漆黒の夜に閉じ込めて



「それじゃあお前の血をくれるのか」

榛より濃いブラウンの双眸がじっと僕を見詰める。明るくも昏くもない複雑な色を湛えたままで唇の端を吊り上げ、どこかニヒルに色気を滲ませた表情で微笑を浮かべてみせた。まるでこちらの情欲を煽ろうとするかのように。無意識の内に鳴った僕の喉を、彼が見逃してくれるはずもない。いっそう深く微笑んだバーティは僕の身体を軽々と引き寄せ、手首を掴む。容赦ない力で拘束された手首は血流が圧迫されていると訴えてくる。それでも見上げた先のバーティの笑みに逆らえるはずもなく、僕はただ沈黙を貫いた。

「なぁ答えろよレギュラス、」
「――――、」
「約束したよなぁ?お前の血を俺にくれるって」
「……そ、れは」
「まさかお前が約束を、」

破るわけはないだろう、と囁く声が耳朶から鼓膜へとダイレクトに響き渡る。艶やかさを孕んだ低音が僕の背筋を凍らせる。暖炉の炎に照らされていつもよりもずっと濃い色になった虹彩は僕を逃さない。捕らえられた僕が到底、足掻くことなど出来るはずもないのだ。僅かに拘束が緩んだと思えば、彼の右手がそっと僕の頬を撫でた。冷たい手が、指が肌を撫でる感覚はひどく鋭敏に感じられる。慈しむように丁寧なその手つきに、安堵するよりも震えた。どくりどくりと脈打つ心臓は本能的な恐怖と共鳴するように落ち着くことを知らない。レギュラス、ともう一度名を呼ばれてそろりと見上げる。嗤ったバーティの唇の間から覗いたものは、真っ白な牙。鋭く尖った大きなそれは、薄闇の中でも不気味にぎらりと煌めいた。反射的に思わず身を捩れば、ククッと低く喉を震わせて彼が笑う。なにを今更、怖じ気づいたのか?硬直する僕を嘲笑うかのようにそう呟き、彼は静かに頬から首へと指を滑らせた。流れるように鎖骨へ動く指は何かを見定めるようで、それが"場所"を吟味しているのだと解ってしまう。

「怖がる必要なんてないだろう?お前が拒否しなければ、酷くはしないさ」

喉を鳴らしながら、言外に暴れれば容赦はしないと言われて身体が凍り付く。バーティは愉快そうに肩を震わせ、真っ赤な舌が舌なめずりをする。ゆっくりと近づいてきた彼の唇が、探し当てた首筋の柔らかな皮膚に触れる。訪れるだろう痛みに、僕はぎゅっと目を瞑った。

「ッ、あ」

柔らかな感触が触れた、と思えばひたりと鋭利な牙が宛てがわれる。一瞬、気が遠くなるほどの鋭い痛みがあったと思えばぶつんと皮膚が食い破られる音が響いた。あまりの痛みに感覚が麻痺したのかと思ったが、次の瞬間には急激な快楽の波に呑み込まれて気が狂いそうだった。突き立てられた牙が深くまで侵入し、緩やかに僕の血液を吸い取っていく。その感覚はとても言い表すことの出来ないもので、血液が吸われると同時に今まで体験したこともない快感が込み上げてくるのだ。まるで脳髄から全身の神経、足先までもが一気に過敏になったかのように。首に添えられていた彼の指が僕の指に絡められただけで、びくりと肩が跳ね上がった。肌が一気に粟立って、背筋がぞくぞくと震える。その反応に気を良くしたのか、そのままバーティは体重をかけて僕の身体を好き勝手に触りはじめた。薄いシャツ越しに胸から腹、太腿と艶めかしい動きでなぞられる。ろくに動きも取れない状態で好き放題に弄られ、それでも彼は吸血行為をやめてくれない。もう頭がどうにかなってしまいそうだ。身体は熱く火照って、痛みなどとうの昔に忘れてしまっていた。今はただ、この快楽から抜け出したい。それだけだった。

「バー、ティ……ッ」

やっとのことで絞り出した声は震え、掠れていた。それでも聞き入れてくれたらしいバーティはぴたりと動きを止めた。息も絶え絶えに離してくれと懇願すると、体内からずるりと牙が抜け出ていった。その感覚すらもくらくらするほどで、僕はまともに起き上がることすら出来ない。腕が震えてまともに力が入らないのだ。

「…………レギュラス」

力の入らない身体を引き上げられて、抵抗も出来ない僕はそのままバーティの胸の中に捕まった。もうろくに動く力も残っていないようだった。吸血されるということが、ここまで体力と精神力を消耗するものだなんて知らなかった。ぐったりと彼の肩に頭を預け、僕は必死に呼吸を整える。少し落ち着いたのは心音だけで、それでも息苦しい。

「……すまない。やりすぎた」
「ひ、どくしないって……言ったのは、きみだろう……」
「あぁ……ごめん……」

強く、しかし僕の状態も考慮してなのか、比較的優しい力で抱き締められた。髪を梳く手つきはいつも通りで、謝る声も嘲りなどは含んでいない。そのことにようやく安堵して僕は身体の力を抜いた。弛緩した身体は重く、怠い感覚に支配されている。静かに目を伏せると彼が牙痕の残っているだろう首筋の箇所を撫で、そっと口付けた。僕が顔を上げると、伏せ目がちに見詰められる。

「……本当に悪かった」
「もう、いいよ。……それに、僕が自分の血をやるなんて言ったからだ」
「レギュラス、」
「―――きみの……気に障るようなことを、言ってしまったね」
「…………悪意があったわけじゃないだろう」
「あっても無くても一緒さ。きみを傷付けた」

当然の報いだよ、と吐き出すとバーティが何かを言いたげに眉根を顰めた。それに気付かないふりをして、僕は伸ばした指で彼の唇を拭う。付着していた真っ赤な血液は紛れもなく、僕自身のものだ。バーティはそれを見て何も言わず、僕の手首を掴んで血を舐め取った。ざらついた舌が皮膚を撫でる感覚は、先程のものとは明らかに違っていた。

「どちらにせよ、もう過ぎたことだろう。……もういいんだ、レギュラス」

小さく呟いたバーティの声が静寂の中に木霊する。彼の青白い肌にそっと触れると、やはり冷たかった。それでもただバーティが愛おしくてたまらない。いくら酷くされようが、彼が人外の存在であろうが何も変わらないのだろう。胸を締め付けるこの痛みも、高鳴り続ける鼓動も、きっとこのまま変容することなどありはしない。嗚呼、このまま薄闇の中に彼と共に溶け消えてしまえればどれだけ幸せであろうか。誰にも気付かれることなく、この世界から二人だけで。そんな夢物語に想いを馳せる僕の意識は、緩やかに浅い微睡みの中へと引き込まれていく。柔らかな眠りに落ちる一瞬、彼の微笑みが見えたような気がした。


(このままきえてしまおうか)



end.




ホーム / 目次 / ページトップ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -