つたわらないおもい



堂島さんのことは僕が一方的に思いを募らせている今の状態のままで良かった。まさか都会から田舎に飛ばされて、この歳になって本気で恋なんてものをするとは思ってもみなかった。山野真由美と小西早紀の件で僕は女がいかに穢れていて淫らでどうしようもない生き物だと思い知った僕は、もう二度と恋なんてしないと誓ったはずだった。なのにその矢先、あの2人を手に掛けた直後に僕は堂島さんに恋を落ちてしまった。果たしてこの感情が真由美や小西に対するものと同じなのかはよく分からない。あの時の感情も記憶もあまりはっきりと覚えていないからだ。あれは確かに恋だったというのに、今の堂島さんに対するこの心臓を鷲掴みにされるような、胸を締め付けられるようなこの感覚の方がはっきりと鮮明すぎるせいで僕は彼女達へ対して抱いていたそれを何も思い出すことが出来ないのだ。

「足立ィ、何ぼーっとしてんだ」
「あ、あはは、すみませーん」
「語尾を伸ばすんじゃねぇ。シャキっとしろ!」
「いてっ!痛いじゃないですかぁ」
「痛くしてるんだから当たり前だろうが」
「あ、ちょ、2発目は勘弁して下さいよぉ」

僕を叱る低いテノールの声もごつごつした手の平も厳しいくせに笑うとひどく優しい表情も不器用すぎる性格も全てが僕を煽り、揺さぶるほどに恋焦がれてしまう。このまま、ずっと片想いのままでいいと、そう思っていたのにそれさえをも揺らがせるほどに僕はこの人を愛していたし、欲していた。元々欲深く、我慢強くはない僕がこの想いを保つというのには相当の忍耐力が必要だったのだ。

「次は商店街の方だな」
「あー…またですか……」
「文句を言うな!」
「す、すいません……でも昨日の夜も行ったじゃないですかぁ」
「今日はまだだろうが」
「そういう問題じゃ…」
「だから黙って……あぁそうだ足立、」
「はい?」
「これやるから黙ってついて来い」
「――――なんですか、これ」
「見れば分かるだろ。飴だ」
「い、いや、だから堂島さんが何で飴を僕に……」
「今朝、出掛けに菜々子から貰ったんだがな、2個貰ったからお前に1個恵んでやる」
「え、娘さんからの飴を僕が貰えませんよ!菜々子ちゃんは堂島さんにあげたんでしょう?」
「いや、お前にもあげてくれと言われていてな」
「え?」
「菜々子がお前にだとさ」
「……僕に?」
「そうだ。だからそれ食ったら大人しくしろ」

それなのに貴方は柔らかく微笑んで癖のようになった優しい手つきで娘にするようにくしゃりと髪を掻き撫でるから僕はどんどん強欲になっていく。大人しくなんて出来るわけがない。堂島さんの優しさに触れるたび、気遣いに気付くたび、僕は想いを益々募らせる。だから時々、我慢が利かなくなる。

「ねぇ、堂島さん」
「あぁ?」
「……空、月が出てますよ」
「あー…昼だってのに見えてるな。それがどうした?」
「――――……月が、綺麗ですね」
「あー?なに気障なこと言ってんだ?」
「……はは、堂島さんってば分かってないですね」
「何だと?」

だけど貴方は気が付かない。でもそのことにすこしだけ救われた気分になるのはどうしてだろう。


(僕にとっての歯止めは唯一、貴方だけだからなのかもしれませんね)



end.




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