sweet confectionery

※菜々子誕


ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデーディーア菜々子ちゃーん。ハッピバースデートゥーユー。

バースデーソングなんて歌ったのはいつ以来だろうか。楽しげな堂島さんと甥っ子くんとともに口ずさんだその歌はひどく懐かしく、暖かなものだった。満面の笑みでフォークを握り締める本日の主役の少女は無邪気に喜んでいる。ジュネスで買って来たであろうパーティグッズを身につけた菜々子ちゃんは、歌い終わった僕たちに素直にありがとうと笑った。

「菜々子、誕生日おめでとう」
「うん!ありがとうおにいちゃん!」
「どういたしまして」

まるで実の兄妹のように仲睦まじい菜々子ちゃんと彼は、そんな微笑ましいやり取りをしながらケーキを切り分けていく。上に乗った苺が眩しい真っ白なホールケーキは誕生日にこそ相応しい。菜々子ちゃんは彼が切ったケーキを崩さないようにそっとお皿に移していく。それを眺めながら堂島さんは柔和な表情でそれにしても、と呟いた。

「菜々子ももう八歳か……早いもんだな……」
「そーですか?」
「あぁ、俺にとっては早い気がするよ。……まぁ独り身のお前には分からんだろうがな」
「失礼な!分かりますよ!!…………多分」
「はは、お前もさっさといい嫁さんでも貰うんだな」

それが出来てたら苦労してませんよ、と口の中でもごもごと呟くと上司は容赦ない力でばんばんと背中を叩いてきた。この人は手加減というものを知らないのか。僕は恨めしい思いでじっとりと堂島さんを見上げてたが、菜々子ちゃんのできたー!という声に振り返った。僅かに形が崩れてしまったものもあるが、どうやらおおよそ綺麗に切り分けられたらしい。どれどれ、と確認した堂島さんが一番綺麗なものを菜々子ちゃんに、崩れてしまったものを僕に回したことは言うまでもない。今日ばかりは菜々子ちゃんが主役だから何も言えないけれど。

「じゃあ菜々子、食べようか」
「………………」
「……?菜々子、どうした?」
「あ、足立さんのケーキ……それ、菜々子のとこうかんするよ……?」
「――――え、」

あぁしまった。またこの子に気を使わせてしまった。いや、今回は堂島さんがさりげなさを装ってくれなかったせいかもしれないけれど。自分が失敗したものが僕の目の前にあることが恥ずかしいのか、もじもじと言いにくそうな菜々子ちゃんを見て堂島さんが困惑したように溜息を吐いた。甥っ子くんは何も言わずに菜々子ちゃんの様子を窺っていて、彼らしいといえば彼らしかった。

「おいおい菜々子、今日はお前の誕生日なんだ。一番綺麗なものを食べていいんだぞ?」
「……でも、そのケーキ菜々子が崩しちゃったやつだから……」
「…………菜々子……」

ぎゅ、とフォークを握る手に力を込めた菜々子ちゃんが見ていられない。この子が心優しすぎることは知っていた。だから自分のことよりも他人に気を配っては我慢してしまうのだろう。そう、今だって。ライトブラウンの丸い瞳を曇らせて思い悩む彼女は一生懸命で、そして誠実そのものだった。俯いた白い肌に髪の毛がかかって、鬱陶しいだろうにそんなことも気にせずに彼女は考えていた。

「――――菜々子ちゃん、」

呼び掛けるとぱっと顔を上げた彼女に微笑む。大丈夫だよ。気にしないでいいんだよ。そう伝わるように微笑んでみせる。戸惑うように揺らいだ瞳はまだ迷いを孕んでいて、それでも僕の気持ちは伝わったらしい。このままでいいよ、とそれだけ言うと彼女はおずおずと兄を見上げた。彼は優しく笑ってあげただけだったけれど、それだけで菜々子ちゃんには伝わったらしい。もう一度僕を見た彼女は、やっと綻ぶような笑顔で微笑んだ。

「ありがとう、足立さん」
「どういたしまして」

あどけない表情はまるで花が咲くように愛らしい。それからいただきます、とみんなで声を揃えて食べたケーキはとても甘くて、そして美味しかった。美味しそうに頬張る菜々子ちゃんを見れば、僕の中のぐちゃぐちゃしたものは全て消えていくような、そんな気がした。


(この甘さはきっと幻なんてものじゃないはずさ)



end.




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