妄執に捕われた虜



傷口から滲んだ鮮血をじっと見下ろす、その瞳がひどく陶酔した色を浮かべていて、私はぞくりと悪寒に近い感覚を抱いたことを覚えている。


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「っ……!」

視界の端で鮮血が飛び散り、私は慌ててそちらに目を遣った。視認した先では花村くんがアルカナカードを大振りの苦無で打ち砕き、自らの分身であるペルソナ――――スサノオを青い炎の中から喚び出した。炎を振り解くようにスサノオが身を躍らせると疾風魔法、ガルーラが敵のシャドウの中でも一際大きなものに襲い掛かる。強烈な竜巻に身体を呑まれ、シャドウは一気に体力を削られたようだった。しかしスサノオが役目を終え、虚空にその身を溶け込ませた瞬間、花村くんの身体が支えを失ったようにふらついた。先程の攻撃で月森くんを庇った際に受けた傷が彼の腕にあり、見た目ほど深くはないらしいが真っ赤な血が流れていた。

「花村くん!」
「っう……、天城、大丈夫だって」
「でもっ……」
「平気だよ、このくらい――それより、まだだ」
「―――……うん!」

花村くんの言葉に頷いて精神を集中させる。宙に出現したカードを渾身の力を込めて扇子で叩き割る。燃え上がったカードの破片の炎が広がり、その中から自身のペルソナ、コノハナサクヤが顕現する。真っ赤な花びらを身に纏った姿――――それにさっき目にした彼の怪我を思い出して集中力が揺らぎかけたのを必死に抑制する。これくらいで動揺しちゃ駄目。もっとしっかりしなきゃ、私はこれから何も守れない。守られてばかりじゃ駄目だって、そう思ってこの戦いを続けているんだから。

「ペルソナ!」

コノハナサクヤが扇が開くように腕を大きく広げると熱風が巻き起こり、火炎がシャドウを全て包み込んだ。火炎魔法のマハラギオンに呑み込まれ、シャドウはほとんどダウンした。どうやら火炎が弱点だったみたいだ。しかしその中に一体だけ、弱点ではなかったらしいシャドウが蠢いていた。

「あっ……まだ……」
「雪子、あたしが行くっ!」
「千枝…!」
「任せて任せてっ!いいよね、月森くん!」
「あぁ、里中頼んだ」

リーダーである月森くんの了解を得て、千枝が大きく頷く。追撃をするのだ。千枝は静かに息を吸い込んで一気に助走をつけてシャドウめがけて走り寄り、身体のバネを駆使した強力な蹴りを放った。容赦ない蹴りをまともに食らったシャドウは情けなくも砲弾さながらの勢いで吹っ飛ばされて彼方へと消え去っていった。

「里中、よくやった!」
「流石は千枝!」
「よっし、総攻撃行っちゃうよー!」

千枝の合図で私達は残ったシャドウの群れに突っ込んだ。ダウン状態のシャドウに攻撃を繰り返し、敵はあっという間に真っ黒な塵となってその姿を消した。戦闘が終わったことに息を吐き、荒くなった呼吸を整えていると、背後で不規則な呼吸音が聞こえて私はばっと振り返った。花村くんがシャツの胸元を握り締めて俯いたまま肩で息をしている。

「やっ……花村くん!」

そうだ、花村くんは怪我を負ったままで戦っていたんだった。腕の傷は激しい動きのせいですっかり開いてしまったらしく、ぼたぼたと血が滴っては床に落ちる。急いで駆け寄ると、苦しそうな表情で彼が笑おうとするから胸がぎゅっと痛くなった。こんな時まで無理して笑わなくてもいいのに。

「天城、平気だから……」
「でも傷口が開いてっ……!」
「天城?どうかしたか?」
「どーしたの?」

私の声に気がついた月森くんと千枝がこちらに歩いてくる。しかし、彼の状態を伝えようと私が口を開いた瞬間、花村くんが怪我をしていない方の腕を私の前に伸ばしてそれを遮った。床の血痕を靴で踏みつけて隠して。彼の表情をそっと窺うと、にこやかな表情を浮かべているのに目が笑っていなかった。

「なんでもねーよ、ちょっと転けそうになっただけ」
「……陽介はドジだな」
「へへ、うっせーよ」
「ったく、花村ってばほんとおっちょこちょいだよねー。そんなことで雪子に心配掛けんなっつーの」
「わーってるよ。つか、里中にだけはおっちょこちょいとか言われたくねーよっ」
「はぁ!?」
「でも、里中は陽介ほどじゃないよ」
「あ、里中贔屓だろ月森っ!」
「さぁな?」
「へへん、花村ドンマーイ。ほら、さっさと次行くよー!」

"いつも通り”の花村くんに何の疑問も感じなかったらしい二人は笑いながら背を向けて先へ進んでいく。その後ろ姿を見詰めながら、何となく視線を上げられないままで私は花村くんに声を掛けた。

「花村、くん……その……」
「ん?あぁ、天城、これくらい平気だからさ」
「っ………あの、迷惑…だった?」
「へっ?」
「その……余計なお世話だったかな、って……お節介だった…よね?」
「そ、そんなことねーよ!」
「………ほんとに?」

そっと視線を上げると、照れ臭そうに微笑まれて少しだけ安堵した。良かった、"いつもの"花村くんだ。

「でも一応、ディアラマした方が…私の方がSP残ってるから、やるよ?」
「あっ、いや、それは………いいよ」
「……え?」
「あー、ほらこれ、月森のこと庇って出来た傷だからさ」
「…?」
「えーっと……ほら、言っちゃえば名誉の負傷っつーか…いや、それは違うか…まぁそんなもんだからさ!いいんだよ、このままで!」
「そう……なの?」

あまり理解出来ないままで首を傾げると花村くんが困ったように苦笑したから、きっと男の子にしか分からない感覚なんだろうと思った。名誉の負傷って、確かにかっこいいかもしれない。

「―――それに、さ」

花村くんが声のトーンを低めて呟くように続ける。その声にどこか違和感を感じて彼の横顔を見上げる。その視線はまっすぐに前を歩く月森くんの背中を見ていた。まっすぐに、揺らがないヘーゼルブラウンの双眸で。

「あいつを庇って出来た傷なんて、俺にとっては――――…」

血が滲む傷口を見下ろす瞳は奇妙な笑みを含んでいて、低められた声は艶を孕んでいた。そこに私はどうしようもなく――――妄信的な何かを感じ取ってしまって、思わず身を引いた。この違和感の正体は、もしかして。

「………天城?」
「っ、あ…………」
「あぁごめんな、早く行こうか」
「……う、ん…………」

私の背筋を這い上がる寒気は紛れもなく本物で、だけれどきっと花村くんが"彼"に抱いている感情も紛れもない本物なのだろう。それでも私は彼を嫌うことは出来なくて――――このまま想いを募らせていくのならば、きっと私も彼と同じように、

「天城?」
「………今、行くよ」


(あなたもわたしも檻の中なの)



end.




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