きらきらひかる

※七夕


きらきら、きらきら。
彼女の瞳はきらきらと輝いて、僕になにかを連想させた。まんまるなヘーゼルブラウンの瞳は嬉しそうな色を浮かべてパステルカラーを見つめている。

「えへへ、菜々子なにかこうかなぁ」
「時間はたっぷりあるから、ゆっくり決めればいいよ」
「……お兄ちゃんは?」
「え、俺?」
「お兄ちゃんはおねがいごと、ないの?」
「……俺は………そうだな……うん、書こうかな」
「わぁ、ほんと?」
「あぁ。短冊書くのなんて久しぶりだけど……菜々子、一枚貰ってもいい?」
「うんっ!お兄ちゃんは水色ね!」
「ありがとう」

柔らかく微笑んだ従兄に彼女はにっこりと明るく笑う。紅葉のようなちいさな手が空き箱の中から水色の紙を取り出して渡す。受け取った彼も、ひどく嬉しそうに微笑む。彼のことを彼女が『おにいちゃん』と慕うのも自然なぐらいに、この子達は実の兄妹のように仲が良かった。ひどく穏やかで優しい、あったかい関係だ。その時、ふと彼がこちらを振り向いて僕の名前を呼んだ。

「足立さん、」
「あ、なに?」
「足立さんも短冊、書きませんか」
「えっ……僕が?」
「あっ、足立さんもかくの!?」
「い、いいよいいよ、僕そんな願いごとなんて……」
「あのねっ、菜々子たんざくいっぱいあるから足立さんにもあげるよ!」
「え、ちょ、菜々子ちゃん」
「えーっとね、足立さんの色は……」
「あー……っと……」
「足立さん、菜々子に付き合ってあげてくれませんか」

菜々子ちゃんが空き箱をがさがさと漁り出して、その嬉しそうな表情に断るに断れなくなっていると、彼が苦笑しながらそう言ってきた。言い出したのは君だろと恨みがましく言うと、悪いと思っていないような表情ですみませんと返ってくる。そんな彼はきっと彼女のことが大切で愛しくてたまらないのだろう。僕に頼む目は慈愛に満ちて暖かかった。

「……分かったよ」
「ありがとうございます」
「キミ、絶対にわざとだろ」
「え?何がですか?」
「………確信犯……」
「あったー!はい、足立さんは赤色だよ!」

ぱぁっと花が咲いたような笑顔になって箱から顔を上げた菜々子ちゃんは、テーブルを挟んで向かいに居る僕の横まで走ってきて赤の短冊を渡した。小さく、柔らかくて暖かな体温が僕の冷たい手に一瞬だけ触れて、離れる。彼女は僕が短冊を受け取ったことを確認すると、そのまま僕の隣に座って笑った。

「あのね、菜々子みんなでおねがいごと書きたかったから、うれしい!」
「……みんなで?」
「うん。がっこうであした書くんだけど、菜々子おうちで書きたかったの」
「それは……家族でってこと?」
「そうだよ!かぞくで!」
「でも僕は………堂島さんが今日帰って来れないから代わりに来ただけだよ」

菜々子ちゃんの言う中の『かぞく』とは実の父親である堂島さんと亡くなった奥さん、そして春に居候としてだが迎え入れられ、家族として認められた彼の三人だろう。それなのに彼女は無垢な瞳を曇らせることもなく屈託の無い笑みを僕へと向けた。違うんだよ菜々子ちゃん、キミが言う『かぞく』の中に僕を入れてはいけないんだ。そもそも『かぞく』なんてものに、僕がなれるわけがないのだから。

