンはありがとう、と笑う。少女はその笑顔に嬉しそうにはにかむと、ワンピースの裾を翻して走っていった。後には花のような甘い香りと静寂が訪れる。ジムの正面でジムリーダーと部下が静かに沈黙を続けている様子は、さぞシュールであろう。郵便屋が怪訝そうな表情でグリーンとヤスタカを横目に通り過ぎていく。このまま黙って突っ立っていてはこの小さな街では瞬く間に妙な噂が立ちかねない。二人はどちらからともなくジムの中へと入っていった。


×


執務室へと向かう最中も前を歩くグリーンは一言も喋らなかった。かと言って怒っている様子でもなく、黒いジャケットの背中はヤスタカに何の表情も窺わせない。しかしそれが拒絶というものには感じられず、ヤスタカはただ黙ってリーダーに従うほか無かった。

「入れ」
「……失礼します」

久しぶりに入るグリーンの執務室は相変わらず綺麗に片付けられている。本棚には図鑑や名鑑、歴史を纏めた分厚い資料や辞書、生態研究書などが一冊も漏れることなくぎっしりと並んでいる。戸棚には姉からの贈り物だというティーポットやティーカップ、色とりどりの瓶に詰まった茶葉や木の実ジャムが綺麗に整理されていた。デスクには書類や研究レポートがクリップやファイルで分かり易く整頓され、自分が見やすいように工夫しているのが窺える。そのデスクの中央に少女から貰った包みを置くと、端に腰掛けるような形でグリーンはヤスタカを振り返った。琥珀の瞳が真っ直ぐにヤスタカを捕らえる。

「で、お前はわざとやったのな」

静かに吐き出された声に僅かな含み笑いを感じ取った。ヤスタカを見詰めるグリーンの口元が、僅かに歪んでいた。

「…………何のことです?リーダー」
「ふは、惚けてんじゃねぇよ」

ヤスタカが微笑すると、鼻を鳴らしてグリーンが言う。さっきまでの柔らかな紳士腰のリーダー様はどこへやら、すっかり不遜な態度に戻ったグリーンは挑戦的に唇の端を吊り上げてデスクから飛び降りた。惚けてなんかいませんよ、とヤスタカが笑みを絶やさぬままで嘯くと近寄ってきたグリーンは更に笑みを深くする。陶然たる面持ちで笑ってみせるグリーンに見上げられてヤスタカはどくりと心臓が跳ねるのを感じた。艶かしくも綺麗に微笑む主人は誰よりも美しく、気高く、不可侵さを感じさせるオーラが溢れている。だからこそヤスタカは、その妖艶でありながら禁欲的な雰囲気に震える。

「なにその顔、」
「貴方が悪いんですよ」
「知らねーよ」
「俺を煽ったなら、その責任ぐらい取ってください」
「オレがいつそんな真似したよ」
「だって貴方、俺が居たこと気付いてたでしょう。俺が出てきた時、全く驚かなかった」
「…………さぁ、どうだか」
「本当は、甘いお菓子だって食べられないのに受け取りましたよね。わざと」
「――――……、」
「惚けてるのはリーダーの方ですよ」
「はッ、生意気な奴」
「それに、買い出しだってわざと言いつけた。普段なら行かせないのに。しかも、あの子の告白だってわざと聞こうとしたでしょう」
「……何のために?」
「俺に、こうやって、嫉妬させるために」

ヤスタカの吐息混じりの答えを聞いてグリーンは満足そうに目を細め、ゆっくりと伸ばされた白い指がヤスタカの引っ掻くように頬を撫でる。

それが赦しの合図だった。


end.




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