愚か者どうしの恋



俺がいくら好きだと言ったところで彼が取り合ってくれないのでじゃあ貴方はあの人の何処がそんなに好きなんですかと訊いてしまったのが迂闊だった。よもや軽い気持ちで聞いた結果が今の状況だとは信じたくもない限りだ。

「え?僕が堂島さんの何処が好きかだって?」

今まで俺の言葉に気の無い相槌を打つか無視だった彼が振り向いたと思うとそれまで死んだ魚のようだった目には生気が宿って生き生きと輝いていた。それを目にした瞬間、俺は失敗したと気がついた。だが時既に遅し。彼は仏頂面を一変し、柔らかい表情を浮かべて微笑んだのだ。あまつさえ頬を薄っすらと染めて。27歳の現職刑事が、恋する少女のように、だ。

「そんなこといわれてもなぁー……あの人ってすごく厳しいだろ?でもこう、たまーに見せる優しさっていうか気遣い?みたいなやつがグッときちゃうっていうか…………そう!ギャップ萌えだっけ?こないだジュネスくんが言ってたあれだよ!まさにギャップ!ギャップ萌えだねぇー」

のほほんと笑う足立さんを複雑な気持ちで見詰めながら、今日ばかりは相棒を恨んだ。こないだというのはりせの豆腐屋に行った時のことだろう。今度陽介には無理矢理豆腐を食わせてやろう。泣いても叫んでも絶対に食わせてやる。

「他には?うーんそうだねぇ……堂島さんってホラ、奥さん事故で亡くしちゃってるじゃない?あのこともあって、菜々子ちゃんをすごく大事にしてるとことか………あっそうそう、堂島さんってば家族のコーヒー係なんだってね!僕この間お邪魔した時に初めて聞いたんだけどさぁ、それもまたギャップみたいな感じでグッと……いや、ギュッと…?来ちゃうんだよねぇー」

ギャップがそんなにグッとギュッと来るならどうして俺が一見クールに見えて料理が出来たり猫や狐に懐かれていたりするギャップにはグッもギュッも無いんですか。意味が分かりません。もうなんか悲しくなってきた。

「え、まだ他にも?そりゃあ言い出したらキリが無いって言うか、多分日が暮れちゃう程度にはいっぱいあるよー?なに、そんなに聞きたいの?だったらねぇ、あっそうだ、堂島さんって「もういいです」
「………は?」
「足立さんうるさい」
「はぁ!?き、キミねぇ、自分から訊いといてその言い方は」
「確かに足立さんが叔父さんの何処がそんなに好きなのかとは訊きました」
「だ、だったら」
「だけどいつ惚気話を聞きたいと言いましたか」
「そっ……そんな言い方は無いだろ!」
「…………」
「あのさぁ瀬田くん、何を苛々してるのか知らないけどあんまりじゃ…」
「………すみません、今のは言い過ぎました」
「えっ」
「少し頭を冷やしてきます。忘れてください」
「え、ちょっと瀬田く…」

呼び止める声に背を向けて俺は歩く速度を速めた。足元で音を鳴らす河川敷の砂利を彼の声をも掻き消すように踏み締めながら歩けば、自然と涙が込み上げてきた。俺は何をしているのだろう。好きな人が惚気話をしていた、たったそれだけでこんなにも身を焦がすほどの嫉妬を覚えて八つ当たりをして。こんなことが一体何になるというのだろう。きっと彼にはひどく幻滅されただろうし、呆れられた。いや、完全に嫌われたかもしれない。どう考えても言い過ぎた。今更後悔したところで何が変わるわけでもなく、虚しさが胸に去来するだけで、救いなど訪れやしない。俺はただ自己嫌悪に苛まるだけだ。

「…………あー……」

何をやっているんだろう。足立さんが叔父さんのことを大好きなのは今に始まったことじゃないし、ずっと前から知っていたことのはずなのに。それを承知でこの報われない片想いを続ける決意をしははずなのに。それなのに、俺は、

