無題



まだ早い時刻に僕は叩き起こされた。というのも、何やら外から騒がしい音がしたせいだ。眠い目を擦りながらカーテンを開けた瞬間、窓から飛び込んできた人間に僕はそのまま押し倒された。あまりの衝撃とよく分からない背中の痛みに声にならない呻きを発しながら、その正体を確かめようと目を開ける。するとそこには二日前にも見たばかりの顔があった。暫くの間、どうして彼がここに居るんだろうと考えながらブラウンの瞳を見詰め返していると、いきなり胸ぐらを掴まれた。首が絞まって呼吸が苦しい。

「なんで無反応なんだよ!お前は幽霊か!もっと人間らしい反応をしろよ怖いだろうが!!」

いきなり怒鳴られたのでよく分からなかったが、取り敢えず僕は幽霊じゃないよと返しておくと、そんなことは知ってんだよ!と怒鳴られて耳がキンキンした。肩を怒らせながら鼻息も荒く睨みつけてくるグリーンは、何故だか分からないけれど怒っているようだった。憤りを露にしたままのグリーンをじっと見詰めて首を傾げる。

「じゃあ、なんでグリーンは僕のことが怖いの?」
「こ、怖くねぇよ!お前の反応が希薄すぎて不気味だってことだよ!ものの喩えに決まってんだろ!?」
「そう……ねぇグリーン、」
「んだよ!」
「重いから、どいて」

再び見詰め合い、それからはっと今の上昇に気付いたらしい慌ててグリーンは飛び退るように僕の上から降りた。いきなりマウントポジションを取ったくせにほとんど無意識だったようだ。乱れてしまったパジャマの襟を直しながら彼を横目で窺うと、耳が熟れた林檎のように真っ赤に染まっていた。グリーンがこちらに背を向けて両手で顔を覆ったまま、こちらを振り返ろうとしないのでそっと後ろから近寄ってその耳を摘んでやる。途端にぎゃあっと色気のない悲鳴を発してグリーンが飛び上がったのが愉快で思わず小さく笑った。その時の虚を突かれたようなグリーンの顔は、実に間抜けだった。

「レッド、お前なぁ…っ!」
「ねぇグリーン、」
「んだよ」
「昨日はナナミさんに止められててから来なかったの?」
「……なんで、それ」
「カマ掛けただけだったんだけど、当たり?」
「おまっ……!」
「そうなんだ」
「お前全く悪いと思ってねぇだろ」
「うん」
「ったく……――――レッド、お前」
「なに?」
「本当はオレが来た用件、分かってるんだろ?」

グリーンは開いていた手の平をぎゅっと握り締め、僕を見据えるように顔を上げた。薄いブラウンの髪が窓から差し込む朝日に輝き、ブラウンの虹彩が琥珀色に輝く。僕に向き直って座り直した彼は、少しだけばつが悪そうに歯切れ悪そうに僕に尋ねた。その表情がひどく気まずそうで、罪悪感に胸が軋む。

「……うん、分かってるよ」
「…………あの、さ、レッド。オレ「ごめん」
「……え、」
「あの時、バトルの直後に言ったのは悪かったと思ってる。僕はきっと、グリーンの気持ちを何一つ考えてなかった」

ごめんね。そう小さく呟くと、グリーンが息を呑んだ気配がした。それから、数拍間の無言。きっとこんなやり方はずるいんだと、自分でも思う。彼との勝負に勝った直後に僕は言ったのだ。グリーンのことが好きだよ。ずっと、好きだった。……好きだったんだ。呆然とした彼の顔が見ていられなくて、返事を聞くのが怖くて、半ば言い捨てに近い形で逃げるように帰ってきたのは紛れもなくこの僕だ。それなのに乗り込んできた彼の調子を崩しておいて、こうやってタイミングを狙って切り出した。長年の付き合いで、彼のどこを突けばいいのかなんてものは分かっていた。僕は、とても狡い人間だ。こうやってグリーンの先回りをしては逃げ道を塞ぎ、わざと答えを促している。

「……お前、さ、ほんとひでぇよな」

震える彼の声が今にも泣き出しそうな声でぽつり、呟いた。そっと窺ったグリーンの瞳は哀しそうな色を浮かべていて、心疚しさに胸がズキリと音を立てた。寂しげに無理矢理笑顔を貼り付け、彼は大きく深呼吸をして鬱憤を吐き出すように喋り出した。僕の目から目を逸らさないで。

「ほんとずりーんだ、お前はいっつも!……いつだって自分勝手で、オレが色んなこと教えてやっても礼なんて言いやしない!大事なことは最後まで喋らないし、聞かれても最低限のことしか言わない!ポケモンには笑うくせに人間相手には笑わないし、オレにだって笑ったことなんてほとんどない!かと思ったら真顔で突然変なこと言ったりするし、バトルになると目の色変わるし。……お前はとにかく、言葉が足りないんだよ……それなのに、喋ったと思えば、そういう、狡いことばっかり……しやがる…っ」
「――――グリーン…」
「んで、そんなこと、ばっかり……すんだよッ…!」

涙声で、しかし必死に涙が溢れるのを堪えながらグリーンは糾弾した。震える目蓋が痛々しくて、瞳を僅かに充血させる姿にまた胸が痛む。そっと、手を伸ばして頬に触れてみると彼の喉がひくりと震えた。琥珀を見詰めて、もう一度ごめんねと囁くと、今度こそグリーンは伏せた瞳から透明な雫を零した。頬を伝い、顎の輪郭を伝って流れ落ちた涙は絨毯に吸い込まれることなく留まる。どうして僕は、こんなことばかりしてしまうのだろう。言葉が足りないなんてものがただの理由なのは間違いじゃない。僕は回り道をして、彼を戸惑わせては道を塞いで彼の弱点を突くような言葉しか言わない。グリーンの弱味もなにもかもが分かっていることをいいことに。そんなことでしか彼の気持ちを測れない自分は、もしかして、とても臆病なのではないか。

「ねぇグリーン。これでこんな質問は最後にするから答えてほしい」
「―――……、」
「グリーンは、僕のこと、好き?」

瞠目し、息を詰めて僕を見上げるグリーンを静かに見詰め返す。これで、最後だ。彼の答えがどんな形でさえ、もうこれ以上彼を苦しめるような選択はしない。例えどんな結果になろうとも、構わない。彼の傍に居れなくなったとしても僕は、静かに此処から立ち去るだけの勇気を持たなければならない。それがきっと、今まで彼の心を傷付けてきた僕に出来る、せめてもの償いだ。

「…………レッド、オレは」


end.




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