みずうみの寓話



美しく流れるプラチナブロンドの髪と青白い肌の彼は、静かに湖面を眺めていた。風に揺れる水面を見下ろす薄いグレーの瞳は冷めた色をしていて、何処か感情を感じさせない。綺麗な横顔は何かを憂いるように陰を帯びていた。その表情が、どうしてだろう、僕の胸をひどく締め付けたのは。

「……ドラコ」

呼びかけると数拍の後に彼がゆっくりと振り向いた。風に煽られてプラチナブロンドが陽光に光ってきらきらと輝く。その美しさとは反対に、彼の瞳は光を欠いていた。

「―――なんだ、お前かポッター」
「お前かって……そんな言い方はないじゃないか」

わざとらしく溜息を吐きながら柔らかな芝生を踏み締める。革靴越しに若草の暖かさを感じた。そっと目線を上げて窺うと、ドラコは再び湖面に視線を戻して黙りこくっていた。

「……ねぇ。湖に、何かあるのかい?」

そう訊いた僕の声はざぁ、と吹き抜けた風に掻き消されてしまって、きっと彼には届かなかっただろう。少しだけ残念に思いながら自嘲に笑みが零れた。いつだって僕の想いは彼の心には届かない。一方通行なこの不毛な恋は、形を留めないままに積み重なるだけなのだろう。そんなことは、とっくの昔から分かっていたはずなのに。……それなのに、哀しいのはどうしてだろうか。

「―――……何も、」
「……え?」
「何も……無いんだ、きっと」
「何も無い…?」

聞えていたのか、という驚きと呟かれた答えの意味が理解出来ないのとで僕は彼を見詰め返した。つい、とこちらを見遣ったドラコは僅かに息を吐き出してその場に座り込んだ。

「隣に座っても?」
「―――…勝手にしろ」

素っ気ない返事に苦笑しながら彼の横に腰を下ろす。木々の隙間から僕らに降り注ぐ光は、ただ暖かかった。

「それで、何も無いっていうのは?」
「そのままの意味だ」
「でも湖にはたくさんの藻や水草や魚が居るじゃないか。あと……そうだ、水中人とか」
「…………そういう話じゃない、ポッター」
「え?」
「湖の、中に居るものじゃない。…………底にあるものだ」
「―――底に…?」

膝を掻き抱くように身体を丸め、伏せた瞳で輝く水面を見詰める。謡うように、零した彼はちいさな声で続ける。それはまるで、何かを後悔するような、懺悔を求めるような声色で。

「ずっと……幼い頃から水底には宝箱があると思っていたんだ」
「大きくて煌びやかな装飾がいくつも施された、美しい宝箱があると」
「……それなのに、いつの日か、僕は気付いてしまったんだ」
「水底には宝箱なんてものは無くて―――」
「それどころか、何も存在しないってことに」
「はは、滑稽だろう?」
「まるでマグルの子供のように、有りもしない幼稚なものを信じて」
「自分で信じておきながら、裏切られたと騒ぐんだ」
「―――……なぁポッター、」
「僕は実に、情けないだろう?」

澱みのない口調だというのに、低められた彼の声は分かり易すぎるほどに上擦っていて、瞳を縁取る睫毛は今にも涙を零さんとばかりに震えていた。痛々しくも自分で自身を傷付けるような言葉ばかりを羅列する彼を見ていられなくてゆっくりと彼の肩を掴んだ。僅かに跳ねた彼の細い肩は、しかし何の抵抗も示さなかった。俯いた彼の表情は窺えなかったが、血色の悪い唇がぎゅうと引き結ばれていることに気がついて僕は込み上げる衝動を抑えきれなくなった。感情に任せて彼の身体をぐい、と抱き寄せて掻き抱く。仄かなコロンの香りが鼻を掠め、それが彼の父親と同じものだと分かってしまった。それでも僕は腕の力を緩めずに彼の肩口に顔を埋めた。もう、これ以上彼を放ってはおけない。

「ドラコ」
「―――…ポッター、やめろ」
「嫌だ」
「今すぐに離せ」
「断るね」
「…………どうして」
「だって、ドラコ」

きみがあまりにも泣きそうな顔をするからだよ。諭すようにそう囁いた途端、腕の中の身体が大きく跳ねた。僅かに漏れ出した小さな嗚咽は、やがて大きくなり、すすり泣きへと変わっていった。僕は肩に染み込んでいく、暖かな彼の悲しみを感じ取りながら、彼の頭越しに湖を見据えた。明るい水色の水面の下にある、深い紺碧の水底にある宝箱を、彼のために見つけ出すために。


(たからばこのなかに、いつかのきみを見つけるんだ)



end.




ホーム / 目次 / ページトップ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -