please tell me.



まさにうだるような暑さ、というのがぴったりな日だった。久しぶりに姿を見せた黒髪の幼馴染は、相変わらずの無表情を貼付けたままで帰ってきたかと思うと「やぁグリーン」と言った瞬間にいきなり玄関先でそのまま倒れた。やけにふらふらしているなとは思ったが、それはオレがシロガネ山に通っていた時もそうだったし、そんな様子でも何でも無さそうな顔をしてオレが持ってきた食料を黙々と食べていたので完全に面喰らった。というか、一瞬何が起きたのか分からずにその場に硬直してしまった。オレが我に帰ったのは直後に帰ってきた姉が上げた悲鳴のお陰だった。ナナミは倒れているのがレッドだとすぐに分かったらしく、固まったままのオレを揺さぶり、それでも反応が無かったので頬に思いっきり平手打ちをお見舞いしてくれた。あまりの痛さに叫ぶと、ナナミはずいっと顔を寄せてブラウンの瞳でオレを真っ直ぐ見据えた。

「ナナ「なに突っ立てるの。そんな暇があるなら早くレッドくんを運びなさい!」

命令に近いその言葉に逆らえるはずもなく、オレは慌ててレッドの靴を脱がせ、背中に背負ったままの重たいリュック(何がそんなにたくさん詰まっているのかは分からないが、とにかくずしりと重かった)を下ろして身体を抱きかかえた。レッドの身体は同年代の男にしては軽く、普段平然とした顔をしていてもこいつは顔に出さないだけなのだと思い知って僅かに胸が痛んだ。幼馴染ならば、親友ならばもっと早くその機微に気付いてやるべきだったのかもしれない。少しだけ重たく感じる足取りで、レッドをリビングへと運ぶ。ソファーに横たえたレッドの額にはじっとりと汗が滲んでいた。その顔色が蒼白なことに気付き、ずっと心配そうにオレの足元に纏わり付いていたピカチュウを見下ろすと、長い耳が寂しげに下を向いた。ナナミがそっと頭を撫でてやると少しだけ落ち着いたようだったが、それでもピカチュウに元気はない。その反応に、オレは悪い予感を感じ、小さな身体と視線を合わせるためにしゃがみ込んだ。

「…………なぁピカチュウ、もしかしてこいつ、ここまで歩いてきたとか……言わねぇよな……?」

恐る恐る言葉の通じないその相手に尋ねてみると、ピカチュウはしどろもどろと視線を泳がせ、それから悲しそうに小さく鳴いた。それは明らかに肯定を示していて。反応の方法すらも分からなくなったオレが、助けを求めるように隣の姉を見上げると、やはりナナミも呆れたような驚いたような表情でオレを見詰め返した。

「――――そんな、ここまで歩いて、って……シロガネ山からトキワまで歩いてきたって言うの……?」
「おいおい…………嘘だろ……」

言葉を失う俺たちに、ピカチュウが申し訳無さそうな声色で鳴いた。ふと、レッドの腰に目を落とすとベルトにはしっかりとモンスターボールが五個装着してある。その中でも最後に取り付けてある――――最も古いボールを外してみると、ボールの表面に小さな傷、それから見たこともない大きな傷跡があった。ピー、という鳴き声に振り返ると、ピカチュウが必死にオレのシャツの裾を引っ張っている。

「…………これ、リザードンか?」
「ピー!ピカーッ!!」
「あぁ分かったってピカチュウ、ちょっと落ち着けよ。……なぁ姉ちゃん、このボールって」
「えぇ、これはリザードンのボールでしょう。塗装が色褪せて剥がれかけているし、グリーンが前につけた小さな傷があるわ。……それにしても、この大きな傷は……」
「…………見たことねぇよ、オレも」

平静を装って吐き出した声色の低さに、自分が冷静さを欠いているのだとまざまざと実感した。ナナミがそっと立ち上がり、離れていくのを感じながら強く空いている方の拳を握り締める。月に一度は会っていた、連絡もたまにだが取っていた、オレでさえ知らなかった大きなそれは、一体いつ、どんな状況で、誰によってつけられたものなのか。彼が一言でさえも話してくれなかったという歯痒さと悔しさで心臓がキリキリと痛んだ。同時に沸き上がってくる悲しみに似た感情を押し殺すのことは、ひどく難しかった。視界がじわじわと滲んでいくのを止められないまま、オレは嗚咽を堪える。見下ろした先の端正な幼馴染は、いつもと同じ静かな表情のままで目を閉じていた。


end.




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