ヤキモチとチョコレイトとキミ

※バレンタイン ※中学時代


2月14日、1年3組の教室はざわざわとした喧騒に包まれていた。その中で艶やかな黒髪の少年が緩慢な様子で口を開き、隣の席に座っていた男子生徒に話し掛けた。その表情は、ひどく退屈そうで、それでいて唇は弧を描いていた。まるで悪戯を画策している子供のように。

「ねーねー新羅ぁ」

名を呼ばれ、隣の少年は少し大きな黒目がちな目を落としていた文庫本から上げた。

「ん?」
「………なに、読んでんの」
「あぁ、この本かい?これはほら、」

新羅は本の装丁を少年―――臨也に見せてみせ、にっこりと擬音が付きそうな笑顔で笑った。

「………『食虫花の生態とその秘密』…」
「あっ臨也それだけじゃないってば!」
「は?」
「ほらその下のサブタイトル見てよ、素敵だから!」
「……『〜虫を捕らえるその意図は!?ミステリアスな食虫花ワールドとは一体!〜』…」
「ねっ、すごく興味をそそられるだろ!」
「どこが」
「なっ…臨也にはこの素敵滅法なサブタイトルが響かないのかい!?信じられない!」
「俺はこんな微妙にカルトじみたサブタイに心躍らせてる君が信じられないよ」
「何を―――「岸谷くんっ」

2人が埒の開かない会話を尚も続けようとしていると、その会話は控えめな女子生徒の声で遮られた。

「あの、ちょっといい…?」
「え、僕?」

きょとん、とした表情で自分を指差して首を傾げた新羅に女子生徒はこくこくと頷いた。その頬が林檎のように真っ赤に染まっているのを見て、臨也はすうっと赤い瞳を細めて女生徒を眺めた。確かこの生徒は1組の『高井』といった名前の生徒だったか、と脳内にインプットさせていた情報を引き出しながら。

「………」
「き、岸谷くんに、話があるんだけど…」
「何かな?あっもしかして生物部の入部希望かい!?」
「え…っと、違うんだけど…」
「あ……そう…」
「ご、ごめんねっ」

あからさまに落ち込んだ態度の新羅に女生徒は慌てて謝る。どうやら酷く気が弱い性格らしい。

「いや、こっちこそ早とちりしちゃって…ごめんね?」
「ううんっ、いいの…それより…」
「あぁ、君の話だよね。話していいよ?」

極めて紳士的に新羅は微笑んで女生徒を促すが、彼女は困ったように視線を泳がせるばかりだった。

「?どうしたの?」
「あの、ここじゃちょっと…」
「?」

心底不思議そうに尋ねてくる新羅に、女生徒は困りきって臨也に助けを求めるような視線を送ってきた。

「…はぁ、」

臨也が溜息を吐くと、女生徒は更に恐縮したように眉根を寄せてしまった。内心物凄く面倒に思いながらも、臨也は仕方なく口を開く。

「新羅、この子は君に此処じゃ話しにくい話があるんだよ」
「え、」
「そうでしょ?」

助かったという安堵の表情を浮かべていた女生徒は「そう、なの」と頷いた。

「そうだったの?ごめんね?」
「えっと、じゃあついてきてくれる…?」
「あぁ、勿論」

目を丸くしてそんなことを言いながら新羅は立ち上がり、女生徒を追って廊下へと出て行った。

「………あー、あ…全く、やだなぁ…」

新羅の学ランの真っ黒な背中が消えていったのを見送った臨也は重苦しい溜息を吐き出し、椅子の上で所謂体操座りをして、身体を小さく丸めた。膝の間に顔を埋め、吐く息は何処までも熱く。

「嫉妬、か…」

自嘲気味に呟いたその掠れる呟きさえも、確かな熱を孕んでいた。


×


「臨也ー」
「あぁ新羅、おかえり―――…それは?」
「あ、これ?」

比較的早く、10分程度で帰ってきた新羅はサーモンピンクの可愛らしい袋を携えて帰ってきた。臨也にそれを指摘された新羅は微妙な表情を浮かべて袋を持ち上げる。

「貰っちゃったんだよねぇ…『私の気持ちです、受け取ってください!』なんて言い捨てて、彼女は逃げてっちゃったし」
「…そう」
「いいのかなぁ、僕なんかが貰っちゃって」
「いや、君にあげる為に彼女は作ってきたんだろ」
「そうかなぁ…折原君はどうして言い切れるんだい?」
「雰囲気で分かるじゃないか」
「そう、かなぁ…」
「………そんなもんだよ、普通は」
「ふうん…」

新羅は感慨深そうに顎に手を添えてふむ、と考える仕草をしながら椅子を引いて腰を下ろして―――ぴたりと動きを止めた。

「折原君…それ、どうしたの」
「ん?なにが?」
「何って、その高そうなチョコだよ。君も貰ったのかい?」

新羅が目を丸くして見つめる卓上には、如何にも高級感の漂う、高そうなブラウンの小箱がちょこんと鎮座していた。

「違うよ、新羅」
「へ、」
「これは…俺から君へ、だよ」
「………え…?」

間の抜けた声を上げた新羅をちらりと見遣り、臨也はぼそぼそと、小さな声で呟くように言葉を紡ぐ。その顔は耳たぶまで仄かに赤らんでいた。

「だから、俺から新羅に、バレンタインチョコ、だって…」

次第に尻すぼみになりながらもそう言った臨也を見詰め、新羅は暫くの間は呆けた顔をしていたが―――不意にふはっと吹き出して、笑い出した。

「あは、あはははっ」
「なっ…なに、笑ってんだよ、新羅!」
「いや、なんでも…っはは」

新羅はひとしきり笑い終わると、柔和な笑みを浮かべて小箱に手を伸ばし、その輪郭を確かめるように触れた。それから嬉しげに目を細めて臨也を見上げ、頬杖をついたままで臨也の名を呼んだ。

「…なに」
「これ、ありがとね」
「―――…うん」

新羅の言葉に、臨也は目を逸らしつつ真っ赤に染まった顔でただ頷いた。


(あぁもう、どうせキミは俺なんか見てもない癖に)
(そんなキミに振り回されてる俺も、よっぽどどうかしてる)



end.




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