浅い微睡みと幻影の少年



がたんがたん、がたんがたん。一定のリズムで身体が緩く揺さぶられているのを感じる。ひどく曖昧でぼんやりした意識の中で重たい目蓋を持ち上げようとしたが、上手くいかない。どうしてだろう、身体が異常に気怠い。まるで水中の、それも海底に居るかのように身体が思うように動かない。しかし感じるのは自由に動けない恐怖ではなく、なにか近くにある暖かい光のようなものへ対する安心感だった。視界は見えないが、淡い燐光が見えるような気がする。暖かく、優しい光のあれは一体何なのだろうか。

「あぁ、目が覚めたんだね」

その光がそっと口を開いた。俺よりも幾分か高い、ボーイソプラノの声。年下なのだろうか、少年は柔らかい口調で俺に呼び掛けてくる。

「おはよう、と言うべきなのかな。でも君にとって、ここでの目覚めは何回目なんだろうね――――。……僕が哀しんでいても、仕方のないことだけど」

僅かに寂寥を滲ませたような声で、少年の声は呟いた。彼の言ったことの意味は理解出来なかったが、どうしてこの少年は悲しそうなのだろうか。

「……そのままでいいから聞いてほしい。きっと再び目覚めた君にはここでの意識は残っていないだろうけど、君に………聞いてほしいんだ」

また、悲しげな声。まるで痛みを堪えるような、何かを躊躇うような、そんな響きの声音で少年は俺に請う。哀願にも似たその願いを、俺には断ることなど出来なかった。ゆるく頷くと、彼は小さな声でありがとうと囁いた。その声は僅かに、安堵したような色を孕んでいた。

「君は、何度もこの世界を巡っている。周回を続ける君にはその周ごとの記憶は残っていない。だけれどいつも、君が辿り着く結末は同じだ。全ての元凶へ辿り着くことが出来ず、真実は霧の中に埋もれたままなんだよ」

信じられないようなら戯言だと思ってくれても構わないよ、と少年が自嘲気味に呟くのを聞いて胸がつきりと痛んだ。確かに確証も何も無い、現実味が薄くて信じ難い話ではあるが、俺には彼が嘘や虚言を言っているようには思えない。口を開いても酸素が押し出されていくだけで声にならず、俺は悔しさに歯噛みした。しかし彼には伝わったらしく、少年がゆるく微笑んだような、そんな気配がした。

「――――ありがとう。孝介、君は優しいんだね。そして、しっかりと物事の本質を見抜く力を持っている。それこそが真実を掴み得る力だ。…………きっと、今回こそ出来るよ」

励ますというより、労りに近い言葉を紡ぎながら彼は微笑む。見えないはずのその笑顔は、暖かくて柔らかいような気がしてならなかった。彼がどんな理由で俺のことを知っているのかは分からないし、知ることも出来ないのだろう。それでも彼が――――もしこれが夢なのだとしても――純粋に俺のことを大切に想ってくれていることだけは伝わってきた。

「どうやら君は、僕のことを信じてくれているらしい。嬉しいよ、すごく。……そして、今の君なら何も不可能なことなんて無いはずだ。ワイルドの能力、戦闘力、思考力、心の強さ、優しさ――――どれを取っても、君が真実を掴むことに何も無理なことなんてないんだ。記憶が無くとも、必ず出来るから」

寂寞を孕む声で、彼はしかし微笑みを絶やさないままに告げる。何を堪えているのだろう、まるで哀しみや憤りを耐え忍んでいるような声が俺の心に刺さって痛い。俺を無条件に支えてくれるこの心優しい少年の哀しみを、すこしでも和らげてあげたかった。だのに彼は再び、微笑む。

「君には慕ってくれる仲間がいる。相棒がいる。家族がいる。大事な人がいる。そのことを忘れてはいけないよ。君と周囲の人々を結ぶ"絆"は決して一過性のものじゃない。永遠に続いていく、とても大事なものなんだ。…………だから、」

そこで言葉を切り、彼は何かを告げようとして一瞬の躊躇いの後に飲み込んだようだった。

「今度はきっと、大丈夫。君と、君の仲間達なら絶対に真実を手にすることが出来る。人の――――人間の可能性を、見せてやるんだ」

彼の、真摯な言葉が真っ直ぐに胸へ突き刺さった。何故だかひどく、哀しみと嬉しさが同時に込み上げてきて、もしかしてこれは彼が言っていた所の、消えた記憶の自分の記憶なのだろうかと思った。溢れそうになる感情の波に戸惑っていると、不意に身体を揺らしていたリズムが止まった。

「さぁ、約束の時間だ」

囁きが聴こえたと思った瞬間、俺の意識は一瞬にして真っ白に染まる。意識がだんだんと薄れ、遠ざかっていく。抗うことが出来ず、瞳を閉じかけた一瞬――――見えないはずの彼の笑顔が映ったような気がした。


(可能性の最果てで、君に会いたい)



end.




ホーム / 目次 / ページトップ



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -