a your special seat.



触れれば容易に指の間をすり抜けてしまいそうなさらさらとした髪も、ぱっちりとした大きな猫目も、いつも気丈に微笑む唇も、くるくるとよく変化する表情も、全てが俺を煽って仕方ない。

思えば、恋に落ちてしまった時点で俺の負けは確定していたのかもしれない。どれほど厄介な相手に恋をしてしまったのだろうかと、今更いくら後悔したところで遅いのだが。


×


「なぁ花村、今度の試合、助っ人してくんねー?」
「助っ人?俺が?」
「一人怪我しちまった奴がいてさぁー」
「月森入れても足りねぇの?」
「そうなんだよ、だから困ってて」
「ふーん……」

頼むよ!と両手を合わせて懇願する一条は合わせた手の間から縋るようにそっと俺を見上げてくる。あーやめろっつの。そんな可愛いカオして上目遣いとか反則だろちくしょう、いい加減にしろ。マジで狡いんだよ。

「どうしても人数足りなくてさ……お願いだ!」
「……試合っていつだよ?」
「え……あぁ、今度の日曜だけど」
「日曜か……」
「やってくれるのか!?」
「あーちょっと待ってろって、予定調べるから」

あっという間に目を輝かせ、破顔して腕にしがみついてくる一条の頭を押さえながらポケットの携帯を引っ張りだしてカレンダーを開く。スケジュールをチェックしなきゃならないのに一条が至近距離で密着してくるせいで集中も何も出来やしない。ちょっとお前ほんとに無意識でくっつくのやめろってば。あーもう日曜日が見つからないだろ日曜日どこ行った日曜日。

「…………まだ?」
「あーもう!お前がくっつくからだろ!暑いんだよ!」
「いってぇ!」
「ったく……」

額にデコピンを一発お見舞いしてからさりげなく深呼吸をして心拍を落ち着かせる。運動部特有らしい一条の過剰なスキンシップには未だに慣れない。それの何が悪いって、こいつ自身にに全く何の思惑も無いところだ。いや、何かあればいいってわけじゃねぇけど!

「あった。えーっと日曜は「暇だよな!」
「ちょっとは黙ってらんねーのかお前は」
「……暇だよな?」
「―――まぁ、空いてるけど」
「っしゃあああ!!」
「いや、まだやるとは言ってな「えっ」
「…………」
「…………」

ガッツポーズする一条に苦笑いをするとそのままのポーズで真顔になった。マジで……?と言いたげな表情があまりにも間抜けで、笑いを堪えるのに必死だった。頬の筋肉が小刻みに震える。どんだけ必死なんだっつーの、お前。

「な……何かお礼はするからさ!な!」
「……」
「花村!マジで頼むよ!」
「…………」
「……やっぱり、駄目か?」
「ったく、仕方ねーなぁ」

俺が俯いて黙り込んだ途端に慌てて説得しようとする一条の必死さが可愛らしくてもうちょっと引っ張って意地悪するつもりだったのに出来なかった。あーあ、阻止されちまったなぁ。あぁでも、別にいいか。こんなに嬉しそうなこいつの表情が見れるってんなら。

「! じゃあ……」
「いいよ、助っ人してやっても」
「サンキュー!花村!!」
「うわっ、ちょ、落ち着け一条!」

勢い良く抱き着いてきた(正しくはタックルしてきた)一条を支えきれず、バランスを崩した俺は背後の壁に後頭部をぶつけた。そのまま二人して転けるという最悪の事態は免れたが、痛みはしっかりと俺を襲った。痛い、痛いけど幸せだから許す。でも一条、ここ学校だからな。公共の場だからな。恥ずかしい。

「一条、落ち着けってば。周り見ろよ」
「え………あ、…あっ、悪い!」

小声で窘めると、一条ははっとしたように慌てて俺から離れた。分かればいいんだけど、そんなあからさまに落ち込んだ顔すんなよ。こいつの置いていかれた犬みたいにしょんぼりした表情はさながら子犬そっくりで参ってしまう。

「本当、お前はバスケのことになると何も見えなくなるな」
「ははっ、そうだな。ごめん」
「いや、別にいいけどな。お前にとって、バスケはそんだけ夢中になれる大事なもんなんだろ?」
「……あぁ!」

フォローするように優しく言ってやれば、柔らかく笑って頷く一条。その満更でも無さそうな様子にこいつは本当にバスケが大好きなんだなと実感する。それもそうか、バスケは一条家との軋轢に悩みや不安の絶えないこいつが唯一自分の手で選んで続けているものなのだから。きっと好きなんて程合いじゃないんだろう。文字通り、首ったけなのだから。

「正直、ちょっと羨ましいぐらいだよ」
「何が?」
「そんだけ夢中になれるもんがあるってこと」
「そうか?」
「あぁ、いいなぁって思う」
「―――でも花村もあるだろ?今は」
「え?」

軽く言ったつもりだったのに思わぬ返答が返ってきて瞠目した。壁に凭れていた身体を起こして一条を見ると、不思議そうな表情で見つめ返され、何とも言えない空気が流れる。

「……?違ったか?」
「い、いや…え、なんで……?」
「そのくらい分かるっつーの。もうオレら半年の付き合いだろ?それに……オレも"あいつ"に助けられてるからな。何となく、分かるんだよ」
「……あぁ、月森か」
「不思議な奴だよな、ほんと」
「大概変わってる奴だけど……でも頼れるんだよな」
「オレら、お世話になりっぱなしだな」
「ははっ、確かにな」

テレビの中のこともシャドウもペルソナも知らない一条や他の人間にも手を伸ばしてその背中を押してやる相棒は何というか、本当にお人好しと言うしかないのだがそこにみんなが救われているのは紛れもない事実で。きっと、現に俺たちがこうやって笑っていられるのもあいつの手助け無しでは難しかったことなのだろう。そんな大層なことを易々とやってのけるあいつが、羨ましくないわけではないが―――でも、俺には俺のやり方もある。だからあいつには負けたりしない。だから、

「なぁ一条、助っ人やってもいいけど、その代わり条件がある」
「へ?条件?あんま難しいのはやめろよ!」
「はは、そんなんじゃねぇよ。……まぁ、条件って程でもないか」
「何だよ?」
「あー……今度さ、沖奈に映画見に行かねぇ?」

訝しむ一条の様子に思わず苦笑を零しながら何気ない風を装って用意していた台詞を口にする。あくまで自然に持ちかけるつもりだったのに微妙にどもってしまったのは…まぁ、ご愛嬌ということにしといてくれ。内心は情けないことに緊張しまくりだったんだから。

「……映画?花村と?」
「た、たまたまパートのおばちゃんから貰ったチケットが余ってんだよ!その……お前が観たがってたバスケ映画のやつ」
「!! マジか!”?」
「あ、あぁ」

俺の条件らしからぬ条件に驚いたらしい一条に聞き返されて思わず声が上擦ってしまう。あーもう、こんなんだからガッカリ王子なんてひでぇあだ名付けられるんだよな。肝心なところで格好も付けらんねぇのかよ。それでも諦めずに理由を後付けすると、一条はバスケと聞いた瞬間に表情を綻ばせた。あーあ、また嬉しそうな顔しちゃってまぁ。

「やった!オレほんとに観たかったんだよ、あれ!」
「……じゃあ、いいんだな?」
「当ったり前!てか、こっちこそいいのか?なんかオレにとっちゃご褒美みたいなもんだけど…」
「いーんだよ」
「そっか。じゃあ約束な!」
「……おう、約束な」

俺にとっての方がお前と出掛けられるだけでよっぽどご褒美なんだから、なんてことは絶対に言えないけど、喜色満面のこいつを前にしただけで幸せだからそれでいい。"約束"だなんて言葉をそんなに嬉しい意味で使ってくれるのも、真っすぐに屈託の無い笑顔を向けてくれるのも、俺にとってはただ一人、お前だけだから。なぁほら月森、お前には負けねぇからな。こいつの笑顔をこんなに近くで独り占め出来るこの特等席は、相棒にだって譲ったりしない。


(キミに首ったけなのは僕だけで十分だ)



end.




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