それはまるで茨の棘



中性的な顔立ちに高校生離れした妙に大人びた言動。物事を何処か客観的に静かに捉えている様子にとてつもなく惹かれたのは一体いつだったのだろうか。気がつけば俺は度々現れては意味深な言葉を残して去っていく彼女を目で追っていた。きっと初めは、現役高校生にして警察にその能力を買われるほどの頭脳を持っているということに興味を持ったのだと思う。だけどいつの日からか俺は、もっと彼女について知りたいと思っていた。探偵業をやっている理由や俺たちに何かと絡んでくる理由だけではなく、彼女自身のことについて。

それから彼女が無茶をして誘拐され、自らの内に抱えていた大きなコンプレックスと悩み、劣等感を知って、そしてギャップの激しい内面と可愛らしさに更に惹かれた。男社会である警察の中で必死に自分が下に見られないようにマニッシュな雰囲気を繕い、男装で自我を保とうとしていたその必死さにひどく、庇護欲をそそられたのかもしれない。彼女が仲間に加わり、共に過ごす時間が増えていくにつれて、少しずつ心を開いてくれる彼女はとても魅力的だった。だんだんと接し方と弄り方が分かってきた頃には俺はすっかり彼女の虜だった。


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「直斗くーん」
「あ……花村先輩」
「今から帰るとこ?」
「はい。花村先輩もですか?」
「そう。今日はバイト休みなんだよねー」
「そうなんですか」
「な、一緒に帰らねぇ?」
「えっ…………僕と、ですか?」
「他に誰がいんだよ」
「あ、そう……ですね…すみません」
「なーんで謝るんだよ。ったく、律儀な奴だな」

苦笑しながらトレードマークの帽子を軽く叩くと上目遣いに睨みつけられた。恥ずかしさで少し赤くなった目元が彼女の幼い一面を覗かせて不覚にもどきりとする。性別が判明した今でも、普段は男として振る舞っている直斗が時たま見せる女の表情は他の女子の比では無い。尚更、惚れ込んでしまっている俺からすれば。

「…悪いですか」
「別に。そゆとこ、可愛いんじゃねぇの?」
「なっ…!からかうのはやめてください!」
「からかってねーよ、実際可愛いもん」
「や……やめてください…」
「―――…直斗、」
「…………」
「怒った?」
「……別、に………」

俯いて歩く速度を緩めた彼女を、横目で窺ってみるがその表情は見えない。だけれど彼女が本気で怒ったわけでは無いことは薄紅に色づいた耳朶で分かる。幼い頃から可愛いとか女らしいとかいう言葉とは程遠かった直斗にすれば、最近になって俺やりせを始めとする周囲からそんな言葉を投げられるたびにどう応えていいのか分からないのだろう。分かってはいるのだがこの反応がいじらしくて止められない。好きな子をいじめるなんて端から見れば小学生のようだが、事実彼女が可愛いから言っているのだ。

「あー悪いって直斗。ごめん、苦手なこと言ったな」
「………もう…」
「だってな、お前―――……」
「はい?」
「……いや、やっぱり何でもない。気にすんな」
「は?」

しかし幾ら彼女が可愛いからと言って言い過ぎたと反省して謝ると、訝しむような眼差し。疑り深い性格は出会った頃からあまり変わっていないというか、相変わらずというか。そんなところも警戒心の強い猫のようで面白いのだが、そんなことを言おうものならどんな仕返しをされるか分かったもんじゃない。想像するのも賢明ではないと判断して笑って誤魔化そうとしてみるけれど見逃してくれないのが彼女だった。

「お前にはまだ早いからさー」
「な、何ですかそれ!」
「あぁいや、別に馬鹿にしてるとかじゃなくてな…」
「じゃあ何なんですか」
「言ったらまともに取り合ってくれないから」
「はぁ?もう……意味が分からないですよ…」

いよいよ拗ねてしまった彼女にちょっとだけ罪悪感が込み上げるが、仕方ない。さてこれからどうしたものかと手持ち無沙汰にスラックスのポケットを探ってみると、紙切れのようなものに触れた。何だろうと思って破らないように引っ張りだしてみると、それが昨日月森から貰った、沖奈にあるジェラートショップの割引券だと気がついた。確か有効期限が明日までで、今日も明日も部活らしいあいつ自身が行けないから俺にくれたんだっけか。そこまで思い出して俺は、果たしてこれで彼女の機嫌が直るだろうかと考え倦ねた。甘いものは嫌いではなく、寧ろ好きな部類だったはずだが、どうだろうか。しかし悩んでいても始まらない。意を決して直斗に尋ねてみることにした。

「なぁ直斗、ここ…行ったことあるか?」
「……?沖奈のジェラートショップ、ですか?」
「割引券、貰ったんだけど…有効期限、明日までなんだよ」
「へぇ…」
「………行きたいか?」
「えっ」
「行きたいなら奢ってやるよ」
「……本当に、いいんですか…?」
「おう、勿論だ。たまには俺にも先輩面させろっての」
「ふふ……じゃあ、お言葉に甘えます」
「じゃあ行くか!」

おどけた俺にくすぐったそうな表情で微笑む直斗はどうやら機嫌を直してくれたらしい。心無しか足取りも軽く、僅かに頬を赤らめていた。

「花村先輩」
「んー?」
「今度は食べ物じゃ許してあげませんよ」
「あー、うん…………へっ!?」

笑みを含んだ直斗の言葉に虚を突かれて立ち止まると、振り返った彼女が悪戯っぽく微笑む。その小悪魔めいた表情に、あざとくて憎めない表情に、俺はすっかり惚けてしまった。鼓動がどくどくと速まっていく。

「僕はそう簡単に誤魔化されたりしませんから、ね」

そう微笑んで学ランの裾をひらりと翻した彼女はすっかり、俺の知らない"女の子"の表情をしていた。あぁ、いつの間に彼女はこんな顔をするようになっていたんだろう。つくづく女の子という生き物は男の知らない内に美しく強かに成長する生き物なのだと、俺は改めて実感することになった。


(美しい薔薇には棘があるのです)



end.




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