「堂島さん、キスしませんか」
口をついて出た言葉は意外にも素直なものだった。頭の中にはたくさんの台詞がぐるぐると回っていたというのにこういう所で自分は欲望に素直らしい。軽い自嘲を覚えながら目の前の相手を見上げると驚きに瞠目している彼が居た。まぁ、無理もないか。人気の無くなった2人きりのオフィスで相棒の男にいきなりそんなことを言われれば誰だって驚くし、引くに決まっている。
「…………」
「…………」
「…………」
「――……あー…っと、堂島、さん…?」
「……え、あぁ…」
隣の席。至近距離のぎこちないやり取り。呆然の表情に苦笑する。あーあ、ちょっと意地悪しちゃったかなぁ。そっと手を伸ばして堂島さんの頬を撫でるように触れてみた。逃げられるかと思ったのに彼は軽く目を伏せただけで押し黙っていた。最近ろくに睡眠も取れていないのだろう、肌はかさつき、荒れていた。
「ねぇ、どーじまさん」
顔を覗き込むようにして僕の視線から逃れる瞳を捕らえる。揺らぐ虹彩が動揺の色を孕んでいることに少しだけ安心した。どうしてだろうか。
「逃げないんですか?」
「――――…、」
「そーんなに黙り決め込まれたら、肯定と受け取っちゃいますよ?」
「……っ…」
僅かに焦りと動揺を顕して堂島さんは僕を見た。どうやら理性が邪魔しているらしい。頬に差す色は素直に欲望を滲ませているというのに。書類を書きかけていた彼の手が握っていたペンを取り上げ、ネクタイに手を掛けるとようやく反応。
「あ、だち」
「あはは、やっと返事してくれましたね」
「………からかってるのか?」
「やーだなぁ、堂島さんをからかうなんてそんなこと出来ませんって。それに僕が遊びでこういうことやりそうに見えます?」
「本気、ってことか?」
「当たり前じゃないっすか」
「……そうか」
笑った僕に彼は重々しく頷いた。律儀なその反応がいちいち可愛くて笑いを堪えるのに必死だった。あーもう本当にこの人ってば面白いんだから。
「で?堂島さん、僕とキスしてくれるんですか?してくれないんですか?」
悪戯にネクタイを指で弄びながら軽く引っ張る。気まずさにまた伏せられた目蓋にふわりと口付けを落としたら、ようやく堂島さんは僕を見上げた血色の悪い唇がうっすらと開かれたまま近付く。触れた感触はかさついていて、そして熱い。ゆっくりと、互いを確かめるように触れるだけのキスを繰り返す。唇を重ねる度に僅かに漏れる声は確かに艶を帯びていた。それは予想よりも遥かに僕の理性を脅かすほどぐらつかせる。
「ん、……ぅ…」
薄く目を開いて伺えば、堂島さんは眉間に皺を寄せて何かを堪えるような表情を浮かべていた。それを見て僕が理性なんてものを保てるわけもなく。ネクタイに掛けていた手は、自然とそれを外していた。
「…っ……ぁだ、ち」
「すみません堂島さん、キスだけじゃ済まないかもしれません」
「おま、」
「だって堂島さんがエロいから」
「……そんなものは、言い訳だろう」
「はは、そうですねぇ」
でも堂島さんも、キスだけじゃ物足りないんじゃありませんか?揶揄するように笑えば、たちまち真っ赤になる彼。本当に可愛い。いい年したおっさんに可愛いだなんて、そんなことを本人に言えば怒鳴られるだろうから口には出さないけれど。
「身体は、素直ですね」
シャツのボタンを外し、露になった鎖骨に舌を這わせながら呟けば、
「……っ…、お前はエロ親父か…」
否定も抵抗も返ってこなかった。
(重ね合わせた温度に目眩)
end.