Let's talk in old days



「ヤスタカ」
「あ、はい。何ですか?」
「そっちが終わったらこっち手伝え」
「はーい」

相変わらずのそっけない言葉に応え、ヤスタカは掃除の手を早める。トキワジム名物の厄介な移動床は、毎日大勢の挑戦者が来訪するせいで靴跡やら泥ですっかり汚れている。現在はポケモンリーグの開催時期であり、セキエイに最も近く、カントーで最もレベルの高いジムであるトキワジムには連日多くのトレーナーが勢い荒んでやってくるのだ。そうは言ってもトキワジムを勝ち抜けばリーグへの参加資格が与えられるだけはあり、レベルも技量も他のジムとは一線を画している。挑戦者はジムリーダーへ辿り着くことも出来ず、自らを小手調べと名乗るヤスタカをすら突破出来ずに出鼻を挫かれて帰っていくのが大半だった。例えヤスタカに勝ったとしてもアキエに蹴散らされるか、ヨシノリに負かされるのが関の山だ。テンとサヨにも及ぶトレーナーは本当に一握りだった。リーグの開催時期になってもう随分になるが、未だにグリーンの元へ辿り着けたトレーナーはゼロだ。そのせいか、グリーンは退屈をひどく持て余しているらしい。普段であれば清掃などヤスタカ一人に押し付けて執務室に籠っているのに、今日は真面目に黙々と掃除をしているではないか。時間になってフロアに入ってきたヤスタカは驚いたものだった。

「リーダー、手伝いますよ」
「ん、さんきゅ」

表情一つ動かさずに頷いたグリーンから除菌スプレーを受け取る。夕刻を過ぎたジム内は静かで、二人分のモップが床を擦る音しか聞こえない。

「――――なぁ、ヤスタカ」

不意に、沈黙を破ったのはグリーンだった。俄に不意を突かれたヤスタカが手を止めて顔を上げると、無表情のままグリーンがこちらを見詰めていた。怪訝に思ってリーダー?と声を掛けると、グリーンは僅かに目を伏せた。

「オレさ、ジムリーダーになってから結構経つよな」
「あぁはい、そうですね。俺と会ったのが丁度、三年前ですから」
「ナナシマでお前が声を掛けてきたのが初めてだったか」
「そうです。あの時のリーダーは図鑑を埋める為にナナシマを巡っていたんですよね」
「あぁ。レッドの奴に先越されてたまるか、って必死だった」
「そうなんですか?そうは見えなかったですけど」
「…………そうだよ」

昔を思い出したのか、それとも仇敵を思い出したのか、グリーンはゆるく笑った。郷愁の念に駆られているのか、幾分か表情が柔らかい。三年前にナナシマで偶然にも出会った時、ヤスタカが声を掛けたのはグリーンについて知っていたからだ。世界の権威、オーキド博士の孫であり、元チャンピオンであると。きっと知らなければ声を掛けることもなく、ただポケモンの特訓をしていただろう。

「あの時ってお前、オレのこと知ってたんだよな」
「えぇ、そうです。リーダーには思いっきり不審がられて『お前、誰?』って言われましたけど」
「そうか?覚えてねぇわ」
「ちょ、ひどいですよリーダー!」
「ははッ、嘘だって。覚えてるよ、ちゃんと」

嘆いてみせたヤスタカに、やっと快活に笑ったグリーンを見てヤスタカは安堵を覚える。ようやく、久しぶりに彼の笑顔を見たかもしれない。

「ほんとですか?」
「当たり前。だってお前がしつこく引き下がってなきゃ、ワタルからジムリーダー頼まれた時に了承してねぇもん」
「アキエやヨシノリ達も食い下がってたでしょう?」
「それでも、だ。お前のしつこさは随一だったからな」
「……お褒めに預かり、光栄です」
「褒めてねぇっつーの、ばーか」

くすくすと笑うグリーンの年相応の表情を垣間見て、どきりと胸が高鳴る。リーダー相手に恋をしているなんて、何度考えても報われない、どうしようもない感情だと思う。それでもこの人に対する想いは止められない。

「……でもさ、ヤスタカ。オレ、ジムリーダーになって良かったと思うことが最近よくあるんだ」
「そう、なんですか?」

少し、意外だった。リーグ開催時期の今はともかく、普段は最終ジムとあって挑戦者の数は少ない中でグリーンに辿り着くトレーナーはごく僅か。グリーンは毎日バトルとは程遠く、執務室で書類作成や承認作業、リーグからの連絡やはたまた研究所からの依頼などの仕事ばかりでフラストレーションが溜まっているように思っていた。

「そりゃあ、前に比べちゃバトルの回数は減ったけどな。ジムリーダーやってると、色んなトレーナー見れるだろ。型破りな攻撃型のバトルをする奴、守りを固めながら攻撃を欠かさない奴、状態異常や特殊技でじわじわ攻めてくる奴、レベルの高さで敵を圧倒する奴……ポケモンの数だけバトルの種類もあって、多種多様だ」
「そうですね」
「前のオレだったら、自分と相手以外のバトルになんて目を向けたりしなかった。多分、興味が無かったんだ。でも、ジムリーダーになってからは積極的に他人の戦闘を見る機会がぐっと増えた。執務室に籠る方が多かったけど、それでも昔より他人のバトルに……いや、他人に目を向けることが多くなったんだよ」
「へぇ……でも確かに前のグリーンさんは今よりずっと素っ気なかった気がしますね」
「そうかもしれないな…………でも、今は違う」

何かを振り切ったように、グリーンはヤスタカに笑いかけた。明朗で、非常にグリーンらしい笑顔だった。

「なぁヤスタカ、オレはお前に感謝してる」
「え、なんですか急に」
「別に急ってわけじゃねぇよ。……まぁ強いて言うならリーグ時期だから?」
「えぇ…………」
「嘘だよ。まぁお前は小手調べだかんな。一番バトル数も多いし、報告書も多いだろ」
「まぁそりゃ……ていうか小手調べっていうの、リーダーが勝手につけたんでしょ」
「ははッ、そうだったっけか?覚えてねーなぁ」
「嘘吐かないでください」
「怒んなってば、ヤスタカ」
「……怒ってないですけど、別に」
「ふふふ……でもなヤスタカ、そんなの抜きにしてもお前には感謝してるんだよ。本当に、な」

あぁ、こういうところがこの人は卑怯だなぁ、と思う。いつもの得意げで強気な笑みではない、はにかむような表情で殊勝に言われてしまえば、最早ヤスタカには反論の余地など無いのだ。

「……こちらこそ、ですよ」

熱くなった頬の熱を誤魔化すようにモップの柄を握り直し、そう返すのがヤスタカに出来る精一杯の返事だった。


end.




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