―――それなのに彼女は、不思議そうに首を傾げて何の迷いも無く僕に微笑みかける。

「足立さんも、かぞくだよ?」

幼い声が紡いだ、ひどく優しいその言葉に何も返せなくなった僕は、静かに息を飲み込んだ。吸った空気は鉛のように重たく、僕の喉は奇妙な音を立てて鳴った。

「あのね、お兄ちゃんもさいしょはほんとのかぞくじゃなかったけど、今はかぞくだよ。だから足立さんもかぞくなんだよ」
「―――……、」
「……足立さん?」
「―――やだなぁ菜々子ちゃん、嬉しいこと言ってくれちゃって。ちょっと僕、びっくりしちゃったよ〜」
「足立さん、うれしい?」
「もっちろん!菜々子ちゃんにそう言ってもらえるなんて僕は幸せ者だよ。あ、でも堂島さんに怒られたりしないかなぁ……」
「そんなことないよ!だってお兄ちゃんもおとうさんも、足立さんのことかぞくだっておもってるもん!ね?」
「そうだね、菜々子」
「や、やだなぁキミまで…」

暖かく微笑む兄妹の表情に苦笑しながら手中の短冊を見下ろす。赤い短冊の色はひどく不吉で禍々しいなにかを思わせるもので、しかし僕はそのことに気付かないふりをして菜々子ちゃんに笑いかけた。

「さーて、短冊書いちゃおうか」
「あ、まって菜々子まだきめてない!」
「ゆっくりでいいんだよ、菜々子ちゃん」
「……足立さんは、もうきまってるの?」
「そうだね、決まってるかな」
「うーん、どうしよう…」

彼女の表情はくるくるとよく回って、ちいさな頭を一生懸命動かして考えているのが伝わってきた。ぎゅっと鉛筆を握る手は幼く、眉根を寄せても表情はやはりあどけなくて。それでも、彼女がたくさんあるであろう願いごとの中から一つだけを選ぶという、大きな悩みに必死なのがよく解った。それほどまでになにかに―――きっと彼女の願いとは周囲のためであろう―――必死になれる菜々子ちゃんは、とても眩しかった。


×


「今日はありがとうございました」
「いや、楽しかったよ」
「付き合わせてしまってすみません」
「あぁ、付き合わせたっていう自覚はあるんだ」
「だって足立さん、こうでもしないと付き合ってくれないじゃないですか」
「そんなことないよ」
「……本当に?」
「菜々子ちゃんの頼みなら断れないし」
「はは、足立さんも菜々子には甘いんですね」
「よく言うよ、キミこそベタ甘じゃないか」
「それは否定しませんけどね」

他愛のない会話をしながら彼と人気の無い道路を歩く。七月上旬の夜は昼間のような蒸し暑さも無く、涼しくて心地好い。吹き抜ける夜風に目を細めていると不意に彼が小さく声を上げた。振り向いて彼の視線の先を見上げると、

「あ…………」

見上げた夜空は一面がきらきらと輝く星でいっぱいだった。

「すごい……稲羽は本当に星が綺麗だとは思っていましたけど、天の川がこんなにも綺麗だなんて」
「―――…・…」
「足立、さん?」
「あ……あぁ、ごめん、ちょっと驚いて」
「そういえば、足立さんも都会から此処に来たんでしたね。じゃあ、こんな空を見たのは俺と同じで今日が初めてだったんですね」
「……そう、だね。こんな空は、生まれて初めて見たかもしれない」

うっとりと目を細める彼と一緒に暫時、星空を眺める。その時間はやけに緩やかで、僕は少しの間だけ目を閉じてみた。

「あ、流れ星」

彼の声に耳を傾け、僕のことを『かぞく』だと言ってくれた少女の姿を思い出す。ほんの少しだけ、いま、一瞬だけでもいい。だから僕にもどうか、流れ星に願う時間をください。


×


きらきら、きらきら。
瞳を閉じてもなお、目蓋の裏で輝く無数の星たちは僕になにかを連想させた。その正体が彼女の瞳なのだと気が付いた瞬間、僕はひどく泣き出したくなった。


(それが、身の丈に合わない願いなのだとしても)



end.




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