Impertinent man



「まずは俺で小手調べ!」

電話口から威勢のいい声が聞こえてきて思わず言葉を切った。通話相手はオレが黙ったことを怪訝に思ったのか、リーダー?と呼び掛けてきた。

「悪い、今、挑戦者来てんのな」
「えっ……あぁはい、そうですね。ヤスタカの声、聞こえたんですか?リーダー耳いいですよね」
「そうか?単にあいつの声がでけぇんだろ」
「威勢だけは無駄にいいですからね」
「まぁな……ていうかアキエ、ジム内で電話掛けてくるなよ。このぐらいの距離、こっちまで来い」
「じゃあ移動床のスイッチ切ってくださいよ」
「それは却下。今挑戦者が居るのに切れるかっつーの」
「リーダーのケチ……」
「何とでも言え。それよりも用件は?」

エリートトレーナーだというのにこのジムの移動床がどうにも苦手らしく、不満そうに呟いたアキエに話を促す。大体のあらましを聞いて、続きは後で聞くと断って電話を切った。途端に執務室に静寂が訪れて、何となく息を吐く。静かだ。ジム内では今頃、ヤスタカが挑戦者と熱いバトルをしているのだろう。最近はヤスタカやアキエ止まりのトレーナーばかりでオレはすっかり退屈していた。月に一度ほどはジムトレーナーと練習試合もするし、調整の為のバトルや特訓もするが、やはり全力を賭けて行うバトルというものには縁遠くなっていた。全身全霊でぶつかり合うような、そんなバトルがしたいのだ。

「…………まぁ、当分は無理だろうけどな」

呟きながら腰のベルトに指を這わせる。綺麗に手入れされたモンスターボール達を眺めながら、きっとこいつらも退屈しているに違いないと思った。主人であるオレがこうなのだ、間違いなく自分の力を思う存分発揮したいだろう。そのボールの配列の中から一つを掴み、軽く投げる。眩い光に包まれて出てきたのは愛らしいイーブイだ。きゅううん、と鳴き声を上げながらイーブイは駆け寄り、オレの足に擦り寄ってきた。柔らかな身体を抱き上げ、膝の上に乗せてやると更に嬉しげな声を上げる。大きな瞳で上目遣いに見詰められてはたまらない。思わず頬擦りをするときゅーっと高く鳴いた。書類の山をひたすら消化するばかりで自分の実力が発揮出来ない毎日というものは、ジムリーダーになって随分となった今でも変わらない。こういう時間だって必要だし、それにイーブイの為でもあるのだと誰に対してでもなく、言い訳のように念じる。首を優しく撫で上げると僅かに喉を鳴らすのが伝わってくる。目を伏せて時折鳴き声を上げるイーブイは、最早可愛いという形容では済まないほどオレに愛しさを感じさせる。喉を撫でてやりながら耳の後ろを掻くようにしてやると実に気持ち良さそうだった。そうやってイーブイにすっかり癒されていた時だった。

「リーダー、」

いきなりの扉の外から呼び掛ける声にオレは固まった。ノック音が全く聴こえなかったせいだ。イーブイはきょろきょろと周囲を見回し、膝から飛び降りた。慌てて咳払いをして入れ、と短く答えるとギィ、と扉が開く。顔を覗かせたのはヤスタカだった。

「なんだ、お前か」
「いきなりなんですか、その言い方は」
「いや、だってお前、さっきまでバトルしてたろ?」
「何でそれを……まぁそうなんですけど、あっさり勝っちゃいましたよ。尻尾を巻いて逃げるように帰っていきました」
「そうか」

書類の束を纏めてクリップで閉じながら答えると、ヤスタカが意外そうな声を上げた。顔を上げるとヤスタカはソファーの上で丸まっているイーブイを見詰めて目を丸くしていた。その表情を見た瞬間、失敗したと思った。オレの所まで辿り着く挑戦者が居ない限り、ベルトはジム調整用のパーティではなく、個人的な愛用パーティになっている。練習試合の時や特訓時も調整パーティな為、滅多なことでは人前でこのパーティを出すことはなかった。

「リーダー、イーブイ持ってたんですね!」
「いや、そいつは人から預かって……」
「そうなんですか?それにしても、すごく毛艶がいいですね。大事に育てられてるみたいだ」
「…………」

誤魔化そうとしたのが間違いだったらしい、ヤスタカはエリートトレーナーであり、育てられたポケモンを見る観察眼は本物だ。そしてオレの言葉に反応したイーブイが顔を上げていた。首を傾げるその姿に思わず罪悪感が込み上げる。仕事用の眼鏡を外して立ち上がり、ソファーに近づいて名前を呼ぶときゅうっ、と鳴いてイーブイは俺の胸に飛び込んできた。

「わぁ、預かってるにしてもリーダーに懐いてるんですね。人見知りをしない性格なんですか?」
「あぁ……そうだな……」
「?あ、もしかしてナナミさんのイーブイなんですか?だからリーダーにも懐いてるんですね。それなら納得だ!」

なるほど、と一人で勝手に自己解釈したヤスタカがうんうんと頷いているのに対し、イーブイは不思議そうな顔をして俺を見上げている。プライドと良心の狭間で俺の心はひどく揺れ動く。こんなことで強情になっていても仕方ないのだが、どうにも"トキワジムジムリーダーの"グリーンが普段は愛らしいポケモンばかりを可愛がっている、それどころかメロメロであるなどとバレてしまってはやはり気恥ずかしいものがある。イーブイを見下ろして黙りこくった俺にヤスタカも首を傾げた。グリーンさん、どうしたんですか?邪気のない声が追い討ちをかけるようだった。

「…………あのな、ヤスタカ」
「はい?何です?」
「このイーブイ、預かりもんじゃねーんだ」
「え?」
「……オレの、イーブイなんだよ」

きゅううう、と高く鳴いて嬉しそうに擦り寄ってきたイーブイに何も言えなくなりながらヤスタカの反応をじっと待つ。こんなことなら最初から嘘なんて吐かなきゃよかった。今頃そんな後悔をしたところで後の祭りなのだが、羞恥心よりも何よりもイーブイの不思議そうな表情の方が胸に痛かった。頭を撫でてやるときゅきゅっ、と短く鳴く。

「――――グリーンさんって、ちょっと子供っぽいとこありますよね」
「はぁッ!?」

予想外の返しに勢いよく顔を上げると、生意気な台詞に反して優しい笑顔を向けられた。思わずオレが言葉に詰まると、ヤスタカはイーブイの鼻先をそっと撫でた。くんくんと手の匂いを嗅ぎ、安心したように鳴いたイーブイを見下ろしてヤスタカはゆるく微笑む。

「……んだよ、子供っぽいって」
「だから、そんなところですよ。ちょっと意地っ張りなとこ」
「…………せめて、負けず嫌いと言え」
「それとはちょっと違うでしょう」
「うるせー、生意気言うな」
「ふふ、生意気で結構ですよ」

何が面白いのか、イーブイを撫でながらヤスタカは柔らかに微笑む。

「それに、俺はそんな貴方の表情が見れて嬉しいですよ」
「なに、それ」
「別に深い意味はありませんよ。…………多分」
「……今の間はなんだよ」
「さぁ?」

意味深に艶然と笑ってみせたヤスタカに言葉が出ない。生意気だ、小手調べのくせに生意気だ。

「何とでも仰ってください」
「…………むかつく」
「ふふ、すみません」

反省の色など微塵も窺わせない飄々とした表情のままで部下は笑う。つくづく、調子に乗るのもいい加減にしろというものである。


end.




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