「いつの間に、こんなに欲張りになったんだろ」

足立さんの優しさにつけ込んで傍に居られるだけじゃ満足できなくなった俺は彼の心をいつからか求めるようになっていたのだ。そんなことが許されるはずもなく、そんな権利があるはずもないのに俺は彼の想いがこちらへと向くようにと仕向けていた。時たま彼が困ったような表情をするのは知っていた。その度に罪悪感と後悔に胸を刺されながらも俺はそれを止めなかった。あぁ、なんて愚かなことをしていたんだろうか。情けない。

「今更、もう遅いか」

自嘲を吐き出しても何も楽にはならなかった。身体を支えていた膝から力が抜けて柔らかな芝生に膝をついて座り込んだ。制服が汚れるなぁなんて頭の片隅でぼんやりと考えながら。

「…………くん…!」

ほら、またどうしようもないことばかりを考えているから足立さんが俺を呼ぶ幻聴まで聞こえてきた。

「――――…田くん!」

そこまでして俺は彼が欲しいのか。あぁ、欲しいんだろうね。

「瀬田くんッ!!」
「――――…え……?」
「なん…で、いきなり逃げるの、さ」

腕を掴まれて弾かれたように顔を上げれば、息の上がった足立さんが声も絶え絶えに言った。非難するように、でもその声に咎める色は無かった。

「な………ん、で……」
「それは、こっちの台詞、だってば」
「あだ、ち、さん」
「ハァ…っ………あー…その、ごめんね…」
「…え」
「……だから、さっきの」
「なんで足立さんが、謝るんですか。だってあれは俺が」
「あーちょっと待って。元々は僕がキミの気持ちにちゃんと答えなかったのが悪いんだから」
「そ……れ、は」

俺の横に足立さんはスーツが汚れるのも構わずに腰を下ろしてちょっと聞いてくれるかな、と呟いた。俺が黙って頷くと安堵したように彼は微笑む。

「――――僕はもう27歳でキミはまだ17歳の高校生で、しかも男同士だ」
「でも重要なのはそこじゃなく、お互いの気持ちなんだよ」
「キミがずっと僕のことを思ってくれているのは知ってる」
「だけど僕はキミの叔父さんが好きだった」

「…………だ、った…?」
「うん」
「今、は…?」
「そうだねぇ……今は―――キミに、かなり絆されちゃってるかなぁ」
「…え……」

彼の言葉に頭が真っ白になった。彼は今、何て言った?

「あははは、でも本当だよ。最初はキミがあんまり一途だから、眩しくて遠ざけてたんだよ。だけどね、一緒に居る時間が長くなれば長くなるほどキミに興味が湧いたし、惹かれた。本当に絆されちゃったねぇ」
「そ……んな…」
「本当だよ、瀬田くん」
「でも、じゃあ、さっきのは」
「……ちょっとだけキミをからかってみようとしたんだ。ごめんね」

申し訳なさそうな笑顔。そっと伸びてきた手があやすように俺の髪を撫でる。その手つきの優しさに泣きたくなるほど胸がぎゅうっと締め付けられた。

「…っ………」
「あ、ちょっと泣かないでよ!」
「な、いてませんっ…!」
「嘘ばっかり」
「ちが……」
「瀬田くん、嘘つきだね」

違います、そうじゃないんです足立さん、俺は本当に本当に嬉しくて

「こんな、俺でいいんですか」
「ん?」
「…………俺、欲張りですよ」
「あはは、大歓迎だよ」
「……そんなこと言って、後悔しても知りませんよ」
「お、意外と言うねぇ。大丈夫、僕も強欲だし」

似た者同士ってことだね。なんて貴方が笑うから、つられて俺も笑った。


(最果てが希望でありますように)



end.




ホーム / 目次 / ページトップ



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -