ブラック無糖のコーヒー



深夜の静まり返ったオフィスでの仕事は全く進んでいなかった。つい1時間ほど前に堂島さんに突き返された書類は僕が作成した捜査資料で、グラフの数値が大幅に間違っていたことを指摘された。慌てて見返してみると明らかに計算を間違えていたらしい。確かこの書類を作成した時も深夜で回転しない頭を必死に動かして作ったような記憶が薄っすらとだがあった。あぁ最悪だ。この書類をまた計算し直して作成しろっていうのかよ。まだまだ手付かずの捜査や資料は山積みだって言うのにこれ以上どうしろっていうんだ。容赦なく積み重なっていく仕事に頭痛すら覚えてこめかみのあたりを押さえて溜息。やってられるか。

「足立」
「あ、はいっ!」

低い声色に呼ばれてぼうっとしていた意識が急激に覚醒した。びくつきながら振り返ると頬にひやりと冷たい感触。それが何かを理解する前に強く押し付けられて情けない悲鳴が出た。

「ひえっ」
「ははっ、なんだその声は」

可笑しそうに笑う声に見上げれば予想していた不機嫌な表情ではなく、柔らかな笑顔の堂島さんがそこには居た。ようやく頬から離れた缶コーヒー(ブラックのつめた〜いやつ)を軽く振りながら彼は僕を促すように手招きした。

「ほら、こっち来い」
「え、でもまだ仕事……」
「回んねぇ頭でやった所でまたミスが増えるだけだ。いいから休憩しろ」

有無を言わさない言葉に渋々頷いて彼について休憩室へと移動した。柔らかくも硬くもないソファーに座り、息を吐いたら少しだけ肩の力が抜けたような気がした。ここ4時間ほどずっとパソコンの画面と睨み合っていた疲れが溜まっていたのかもしれない。隣に腰を下ろした堂島さんは僕に黙ってさっきの缶コーヒーを押し付けると、自分の分のコーヒーのプルタブを押し開けた。ぷしゅっと小気味良い音が響く。

「あ、堂島さんコーヒー代……」
「要らねぇよ」
「えっ、でも」
「今日は特別だ」

なんてな。そう笑ってコーヒーを呷る堂島さんを見て何だかむず痒い気持ちになった。あぁそうか、この人には何でもお見通しなのか。そう気がついて。

「……じゃあ、お言葉に甘えますね」

呟くように言ってコーヒーを呷る。苦いはずのブラックコーヒーは、今夜だけはどうしてだろう、ひどく甘く感じられた。


(この甘さは貴方の気遣いだろうか)



end.




ホーム / 目次 / ページトップ



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -