無題



艶やかな黒髪に鮮やかな赤の瞳。彼が真っ直ぐに見据えた先にはシロガネ山。力強い目線を向けていた幼馴染はその瞳を一瞬だけ伏せ、それから呟くようにオレに零した。

「グリーン、」
「んだよ」
「僕はさ、ポケモンが好きなんだ」

唐突なその言葉に、暫時オレは返す言葉が出てこなかった。だってそんなことは普段のレッドを見ていれば分かる。バトルになると目の色が変わるし、少しも容赦なんてしない奴だけど、戦闘が終わればポケモンを労るように声を掛けるし、優しく撫でている。何度か野宿を共にしたこともあるし、一緒にポケモンセンターに泊まったことだってあるオレは、そんな彼の姿をいつも見てきた。

「何を今更……んなことお前見てりゃ分かるっつーの!」
「……でも僕は、ポケモンに対する愛情が足りてないんだって」
「は…………」
「愛情不足、なんだって」

息を吐き出すように呟いた声は弱々しく、まるで彼のものではないような声音だった。帽子の影になってレッドの表情は窺えない。それでも彼が傷付いていることだけは分かった。

「それ、誰に言われたんだよ」
「…………」
「……言えねーってか」
「――――……」
「別に、いいけどさ」

澄み渡ったスカイブルーの空を見上げ、重苦しくなった何とも言えない気持ちを吐き出すように息を吐く。いつだって無口で、それでいて恐れることを知らずに鍛え上げた技と力で敵を圧倒し、そして勝利してきた幼馴染がこんなにも打ち拉がれているのは初めてだった。これほどまでにこいつにダメージを与えた相手が一体誰なのか――――そんなことは彼が口にしない限り分からないし、オレだって無理に聞き出そうとは思わない。だけどレッドのポケモンに対する愛情が足りないなんて、そいつは一体こいつのどこを見て言ったんだ。確かにレッドは強いし、その分ポケモンの負担や傷だって多いだろう。それでも彼は決してポケモン達を見放したりはしないし、バトルが終わればすぐに怪我の治療をするかポケモンセンターへ走っていた。オレが見るレッドはいつでもそんな奴だった。暇なときはタマムシのゲーセンに入り浸ってるような奴だけど、その浪費はポケモン達に使っている道具に比べれば大したことじゃない。いつだったか、前にフレンドリーショップで出会ったときも道具に使いすぎてお金が足りないと零していた。

「嘘だろ、そんなこと」
「…………え」
「お前が愛情不足?ポケモンに対する愛が足りない?はんっ、そいつ笑わせてくれるなぁ。だってお前のどこが愛情不足なんだよ?無口気取ってるけどただのポケモン馬鹿、バトル馬鹿じゃねーか!親馬鹿なんてもんじゃねぇ、もうとっくに重症じゃねーか」
「なん……」
「否定すんのか?出来るのか?今まで散々ポケモン溺愛しといて?『僕はポケモンに対する愛情が足りてない』って?……笑わせんじゃねーよ!!」
「…………グリーン……」
「久々に会ったと思ったら何なんだよ、お前は今までの自分を否定すんのかよ!出来んのかよ!そんなお前の何も分かってねーような奴の言葉、鵜呑みにすんのかよ!甘えてんじゃねーぞ!そんな奴は、オレのライバルじゃねぇ!!」

勢いに任せて叫ぶ。普段は表情をほとんど変化させないレッドがその目を見開いて驚きの色を見せる。肩で荒い息をしながら、少し言いすぎただろうかと思ったが気にしない。だってこんなレッドはレッドじゃない。オレを打ち負かしてばかりの幼馴染はいつだって強く、凛々しく、自己嫌悪になんて陥らない奴だ。レッドの肩に乗ったピカチュウが怯えたような顔でオレを見て、しかし主人を心配するようにそっと彼の頬に自分の頬を擦り寄せた。その感触に我に返ったレッドは一瞬、泣きそうに表情を歪めてぎゅっと目を閉じた。

「れ、レッド……?」
「――――ごめんね、グリーン」

泣き出すのではないかと慌ててしまったのが情けない。叱責するように色々と言い放ったくせにおろおろと手が宙を彷徨っている所でレッドが身を開けて、気恥ずかしい気持ちになった。

「な、にが」
「……いつもなら気にしないような言葉だったのに、ちょっと弱くなってたみたいだ」

精神的に、とは言わなかったけれどレッドが自嘲するように浮かべた笑みが皮肉めいていて何も言えなくなる。肩のピカチュウが未だに心配そうに鳴くので、レッドは優しくその小さい頭を撫でてごめんねと零す。主人がやっと元に戻ったことを感じ取ったのか、ピカチュウは耳をしっかりと立てて嬉しそうに鳴き声を上げる。その嬉しそうな表情はきっと、姉に見せれば最高の評価が下されるものだろう。目を細めて相棒を見るレッドの表情も柔らかく、優しいものだった。

「それに、グリーン」
「?」
「僕はずっと、グリーンのライバルでいたいよ」
「……そう、かよ」
「うん」
「…………ずっと?」
「どっちかがチャンピオンになったとしても、ずっと」
「い……言ったな?今言ったな?言質取ったかんな!?」
「うん」

思わぬ言葉に焦って繰り返すオレに、彼は相変わらずのポーカーフェイスで頷く。じゃあ指切りしろよと手を差し出すと無言のままにそれは嫌だと返されて頭に来る。ピカチュウが無邪気に鳴く。あぁ、そうだ。こいつこそが、紛れもなくオレの唯一のライバルのレッドだ。


end.




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